密かな災難とお疲れ様でした
「でね! そんな無理強いの接待は必要無いってはっきり言ったわけですよ!」
出してやった美味い水をぐいっと一気に飲み干したランドルさんは、目を見開いて空っぽになったグラスを見つめた。
「うええ? なんですかこの水。めっちゃ美味い!」
飲ませるのはまずかったかと内心でおおいに焦っていたが、机の上でショットグラスでお土産のお酒をグビグビやってたシャムエル様がそれを見て大笑いしていた。
「まあ、それくらいなら問題無いって。でも、あとは普通の水でね」
「了解」
笑って小さな声で返事をして、あとは普通の水を出してやった。
「はい、まあ飲んだ後の水って美味いもんなあ。で、何があったんだよ?」
「まあ、結局適当なところで切り上げて部屋に案内されたわけですよ。当然村長の屋敷の客間で」
まあ、宿屋は無いって言ってたもんなあ。となると、確かに一番大きそうな村長の屋敷の客間に泊らせるのが一番無難そうだ。
「何、なんかやばいもんでも出たのか?」
思わずそう尋ねると、ランドルさんがまたしてもものすごい勢いでため息を吐いた。そしてまたしても両手で机を叩く。
「要するに、お越しになったわけですよ。夜の、そっち方面の接待が!」
何故かものすごく嫌そうなその様子に、思わず無言になる俺達。
「ええと、もしかして、またその……さっきのお嬢さんみたいな方が現れた?」
だとしたら、さすがに俺でもドン引く。
「それがですねえ……要するに、女性の接待が嫌なのならこっち方面だろうと、その、何故か男性がお越しになりましてですねえ……」
「ごめん、笑っていい?」
必死になって笑いそうになるのを堪えつつ、一応お伺いを立てる。
「いいですよ笑ってください。いやあ、何とか穏便に話し合ってお引き取りいただきましたけど、ちょっと本気で泣きそうになりましたね」
って事で、許可をもらったので遠慮なく全員揃って吹き出して大爆笑になった。
「いやあ、しかしこれって何もなかったから笑い事に出来るけど、冷静に考えたら色々問題ありだよなあ」
ようやく笑いが終わった後、笑い過ぎて出た涙をぬぐいつつそう呟く。ってか。これって冷静に考えたらちょっと頭が痛くなってくるレベルだよなあ。
「要するに、相手の事を一切見ず。人間なら草原エルフが相手をすれば喜ぶだろう程度の浅はかな考えしかないんですよ。結局一日滞在しただけで翌朝、もう大急ぎで出て行きましたよ」
リナさんの、久しぶりに見るものすご〜く嫌そうな顔を見て、俺達まで揃って顔をしかめる。
「ううん、リナさん達には悪いけど、草原エルフの里には絶対に近寄らないようにしようって本気で思いましたよ」
「それが正解だと思います。あそこは何と言うか……まあ、本当に噂以上に碌でもない所でしたよ」
大きなため息を吐いたランドルさんも、もうこれ以上ないくらいの嫌な顔になってる。
「お疲れ様。まあランドルさんは完全に巻き込まれてただけなんだけどねえ」
「ですよねえ。しかも結局、創造神様ご自身がおいでくださったおかげで、正直言って俺が行った意味は全くなくなったと言う」
笑いながら俺に縋って泣く振りをするランドルさんを、俺は大笑いしながら撫でてやったのだった。
ううん、自分よりも大きいマッチョなむさ苦しいおっさんに縋りつかれて撫でるって、一体何の罰ゲームだよ。
「……ランドルさん?」
しかし、俺の腕に縋り付いて笑っていたランドルさんが急に静かになる。
「あれ、どうかしました?」
ちょっと腕を緩めて覗き込んだ俺は、堪える間も無く吹き出したよ。
ランドルさん、人の腕に縋ったまま完全に寝落ち。そりゃあもう気持ち良さそうに、スースー寝息を立てて熟睡してたよ。
「まあ、かなりガバガバ飲んでたもんなあ。あれだけ飲めば寝落ちするのも無理ないか」
笑ってそう呟き、周りを見てどこに寝かせるか考える。ううん、ソファーが遠いぞ。
「ご主人を引き取りま〜す!」
嬉々とした声が聞こえて振り返ると、ランドルさんの従魔のスライム達がわらわらと集まってきて、一瞬でスライムベッドを作ったところだった。
「はいよっと」
俺に寄りかかって熟睡しているランドルさんの両脇に手を突っ込んで、勢いをつけて持ち上げてスライムベッドへ放り込んでやる。
ランドルさんの大きな体がぽよ〜んと一度大きく跳ねた後、ベッドの真ん中まで運ばれていく。
「ここでこのまま、ご主人を寝かせててもよろしいですか?」
代表のスライムの声が聞こえて俺達はまたしても揃って吹き出す。
「おう、気にせず寝ててくれていいぞ。飲んで寝落ちは俺もよくやる。あ、寒いから風邪ひかないようにな」
「はあい、じゃあご主人を暖めま〜す!」
からかうようにそう言ってやると、今度はランドルさんの従魔達が嬉々としてそう言って、先を争うようにしてスライムベッドに飛び込んでいった。
「あはは、じゃあ仲良くな」
手を伸ばしてオーロラサーベルタイガーのクグロフを撫でてやり、仲良くくっつくのを見てから振り返った。
「いやあ、話を聞く限り本当にお疲れ様でしたね。でもまあ、もうこれで故郷への義理は果たしたでしょうから、後はどうなるかは向こう次第じゃあないですかね?」
「そうですね。もうこれ以上は我々も関わらない事にしました。どうか草原エルフを嫌わないでください」
申し訳なさそうなリナさんの言葉に俺は目を見開く。
「もちろん、種族で判断する様な事はしませんって。ご安心を」
笑って顔の前で手を振る俺を見て、リナさん達は明らかに安堵したようだった。
「お疲れさん。まあ飲んでくれよ。あ、これはリナさん達からのお土産ですけどね」
半分くらいまだ中身の残っているお酒の瓶を持ってリナさんのグラスに注ぎ、アルデアさんのグラスにも注ぐ。アーケル君も笑顔で空になったグラスを差し出してきたので、氷を落としてからお酒を注いでやる。それから、いつの間にか空になっていた俺のグラスにも、リナさんが氷を落としてお酒を注いでくれた。
「では、改めて愉快な仲間達に、かんぱ〜い!」
若干呂律が回らなくなった俺の声に、リナさん一家だけでなく、横で笑いながら話を聞いていたハスフェル達も持っていたグラスを掲げた。
いやあ、本当にお疲れ様でした!