ヘラクレスオオカブトの剣
「うああ、飲んだ翌朝にこんな食事を出してくれるなんて〜〜!」
「美味しいです〜〜!」
「美味しすぎて涙が出そうです〜〜!」
「うう、美味しすぎて本当に涙が出てきた」
リナさん一家とランドルさんは美味しい美味しいと言いながら、揃って涙ぐみながらお粥を食べている。ハスフェル達はそんな彼女達を見て苦笑いしつつ、こちらもたっぷり取ったお粥を平らげているところだ。
負けじと俺も自分の分をしっかりと確保して、一応シルヴァ達にお供えしてから食べ始めた。
当然シャムエル様のところにはえび団子入りのお粥とたまご粥の両方をお届けしてるよ。
熱い熱いと言いつつ、大きなエビ団子をかじるシャムエル様の尻尾をこっそりもふりつつ、俺も自分のお粥を大人しく平らげていたのだった。
「美味しかったです。ご馳走様でした!」
用意したおかゆは、米粒一つ残さず綺麗に平らげられていて、足りなかったかとちょっと実は焦ってたんだけど、アーケル君のこれ以上ない満足そうな笑顔を見て安心して笑っちゃったのは内緒だ。
「はい、お粗末様でした。まあ飲んだ翌日はこういうのが良いよな」
お湯を沸かして緑茶を入れてやりながらそう言うと、皆も苦笑いしつつ大きく頷いてたよ。
まあ、どこの世界でも酔っ払いは一緒って事だね。
「それで、ヘラクレスオオカブトの剣は出来上がったのかい?」
全員分の緑茶を入れたそれぞれのカップを配りながらそう尋ねると、アーケル君は目を輝かせて頷いた。
「はい、素晴らしい一振りになりました。是非見てください!」
満面の笑みでそう言って、俺に向かって鞘に収めたままの剣を差し出す。
両手で持って横向きにして渡されたそれを、俺は慌てて向き直ってそっと両手で受け取った。
渡されたそれは、俺が持っている剣よりもかなり短めだけど、彼の身長を考えたらちょうど良い長さなんだろう。
革製の鞘には、細やかなペイズリー柄っぽい文様が描かれていて、聞けば草原エルフの間に伝わる魔除けの紋様なんだって。彼らが身に付けている同じ柄の剣帯を見て納得した。
だけど、手にしたその剣が案外重くてちょっと驚いた。
「へえ、案外重いんだな」
思わずそう呟くと、アーケル君は嬉しそうに頷いた。
「少しですがミスリル以外に重鉄を混ぜてもらったんです。ヘラクレスオオカブトの剣は切れ味は最高ですからもっと軽くても良かったんですが、ほら、俺は体が人間よりも小さいでしょう。だから獲物を斬る時に踏ん張れずに弾かれることが多いんですよね。それでその事を話したら、少し剣に重みを持たせるといいって教えてもらって、試しに少し重めの剣を振らせてもらったら案外大丈夫だったんですよね。それで相談の結果こうなりました」
「あの過剰重力の術があれば無敵だと思うけどなあ」
苦笑いしつつハスフェル達を見ると、彼らも苦笑いしている。
「だが、振れるのならそれなりの重さの剣を持つのも一つの選択肢だ。いいんじゃないか?」
ハスフェルの言葉に笑顔で頷いたアーケル君は、俺を見てにっこりと笑った。
「どうぞ、抜いてみてください」
小さく息を飲み、頷いた俺はゆっくりとその剣を抜いた。
ギイが持っているのと同じく、やや黒光りした刀身が現れる。
「うわあ、すっげえ……」
怖いくらいの鋭利な光を放つそれは、ある種の凄みのようなものすら感じられて俺は小さく息を飲んだ。
「ほう、これは見事だなあ。バッカス達の腕も相当のようだな」
感心したオンハルトの爺さんの呟きに、アーケル君は何度も嬉しそうに頷いていた。
「大事な剣をありがとうな。俺の剣は、今まさに製作に入ってもらったところだよ」
きちんと鞘に収めてから両手で剣を返す。
ハスフェル達にもアーケル君は順番に剣を見せて周り、代わりに俺達もそれぞれ自分の剣を見せ合って笑い合った。
そこからそれぞれがコレクションしている武器の話になり、俺以外の全員が相当数の武器を収納している事が分かって俺は密かに焦っていた。
「ううん、この際だから俺もバイゼンで色々集めてみても良いかも。せっかく世界最高峰の工房都市に冬中いるんだもんなあ」
「それなら、例えばナイフとか短剣ってふうに、種類を決めて集めると良いぞ。まあある程度は数は持っていたほうがいいだろうから、良さそうなのがあったら教えてやるから買っておけ」
「うう、お願いします」
誤魔化すように笑ってそう言い、ちょっと考える。
なるほど、ナイフのコレクションなら、以前の世界でも聞いた事がある。ちょっと憧れだよ。
「良いなあ。じゃあナイフとかなら色々ありそうだし、俺も集めてみようかな」
何気なくそう呟くと、いきなりアーケル君が目を輝かせて身を乗り出してきた。
「じゃあ、ちょっと街へ見に行きませんか! 俺、実を言うとナイフのコレクションをしてるんです! バイゼンヘ行ったら、絶対工房巡りと武器屋巡りをしようと思ってたんですよ。一緒に行きましょうよ!」
「いいなあ、それなら俺も行きたいぞ。じゃあ少し休んだら行くとするか」
ギイが嬉しそうにそう言い、ハスフェル達やランドルさんも笑顔で頷いているので、この後は皆で店廻りをすることになった。
「まあ、世界に名だたる工房都市だもんな。予算は潤沢にあるんだから、この際だから教えてもらって良さそうなのはガンガン買わせてもらおう」
にんまりと笑ってそう呟いた俺は、少し冷めた緑茶をそっとすすったのだった。