到着したのはいいけれど……
「ここから先が敷地になります。ほら、ご覧ください。あれがその今から行く建物ですよ」
貴族の豪邸が立ち並ぶ通りを抜け、かなり古びた城壁に作られた城門を通り過ぎたところでヴァイトンさんが得意気にそう言って止まる。だけどその言葉に、隣に並んだ俺はポカンと開けた口を閉じる事さえ出来ないでいた。
「ええと、ここから先が敷地? それでどこに建物が……ああ、あれか! うわあ、すっげえ」
ようやく我に返って出た言葉は、何とも語彙力のない言葉だったけど、それ以外に言いようがなかったんだよ。
古びた城壁を超えたここは、いわば別荘街の外れの位置になっているみたいで、城壁のところでぷっつりと建物が無くなっている。そこから先は、なだらかな草原と時折見える大きな岩場。そしていくつかの雑木林が広がるだけの、だだっ広い草原地帯だった。
ここを見ただけで、従魔達は身を乗り出すみたいにして目を輝かせている。
「落ち着けって。何もこんな他の建物に近い場所で遊ばなくても、他にまだまだ遊ぶ場所はあるって」
今にも走り出しそうなマックスの首元を叩いてそう言った俺は、古びた城壁を見上げた。
「ええと、それでどこまでが俺が買う予定の敷地なんですか?」
書類で見て、買う土地が相当広いのは分かっていたが、こうやって見てみると正直言って実際にどこまでなのかが距離感が全く無くてさっぱり分からない。
「ここからなら見える範囲はほぼそうだな。この城壁が敷地をぐるっと取り囲んでるんだよ」
にんまり笑ったヴァイトンさんの言葉に俺は目を見開く。
「初代鉱山王と呼ばれた、あの別荘を最初に建てた貴族が、この城壁も築いたんだよ。その先祖の名にちなんで、この城壁はアッカー城壁って呼ばれてるよ。見た目はかなり古びて見えるがとても硬い石で出来ているので、作られてから数百年経った今でも全く欠けたり崩れたりする様子も無い。素晴らしい強固な城壁だよ」
「へえ、そりゃあ凄いですねえ」
そう言われても。あまりに広すぎて実感がわかない。
見てみると、アッカー城壁は左右に延々と伸びて、山側に向かって湾曲するようにしてはるか先まで続いている。
そして、俺達のいる場所から真正面の遥か彼方に見える山の麓に、巨大なお城が建っているのが分かった。うん、あれはどう見ても屋敷じゃなくてお城だよな。
渡された見取り図がやたらに大きかった意味が分かった。誇張でも何でもなく、あれくらいの大きさで書かないと全部載せられなかったんだと思うぞ。
「じゃあ行くとするか。このまま真っ直ぐ行けるからな」
何となく、足場に道らしきものがある。一気に走り出したヴァイトンさんの乗る馬を追って。マックス達も一斉に駆け出したのだった。
「うひゃあ〜! これはやっぱりどこからどう見てもお城じゃねえか」
「確かにこれは凄い」
「いやあ、見取り図で分かってはいたが、いざ目にすると笑いが出るなあ」
「ふむ、しかしこれは確かにかなりの修繕が必要そうだなあ」
ひたすら感心して笑うしかない俺達と違い、オンハルトの爺さんは、早速どこを直すか考え始めてるみたいだ。
「いかがですか?」
笑ったヴァイトンさんの言葉に、俺はもう乾いた笑いしか出ない。
「いやあ、まさか自分がお城を買う日が来ようとはねえ。ちなみにこれ、どこから入るんですか?」
呆れたような俺の言葉に、ヴァイトンさんが吹き出して咳き込んでる。
「こちらへどうぞ。正面の正門を開けてくれているはずです」
そう言って、目の前の巨大なお城の横に作られた広い道をぐるっと回って進んでいった。
お城といっても、某テーマパークの真ん中に聳え立つ鉛筆みたいな塔が乱立するような可愛らしいお城じゃなくて、確かに塔はいくつも見えるけど、全体に建物は四角くてゴツゴツしてる。質実剛健って感じだ。
俺達が来たのは、ちょうどお城の横側部分だったらしく、ぐるっと回って正面側に来た時、俺はそりゃあもう思いっきり吹き出したよ。
どどーんと広い正面玄関部分は、これだけでサッカー場が入りそうな広さだ。
大きく左右に広がる建物は、部屋数が幾つあるのか考えて気が遠くなったよ。これ、掃除するだけでも何日もかかりそうだ。
「住居部分は右の建物だよ。左側は、主に大広間や懇談用の大小の部屋など。いわば丸ごと来客用の建物になってるから、そっちはそれこそ博物館クラスの家具や備品が山ほどあるぞ」
「ええと、まさかそれも全部屋敷についてくるんですか?」
まさかのオプション装備。だけど当然のように笑ってヴァイトンさんが頷く。
「もちろんだよ。だが頼むから出来れば現状維持でいいからこのままの状態で保管して欲しい。売ればとんでもない値が付くのは分かってるんだが、これほどの量が今でも一箇所に集まって残っている事自体が稀なんだよ。貴重なコレクションだ。散逸させるにはあまりにも惜しい」
なるほどねえ。資金に余裕のある俺なら、美術品レベルの負債も丸ごと抱えてくれるんじゃないかって事だな。
いいねえ、もちろん喜んで期待に応えるって。無駄に溜まる一方だった資金の使い道がようやく見つかったみたいだよ。
にんまりと笑った俺は、ヴァイトンさんの後に続いてだだっ広い正面玄関を通って全開になっている巨大な両開きの扉の前に立った。
「待ちかねたぞ!」
「まあ、まずは中へ入ってくれ」
出迎えてくれた満面の笑みのガンスさんとエーベルバッハさんを見て、もう笑いを堪えられない俺だったね。
ここまで期待されたらもう、買うしかないよね!