おやすみとおはよう
「さてと、美味かったよ。ごちそうさん」
「いやあ、締めのうどんまで最高だったよ。ごちそうさん」
「うむ、確かにどれも美味かったな。いつも美味い飯を感謝するよ。それでは今夜はベッドで眠りたいからこれにて解散としようか」
ハスフェルとギイに続き、オンハルトの爺さんもそう言って立ち上がり、それぞれの従魔達を連れて部屋へ戻って行った。
「おう、それじゃあおやすみ。また明日な」
部屋へ戻る三人と従魔達を見送り、小さくため息を吐いた俺はすっかり綺麗に片付いた机の上を見た。
「確かに昨夜は酒盛りのまま寝落ちだったからなあ。俺なんか床で寝てたし」
笑ってそう呟くと、一つ欠伸をしてベッドを振り返る。
そこにはもう、寝る準備万端のマックスとニニが揃って俺を見ていた。
「どうぞご主人!」
「ほら早く!」
「おう、よろしく!」
装備は、部屋に戻って来た時に全部脱いで楽な格好になってるから、サクラに綺麗にして貰えば寝る準備完了だ。
靴と靴下を脱ぎ、そのまま二匹の間に潜り込んだ。
「そうそう、これだよこれ。ラパン達のふわふわも良かったけど、やっぱりニニの腹が最高だよなあ」
昨日は知らないうちに寝落ちしていたから、久し振りの最高に幸せなこのニニの腹毛に潜り込む瞬間を味わい損ねてるんだよ。
ああ、酔っ払っていたとは言え、なんて勿体無い事をしたんだよ、昨夜の俺。
って事でもぞもぞといつもよりやや多めに動き回って、もふもふを堪能してから寝るのにベストのポジションに収まる。
当然のようにマックスとカッツェが足元に寄りかかって来て俺を挟む。
カッツェが仲間になって以降は、こんな感じで巨大猫団子の真ん中に俺が収まっている状態が定番だ。
「じゃあ、いつもの背中は私たちの担当ね!」
ラパンとコニーのうさぎコンビが巨大化して俺の背中に収まる。もうこれで俺の周りは全部もふもふとむくむくで埋め尽くされたよ。
フランマとタロンが二匹揃って俺の腕の中に仲良く飛び込んで来る。どうやら今夜は二匹一緒に寝ることにしたみたいだ。
「おお、もふもふが追加されたぞ」
笑って二匹を撫でてやり、大きな欠伸を一つ。
「では消しますね。おやすみなさい」
笑ったベリーの声が聞こえて、俺は顔を上げた。
「あれ、戻ってたんだな。腹減ってないか?」
確か夕食の時にはベリーの姿が無かったから、もしかしたら仲間達のところへ行ってたのかと思ってたんだよ。一人だけ食べ損なってたら可哀想だもんな。
「ええ、皆と一緒に飛び地の果物を食べて来ましたから、お腹一杯ですのでご心配なく」
「そっか、飛び地に果物取りに行ったんだっけ。じゃあ大丈夫だな」
納得してそう呟くと、もう一度欠伸が出た。
「じゃあおやすみ。また明日な」
「はい、おやすみなさい、また明日」
最後の明かりが消えて部屋が真っ暗になる。
ゆっくりと上下するニニの腹にもたれかかりニニとカッツェの低く鳴らす喉の音を聞きながら、目を閉じた俺はそのまま気持ち良く眠りの海へダイブして行ったのだった。
ううん、相変わらずもふもふの癒し効果すげえ。
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
ショリショリショリ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きる……ふああ」
しあわせのもふもふに顔を埋めて、俺は半ば無意識に返事をして大きな欠伸をした。
「相変わらず起きないねえ」
「本当に起きませんねえ」
「結局、ケンが寝汚いのは私のせいじゃなくてさあ」
「そうですね。彼が元から寝起きが異様に悪かったって事なんでしょうね」
遠くで聞こえるシャムエル様とベリーの呆れたような会話を聞きながら、あまりの眠さに意識を飛ばしそうにしつつも俺は口を開いた。
「そうだぞ……もう、毎朝、遅刻しない……うに、するのに、さあ……目覚ましを……複数仕掛けて、時差で、鳴らして、たんだぞ……」
「なんだそうですよ。目覚ましとは初めて聞きますから、どうやら彼の世界の道具のようですね」
笑ったベリーの声に何とか頷こうとしたけど、あまりの眠さにそのまま二度寝の海へ墜落して行ったのだった。
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
ショリショリショリショリ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きるって……」
ぼんやりと微睡んでいた俺は、二度目のモーニングコールに返事をしつつ、不意に気づいた事実に慌てた。
待て待て、今朝の最終モーニングコールチームは、お空部隊の鳥達じゃんか。
あれはマジで痛いんだって。ソレイユとフォールのやすりがけコンビが可愛く思えるくらいに痛いんだって!
起きろ俺! 寝てる場合じゃねえよ!
しかし、相変わらず寝汚い俺の体は全く起きる気配は無く、軽い羽音と共に俺の上唇と額の生え際、それから右の耳たぶに嘴が当たって身をちょこっとだけ摘んだ。
これはマジで痛い。どれくらい痛いかって言うとラジオペンチの先で、ちょっとだけ身を摘まれてそのままねじられたって思う位に痛い。
一応血は出ないように加減はしてくれているみたいだけど、それでも、絶対肉が千切れる!って叫びたくなるレベルに痛いんだって。
無言で慌てる俺に構わず、そのまま力が入る。ガリっとな!
「痛ってえ〜〜〜!」
情けない悲鳴を上げてニニの腹の上から転がり落ちる。
「ご主人を〜〜」
「確保しま〜〜〜〜す!」
一斉に聞こえたスライム達の声の後、ベッドから転がり落ちた俺は、見事にスライムウォーターベッドに受け止められていた。
「おお、ありがとうな」
天井を見上げたままとりあえず礼を言う。
「確保からの〜〜〜!」
「返却〜〜〜〜!」
一度勢いよく飛び跳ねて戻った俺の体は、そのまま勢いよく投げ返されてベッドへ逆戻りした。
「げふう!」
しかもちょうど起き上がったニニの背中に落っこちて、勢い余ってまたベッドから転がり落ちる。
「二度目の〜〜確保〜〜!」
「からの〜〜!」
「どわあ、待て待て! もう返さなくていい! 起きます起きます!」
スライムベッドに受け止められて焦って叫んだ俺は、何とか二度目のベッドへの返却を防止したのだった。
「おはようご主人〜〜」
「力加減はどうだった〜〜?」
「怪我はしてないから安心してね〜〜」
羽ばたく音がして、お空部隊の三匹が揃って俺のところへ飛んで来て胸の上に留まる。
「おはよう。ううん、出来ればもうちょっと痛く無いようにしてくれると嬉しいんだけどなあ」
手を伸ばして順番に撫でておにぎりにしてやりながら、一応お願いする。
「ええ、どうしようかなあ」
「そうよねえ。起きなかったら意味ない訳だし」
「そうよねえ、ちょっと無理よねえ」
「ええ、そんな事言わずに、そこを何とかお願いするよ〜〜!」
「無理で〜〜〜す!」
囀るようなご機嫌な声でそう言われて、またしても撫でていた手の甲をちょこっとだけ噛まれてしまい、俺は情けない声を上げて撃沈したのだった。
ううん、お空部隊の攻撃力も実は相当なんだよな。