マイルーム改造計画
「それで、どんな部屋が希望なんだ?」
エーベルバッハさんの言葉に、俺は広すぎる絢爛豪華な部屋を見回した。
「ううん、やっぱりするならここだなあ」
俺が立ったのは部屋の窓側の一角で、そろそろ傾きかけた晩秋の日差しが、南側の窓から部屋に差し込んで足元に影を落としている場所だ。
「その前にちょっと質問なんですけど。エーベルバッハさんは畳ってご存知ですか?」
「タタミだと? ふむ、カデリーの海岸側の辺りの村で使われとる、細い草を使った分厚い絨毯みたいなやつか?」
あんまりな言い方だが、確かに畳を使わない人達からすればそれはある意味的確な表現かもしれない。
「おそらく俺の言ってる畳と同じみたいですね。よかった、この世界にも畳があった」
最後はごく小さな声でそう呟き、俺はゆっくりと歩幅を一定にして歩きはじめた。
「あの窓のある壁からこの辺りまで、こんな感じに四角い小部屋を作って欲しいんですよ。それで、その部屋にはこれくらい床を底上げしてもらって、全面に畳を敷き詰めて欲しいんです」
「部屋の中にもう一つ部屋を作るって? しかも床を半リュートも上げて? 一体何のために?」
手にした書類に、おそらく俺の言った事を書きつけながらもエーベルバッハさんは不思議そうに首を傾げている。
さすがに以前の世界の家の話をするわけにはいかないからそこは適当に誤魔化して、以前畳の部屋を使った事がある事にして、俺は畳に素足の生活がいかに快適かをエーベルバッハさんに力説した。
そう。俺が作ろうとしていたのは、マンションなんかでたまにある、広いリビングの一角に無理矢理和室の空間を作るあれだ。出来ればその部屋に入れば外は見えないようにしたいので、障子、もしくは襖があれば最高なんだけど、さすがに無理かなあ。これも聞いてみよう。
「それで、その小部屋を作る際には、天井を含めて全て無垢の木製で作って欲しいんですけど……」
って事で、俺は身振り手振りを交えながら、和室作りのための木の柱から障子と襖まで、それぞれの仕様の詳しい説明を始めたのだった。
「柱から天井まで全て無垢の木で作って、閉じると壁になる横に動く可動式の木製の扉。しかもその扉は木で枠を作って手漉きの紙を貼るだと? また酔狂な事を思いつくもんだなあ」
呆れたようにそう言いつつ、書類を横に置いてスケッチブックみたいなのを取り出し、何やらものすごい勢いで立ったまま絵を描き始めた。
「ケンさん、ちょっと見てくれ。じゃあその小部屋と木製の扉ってのはこんな感じか?」
自信無さげにそう言って、描いていたスケッチブックを俺に見せてくれた。
「うわあ、エーベルバッハさん、最高! そうそう、まさにそんな感じ!」
ラフだが完璧なパースで描かれたそれは、まさに俺が希望している通りの和室そのものだった。
別のページに描かれたそれは、間違いなく障子そのものだよ。さすがは物作りの匠、俺の拙い説明だけなのに理解力が半端ないよ。
「ああ、それと、ここのところに階段状に段差を作ってもらって、靴を脱ぐ場所も作って欲しいんですよね」
和室の入り口に当たる窓があるのと反対側の部分を指差して追加の希望も伝える。
普通のマンションの部屋と違って、この世界では部屋の中でも基本的に靴を履いたままで過ごす。だから、たたきを作って靴を脱ぐスペースを確保しないといけない。
床を底上げしてもらうのは、靴を履いている場所と脱ぐ場所を完全に分けるためだ。
「ふむ、これは面白い。ここに一面タタミを敷き詰めて裸足で過ごす訳か。確かにこれなら完全に空間を分けられるな」
エーベルバッハさんも、自分が描いたラフを見てしきりに感心している。
ううん、しかしこれ、適当に部屋の三分の一くらいの大きさで言ったんだけど、広さ的には多分50畳くらいは余裕でありそうだ。まあ、今の大きさのマックスとニニとカッツェが余裕で入れる広さにしてもらわないと駄目だから、それくらいは必要かも。
「ええと、作る部屋の広さに関しては、若干変わってもいいです。こいつらが入って寛げるくらいの広さがあればいいので、それでお願いします」
部屋の奥でそれぞれ寛いでいる従魔達を示してそう頼むと、それは当然と言わんばかりに何度も頷き、俺の許可を取ってからマックス達に近付いてメジャーみたいなのを取り出して、大きさを測り始めていた。
「お前は、また面白い事を考えるんだなあ」
黙って見ていたハスフェル達が、我慢出来ないとばかりに駆け寄って来て机に置かれたエーベルバッハさんのスケッチブックを覗き込んだ。
『これ、俺の元の世界の部屋の作り方を参考にしてるんだ。出来れば裸足で過ごす場所が欲しかったから、実現すれば嬉しいよ』
『成る程、故郷の暮らしなら、そりゃあ実現させないとな』
納得したように笑ったハスフェル達と違い、オンハルトの爺さんは真剣にスケッチブックを見つめて、それから空間に何やら四角を描いたり丸を描いたりし始めた。
それから考え込み、顔を上げてエーベルバッハさんと顔を寄せてこれまた真剣に何か話し込み始めた。
「ほお、オンハルトが張り切り出したな」
「自分の知らない事を見せられて、どうやら創作魂に火がついたと見える」
「これは楽しみだな。ケン、期待していいぞ。恐らくお前が考えている事全部この二人が叶えてくれるだろうから、この際好きなだけ希望を言っておけよ」
「ええ、良いんっすか?」
「おう、この際だ。他にあるなら何でも言ってくれよな」
顔を上げたエーベルバッハさんが笑いながらそう言ってくれる。
「それじゃあの、湯室もちょっと変えて欲しいんですけど!」
そう言ってそそくさと部屋付きの湯室へ向かい、今ある湯船の縁をもう少し高くしてもらうように頼んだ。そう、普通に座って暖まれる深さの湯船が欲しかったんだよな。
それから、和室で使えるちゃぶ台サイズの足の短い机の製作や、他にも色々と無茶振りして俺の希望をひたすら詳しく説明してお願いしまくったよ。
この際資金は潤沢にあるんだから、俺の希望を全て詰め込んだ理想の部屋を作る事にした。
って事で、俺のマイルーム改造計画は実行段階へと移行したのだった。
ああ、早く工事が終わらないかなあ。と、まだ始まってもいない工事の完了する日を俺は早くも夢見ていたのだった。