彼らの苦労とその理由
「長老のところへ行って、クリームから聞いたあの話をしたんですよ。当然リナさん御一家も間違いなく聞いたと証言してくれました」
乾いた笑いをこぼすランドルさんは、そう言って並々と注いだお酒をぐいっと一気に飲み干した。
おお、なかなか見事な飲みっぷりだね。
「阿鼻叫喚ってのは、きっとあの事を言うんでしょうね。あの時の俺はもう、はっきり言って今すぐに帰りたいくらいに疲れ切っていましたよ。ですが、直々に神様から寄越された使者の言葉ですからねえ」
「まあ、否定するには、ドラゴン様の存在と、さっきのお言葉は大きいですよね」
もう俺達は途中から我慢するのを諦めて、遠慮なくゲラゲラと笑いながらランドルさんの話を聞いていた。
「貴方達は他人事だからそんな風に笑ってられるんですよ! もう大変だったんですから!」
「へあ? これで終わりじゃねえの? 皆で、それじゃあ有り難く神様からの贈り物を頂きましょう! って言って、イーグレットを狩りに行けば万事めでたしめでたし……だろ?」
「俺もそう思ってたんですけどねえ。神様が自ら、直々に寄越したと断言された使者をそう簡単に解放してくれるわけがないでしょうが。神に一番近しい存在だと思っていた自分達ではなく、ただの人間と、郷を捨てて冒険者なんてよく分からないことをしている奴らのところに何故か御神託が下された。これには何か意味があるはずだ〜〜! とか言って、俺達はそのまま長老の屋敷へ連れて行かれました。もちろん、これ以上ないくらいに丁寧にね」
そう言って、それはそれは大きなため息を吐いたランドルさんに、俺は黙ってもう一杯、お土産のお酒を空になったグラスに惜しみなく並々と注いでやった。
「それで、長老のところでの扱いというのがですねえ……」
またしてもハスフェル並のため息を吐くランドルさん。おお、さすがは上位冒険者。すげえ肺活量だなあ。
などと若干斜め上な予想をしていると、またしてもグラスのお酒を一気飲みしたランドルさんが、グラスを置いて両手を広げて天井を見上げた。
「神より遣わされし使者殿よ、どうぞ我が家にいつまででもご滞在ください! 最大のもてなしをさせていただきます〜〜! ってね」
「うわあ。でもまあそうか。彼らにしてみれば、自分達が信仰する神様からの使者に対して、知らぬとはいえ散々な無礼を働いちゃったわけで、そりゃあ少しでも機嫌を取ろうとしてくるか」
呆れたような俺の言葉に、大きく頷いたランドルさんがまた大きなため息を吐く。
「それで、その夜はまあ、長老の屋敷で宴会という名の接待状態で、左右に美人の若いお嬢さんが座ってくださってですねえ」
「おやおや、良かったじゃないですか」
からかうようにそう言ってやると、何故かランドルさんは思いっきり嫌そうに顔をしかめて見せた。
「俺もまあこの年齢になるまで、正直言ってそういう店で遊んだ事なんて、そりゃあそれなりにありますよ。女性は大好きですよ。だけどね!」
何故かそこで言葉を切り、大きな手のひらで机を叩く。
賑やかな音が鳴り響き、何故かリナさん一家がまたしても謝ってる。
意味が分からずランドルさんをみると、黙って空になったグラスを突き出してくる。
当然、持っていたお土産の酒をまたしても並々と注いでやる。
「顔面蒼白でプルプル震えながらも、必死になって俺の機嫌を取ろうとする、娘のような歳の素人のお嬢さんを前にして遊べると思いますか?」
真顔で言われて無言になる。
「成る程。そりゃあ無理だな」
そんな状況を想像しただけで、酒の味がしなくなったよ。
「でしょう? だから言ったんです。そういう接待は必要無いからって」
「ランドルさんがそう言ってくれたおかげで、俺も解放されたんですよね」
その言葉を聞いて、アーケル君までが嫌そうに顔をしかめてそう言ってる。
「だって、相手は一度だけ里に戻った時に、俺達に誰一人として口も聞いてくれなかったような奴らだよ。そんなのを相手にして楽しく飲んだり食ったり出来るわけないじゃん」
子供みたいに口を尖らせているけど、話してる内容は笑って聞き流せる内容じゃない。
リナさん達を振り返ると、彼女も嫌そうに頷いた。
「私は、幼い時に両親を亡くしていて、血の繋がりのない養い親に育てられました。成人年齢になって間もなく、無理矢理縁談を迫られて断ったら部屋に閉じ込められましてね」
苦笑いする彼女の突然の告白に俺達が目を見開く。
「もちろん大人しくしているわけなんてありませんよ。窓を蹴破って夜中に逃げ出して、そのまま村を出て外の世界へ飛び出したんです」
「うわあ、なんて無茶を!」
叫んだ俺に、リナさんがカラカラと笑う。
「幸いな事に、私は術師としてかなり優秀だったようで、転がり込んだ北グラスダルの街の冒険者ギルドで、様々な事を教えてもらえました。仲間達にも恵まれてテイマーとして目覚めた後もそれなりに楽しくやっていました。それでまあ、ご存知の通り、例の借金事件で私は全てを失い、仲間達とも疎遠になってしまいました。そんな時にアルデアと会ったんです」
「まあ、その辺りはご存知ですよね。私も村でのあまりにも閉鎖的な暮らしが嫌でこっそり村を抜け出してそのまま外の世界へ出たんです。その時に北グラスダルの冒険者ギルドで少し前までここにいたという彼女の存在を知り、草原エルフでも外の世界でやっていけるんだと聞いて励みになりました。王都で傷心の彼女と出会えたのは今でも運命だと思っていますよ」
「あはは、そりゃあご馳走様」
苦笑いしてそう言い持っていたグラスを掲げた。くう、リア充爆発しろ〜〜!
「その後二人で暮らすようになり、子供達にも恵まれて、まあ色々ありましたけれども今から思えば間違いなく幸せな日々でしたね。今では娘二人は、王都で働いています。息子三人は全員冒険者になりましたけれどね。それで一番年下のアーケルが成人年齢に達した時に、一度だけでもいいから彼らに長老の木を見せてやりたいと思ったんです」
「それで里帰りした?」
恐る恐るそう尋ねると、リナさんとアルデアさんが揃って嫌そうに頷く。
「まあ結果は散々でした。裏切り者。お前達に長老の木に挨拶する資格は無い。などなど。まあ言いたい放題言われましたね」
驚く俺に、アーケル君が剣を抜くふりをする。
「で、俺がブチ切れて斬りかかってきた奴と本気の戦いになりかけたんだけどさ。結果として親父に止められてまあその場は収まって、結局何もせずにそのまま出て行ったんだ。そんな碌でもない思い出しかない場所へ戻って、今回の一件があった途端に手のひら返しだぜ。だからってチヤホヤされて喜ぶわけねえじゃんか」
揃って大きなため息を吐いた彼らを見て俺達も大きなため息を吐いて持っていたグラスを黙って掲げたのだった。
「いやあ、本当にお疲れさん!」
苦笑いする俺の言葉に、またしても彼らが揃って大きなため息を吐く。
「それでその後ですねえ……」
「何、まだ何かあるの?」
目を見開く俺の言葉に、ランドルさんが机に突っ伏す。
「もうね、本当に大変だったんですから! 聞いてくださいよ!」
いきなり起き上がったランドルさんは、そう叫んでばんばんと机を叩いて立ち上がるなり俺に寄りかかってきた。
おいおい、完全に出来上がってるよ、これ。
「分かった分かった。聞くから座れって」
何とか座らせて、一応美味い水を出してやる。
どうやらまだ一悶着あったらしいが、ちょっと一旦小休止だよ。
飲ませすぎたかと苦笑いしつつ、ランドルさんにとにかく美味い水を飲ませてやったのだった。




