見学会の前に
「ええと、これが貰った物件の書類だよ。簡単な間取りや設備の説明が書いてある」
俺はヴァイトンさんからもらった、物件の説明が書かれた書類を机の上に取り出した。
「どれどれ、ほお、建物はかなり古そうだな。だがかなり手を加えられておるようだから、良いのではないか?」
「水回りは最近手を加えて一新しているようだな。これは高評価だな」
「これを見る限り、二階部分と屋根裏部屋は、どこもそれなりに手を加える必要がありそうだな。ふむ」
オンハルトの爺さんは、見取り図を見て何やら真剣に考え始める。
「ひとまず一階の改築を優先して、二階と屋根裏に関しては、春以降の留守になる時にまとめてやってもらうのが良いのではないか」
「ああ、それは確かに。それで秋にまた戻ってくればいい。そうすればすっかり新しくなった屋敷で冬を越せるぞ」
顔を見合わせて笑って頷き合う三人を見て、俺は笑いを堪えながら思わず突っ込む。
「待て待て、見る前から買った後の予定を嬉々として立てるんじゃねえよ」
すると三人は揃って同時に振り返った。何そのシンクロ率、怖いって。
「お前、まさかとは思うが買わないつもりなのか。この物件が土地付きでこの値段はとんでもない破格の値だぞ。しかも庭には鉱山跡まであると来てる。こんな物件見逃したら一生後悔するぞ」
「絶対買うべきだって。お前が買わないなら俺が買うぞ」
「確かに、これは絶対に手に入れるべき物件だ。鉱山は後で俺が見てやるよ」
真顔のハスフェルとギイの絶対買うべき宣言に続き、笑ったオンハルトの爺さんが鉱山跡の確認をしてくれると言う。おお、ありがたやありがたや。
顔を見合わせてにんまりと笑った俺達は、そのまま立ち上がって出掛ける事にした。
いつもの大きさに戻った従魔達がそれぞれ定位置につき、全員揃って商人ギルドへ向かったのだった。
「おう、待ってたぞ。じゃあ行くとするか」
揃って商人ギルドの建物の前まで行ったところで、ちょうど馬を引いて出てきたヴァイトンさんと会った。俺達を見てそう言って軽々と馬に乗るヴァイトンさんを見て、歩いて来ていた俺達もそれぞれ自分の騎獣に飛び乗ったのだった。
「現地にガンスも来てくれてる。それから修繕ならいつでも請け負うと言ってドワーフギルドのエーベルバッハも一足先に現地へ行ってくれてる。今日は見学だけだって言ったんだがなあ。まあ、少々うるさいかもしれんが気にしないでくれ」
「もしかして、今までの補修作業もドワーフギルドがやっていたんですか?」
何となくそんな気がしてたので聞いてみると、苦笑いして頷いたヴァイトンさんは鞍上でも分かるくらいに大きなため息を吐いた。
「まあ、今までは出せる予算も限られていたからなあ。エーベルバッハにしてみれば、やりたい事の半分どころかそのまた半分も出来なかっただろうから、恐らくだけど買うとなったら、張り切って改装部分の提案を山程してくれると思うぞ」
「あはは、そりゃあ頼もしいですね。楽しみにしてます」
俺の言葉に、ハスフェル達も揃って苦笑いしていた。
そんな話をのんびりしながら進んでいると、何だか周囲の建物の様子が変わってきた。ハンプールの別荘がある辺りと同じく、建物の一つ一つが大きくて豪華になって来ている。
「へえ、この辺りは建物の様子が違うな」
周囲を見回しながらそう呟くと、前を進んでいたヴァイトンさんが振り返って笑って建物を見る。
「この辺りは、ほとんどが王都の貴族達の別荘だよ。工房都市であるバイゼンは、ジェムの製品だけではなく、装飾品や武器や防具の一大産地でもあるからな。流行に敏感な貴族の奴らは、装飾品や武具の注文をするのにも競い合ってるらしいから、いち早く職人と繋ぎを取れるここは、別荘地としても人気なんだよ」
ちょっと呆れ気味にそう言って笑うヴァイトンさんの言葉に俺も納得して頷く。
「あれ、ちょっと待って。それなら今までこの物件が売れなかったのはどうしてですか? 貴族の人ならきっとお金は一杯持っていそうだし、誰か買ってくれても良さそうなのに」
単なる疑問だったんだけど、俺の言葉にヴァイトンさんがそれはそれは大きなため息を吐いた。おお、ハスフェルに勝るとも劣らぬ肺活量だぞ、すっげえ。
「俺達も最初はそう思ってたんだよ。だがそこに貴族間の力関係が入るんだ」
「ええと、貴族間の力関係って、何っすか?」
何となく答えは分かる気がするが、あえてはっきり聞いてやる。
「そのままだよ。要するに、誰それの土地や家を自分が買うなんてとんでもない。おそれ多いです! あるいはそんな奴の建てた屋敷なんて自分は絶対買わない! ってな具合さ」
肩を竦めるヴァイトンさんの言葉に、揃って遠い目になる俺達だったよ。
うん、これからも貴族には絶対関わらないようにしよう。
周囲の豪華な建物を横目に見て、密かに誓った俺は間違ってないよな?