大騒ぎの話
「そうしたらねえ……」
「ええ、もうねえ……」
顔を見合わせたリナさんとランドルさんが、苦笑いしてまたため息を吐く。
こっちを振り返ってもう一回大きなため息を吐いたランドルさんが大きく両手を広げた。
「俺の従魔のクリーム、つまりオーロライーグレットが石を投げられる俺を見て、ものすごい大きな声で鳴いた後、守るみたいに一瞬で巨大化してその翼で俺を包み込んだんです。こんな風にね」
そう言って両手で抱きしめるみたいにする。
「当然、俺に投げた石はクリームに当たりますよね。さすがに神の僕だと自分達が言っているそのジェムモンスターが目の前で俺を庇って見せたわけですよ。人々の驚き具合は、そりゃあもう凄かったですよ」
「うわあ、状況が想像出来てしまった。お疲れさん」
俺は驚きはしたものの、それで相手が冷静になって話を聞いてくれたんだとばかり思ってそう言ったんだけど、残念ながらそんな簡単な事じゃなかったらしい。
またしても顔を見合わせるリナさんとランドルさん。
「あれ? それでお告げの話をして一件落着じゃあ……無かった?」
恐る恐るそう尋ねると、もう何度目か分からない大きなため息を吐いたランドルさんが、黙って首を振った。
「詐欺師だ。我らをそそのかして創造神様から遠ざけるつもりなのだ。って何人かが気が狂ったみたいな大声で叫び出して、あっという間にその感情は周りに伝播していった。ちょっと怖かったですよ。群集心理とでも言うんですかね。このまま何も言わずにいたら集団で取り囲まれて有無を言わさずに殺されるんじゃないかとさえ思いました。一対一なら早々遅れを取る事はありませんが、あれだけの人数を一度に相手をするのは大掛かりな術を使える術師であっても不可能です」
真顔のランドルさんの言葉に、ハスフェル達が一斉に顔をしかめる。
「それ、まずくないか? どうやって説得したんだ」
こちらも真顔のギイの言葉に、ランドルさんも真顔で頷く。
「もう、一触即発の緊張感の中で武器を手にした村人達と向き合っていました。これは無理かと説得するのを諦めて、本気で逃亡するタイミングを図っていた時に、それが起こったんです」
そう言って苦笑いしながら頭上を指差すランドルさんを見て、俺は思わず目を見開く。
この場で頭上に何が出たかなんて、そりゃあどう考えても一つしか無いよな。
そう思って、机の上にいるシャムエル様を振り返った。
お土産のお酒をショットグラスに入れてもらったシャムエル様は、ご機嫌でグビグビと飲んでいたんだけど俺の視線を感じたのか、飲むのをやめてドヤ顔になる。
「そりゃあ当然見てたよ、それで、これはちょっと冗談では済まないと思ったから一応手を出した訳」
小さな肩を器用にすくめてそう言うと、また知らん顔で飲み始めた。
「もしかして、また……?」
俺の言葉にランドルさんが大きく頷く。
「その前まで快晴だった空が俄かにかき曇り、急に影が差したんです。それでその場にいた全員が空を見上げると……」
「いたんですね。巨大なドラゴンが」
揃って頷くランドルさんとリナさん一家を見て、俺達はもう笑いを堪えるのに必死だった。
「しかも! しかもそのドラゴンがまたしてもその……」
「例のお告げ?」
笑いを堪えた俺の言葉に、こちらはもうこれ以上なく大真面目なランドルさんが笑って首を振る。
「さすがは創造神様。きっと我らの事を見ていてくださったのでしょう、まさに危機一髪の場面でお助けくださいました。ですが直接例の話をされたのではなく、まずは我らを助けてくださったんです」
しみじみとそう呟くランドルさんを見て、俺は笑いを誤魔化すために大きく深呼吸をする。
「それで、何て言ってくださったんですか?」
「それがですねえ……こう仰ったんです」
何故か困ったように笑い、リナさんとまたしても顔を見合わせて苦笑いする。
「我が直々に寄越した使者に対してなんたる振る舞い。その暴挙許しがたし! っていきなりそう怒鳴られてですねえ」
驚きに目を見開く俺に、ランドルさんは困ったように笑っている。
「それでいきなりものすごい雷が鳴り響いたんです。当然草原エルフは全員がその場に衝撃で打ち倒されて、もう地面に這いつくばってガタガタ震えていましたね。中には泣き出したり、その、少々漏らしてた人もいたみたいで」
「うわあ、これまたさっきとはまた違う意味で大騒ぎですねえ」
「そうなんですよ。それで。分かればいい。って仰って、そのままドラゴン様は消えてしまわれたんです。だけどもうその後の彼らの態度ときたら、手のひらを返すって言葉がありますけど、まさにあの時の彼らがそれでしたね。そのまま長老の元まで人が綺麗に分かれて道を作ってくれて、結局その真ん中を私が先頭で小さくなったクリームを肩に乗せて歩く羽目になりました。早駆け祭りのパレードの方が百万倍楽しかったですよ。さっきまで自分を殺そうとしていた人達に拍手と愛想笑いをされて喜ぶ人っていると思います?」
「ああ、そりゃあ無理だな。ご苦労様」
俺が笑ってグラスを掲げると、ランドルさんも笑って持っていたグラスを掲げた。
「それで長老のところへ行って、皆の前で詳しいお告げの話をしました。まあ当然ですが、これまた大騒ぎになりましてねえ」
乾いた笑いをこぼすランドルさんのグラスに俺はもう一回、並々とお土産のお酒を注いでやったのだった。