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チキンカツサンドと新しい街

「ひい、さすがにこの階段を登るのはキツイ」

 手すりがあるとは言え、真っ暗で急な階段を延々と登り続けるのは、正直言って予想以上にキツかった。

 しかし俺の背後には、急な階段をものともせずに平然と上がってくるハスフェルがいる。落ちたら止めてくれなんて言って、最初は笑っていたが、だんだんそれが冗談では無くなってきた。

 なので、ようやく地上に出た時には、俺は笑っている膝を押さえて歓声を上げながらその場に転がったよ。


「お疲れ様でした。ここは(ほこら)が入り口だから分かりやすいでしょう?」

 シャムエル様の言葉に振り返ると、ボロボロの、なんとも情けない崩れかけた祠があった。

 うん、これは心霊スポットレベルの傷み具合だ。

「何だよこれ。せめてもうちょっと、見た目を綺麗にしろよ」

 呆れたような俺の言葉に、何故かシャムエル様が胸を張る。

「だから、逆なの。綺麗にしたら、偶然近くを通った誰かが、何の祠かと思って見にくる可能性があるでしょう。出入りしているところを見られたら、面倒だからね。これだけ寂れていれば、怖がって近寄って来ないでしょう」


 その言い分は分かる気もしたが、ちょっと思った。これってある種の趣味の奴には堪らない場所な気がする。

 そう、以前の俺の同僚でいたんだよ。廃墟好き好きって奴がさ。


 廃墟とか、朽ちた工場とか寺とかが大好きで、休暇を取っては全国の廃墟巡りをしていたよ。それで、写真とか取りまくってた。自費出版で廃墟の写真集とか出してたよ。

 一度見せてもらった事があったんだが、その写真は確かに綺麗だったよ。滅びの美とでも言うのか、苔と緑に覆われた朽ちた廃墟は、確かに独特の美しさがあった。

 だけどまあ、自分がそこへ行きたいかって聞かれたら……うん、無理。アウトドアは嫌いじゃないけど、あれはちょっと怖いって。

 目の前の朽ちた祠は、彼が見たら狂喜乱舞しそうだった。


 ゆっくりと二度瞬きをすると、一転して綺麗な祠が現れた。小さな扉を開こうとしたが開かない。

「あれ? 何処から出入りしたんだ?」

 思わず呟いて改めて祠を見る。

「下だよ」

 シャムエル様の声に足元を見ると、祠の前の石が敷かれた平らな地面に、うっすらと四角い筋が見えた。

「これ?」

「そうそう。手を当てて見て」

 右手の手袋を外して石に手を当てる。

 またしても軽い地響きのような音がして石が一枚まるごと右に動いて無くなった。

 ぽっかりと開いた空間には、たった今上がってきたばかりの、転移の扉のエレベーターホールへと続く急な階段があった。

「成る程ね。出入り口の形も色々ある訳だな。まあこれも、旅して順番に見て回る事にするよ」

 石を叩くと、またゆっくりと石が動いて階段は見えなくなった。


 立ち上がった俺はマックスの背に乗り、辺りを見回す。

 祠の周りは背の高い木々が生い茂り、気持ちの良い日陰を作ってくれていた。足元はかなり深い雑草が、これまたぎっしりと生い茂っている。

 どうやらここは、森の中にある祠のようだ。



 俺達一行は、一旦祠から離れて森の中を進んでいた。

「ああ、あそこなら良いんじゃないか?」

 ハスフェルの声に、森を出たところでマックスが止まる。そこは小さな林が点在するなだらかな草原で、草原の遥か先には、街らしきシルエットが僅かに見えていた。

「あれが、目的地の東アポン?」

「そうだ。だが、まだかなり遠いぞ。従魔の足なら今日中に到着出来るだろうが、歩きなら相当かかるぞ」

 確かに、見える影は遠そうだ。

「じゃあ、先ずは昼飯だな」

 俺の言葉に、シャムエル様が肩の上で大喜びで手を叩いていた。


「ええと、チキンカツサンドだっけ?」

 サクラに色々と出してもらいながら、右肩から机の上に飛び乗ったシャムエル様を見た。

「はーい! お願いします!」

「チキンカツサンド、オーダー入りました〜」

 ふざけてそう言ってやると、シャムエル様は、またしても大喜びしている。


 サクラに手を綺麗にしてもらい、食パンを取り出して切り、手早く二人分のチキンカツサンドを作る。フライドポテトを盛ったお皿に一緒に乗せ、野菜も食え! という脳内の突っ込みに従い、野菜サラダも出しておく。

 買い置きのコーヒーをカップに注いだら完成だ。

「お待たせ。食おうぜ」

 椅子に座って、先に、半分に切ったチキンカツサンドの真ん中部分を少しだけ切ってシャムエル様用の小皿に乗せてやる。ポテトは短いのを三本くらい、それから野菜も小さな破片を何枚か乗せてやる。盃にコーヒーを注いで並べてやると、机の上で待っていたシャムエル様の目の前に並べてやった。

「お待たせしました。チキンカツサンドとコーヒーのランチセットです」

 ご機嫌でチキンカツサンドを食べ始めたシャムエル様を見て、俺も自分の分を手に取った。

 うん、自分で作って言うのもなんだが、チキンカツサンド、美味い。

 食べてるとベリーが近づいてきて、彼用の果物を出して欲しいと言うので、色々と詰め合わせている箱を出してやった。

 マックス達は、のんびり足元に転がって全員揃ってお昼寝タイムだ。


 食べ終わったら、順番に綺麗にしてもらって手早く片付ける。うん、かなり手馴れてきたな。

 片付けが終わったら、いよいよ東アポンに向かって出発だ。


 マックスに乗せてもらって、ハスフェルの乗ったシリウスと競争して走らせた。皆、大喜びで思い切り走っていたよ。皆、さすがに速い!

 その甲斐あって、まだ日があるうちに街道が見えてきた。

 少し離れたところを街道沿いに走り、城門が見えたところで街道に入った。

 周り中の注目を集めたが、もう気にしない事にした。


 しばらくマックスの背に乗ったまま街道の端を一列になって歩いていて気付いた事がある。

 どうやら、俺よりもハスフェルに注目が集まっているみたいだ。

 まあ当然だよな。何しろあの貫禄だ。おかげで、俺はお付きの人よろしく、彼の後ろをのんびりと付いて行った。


「あれ? 城門の外にも街があるぞ」

 ようやく見えてきた東アポンの街だが、街を取り囲む城壁に作られた物見の塔の外側にも、かなりの家が建ち並んでいる。

「ああ、あれが新市街だよ。城壁作りが間に合わなくて、あの周囲には木の柵が作ってあるだろう」

 言われてみれば、新しい街を取り囲む木製の柵が見える。

「石の城壁作りはとにかく大変な重労働なんだ。材料となる石を運ぶには、ジェムを使った補助輪の助け無しにはとても無理だからな。だが、世界の崩壊騒ぎで、どこの街もジェムの保有率が極端に下がり、最低限のジェムしか使えなくなっていたからな。だが、誰かさんのおかげで、地脈が整いすっかり回復した。おかげで各地のジェムの保有率も跳ね上がっている。そろそろ補助輪の使用も出来るだろうから、いずれあの辺りも、立派な石の城壁が出来るさ」

 成る程ね。石であの高い城壁を作ろうと思ったら、どれだけの石が必要か考えて気が遠くなったよ。

 ギルドマスターが言ってた、ジェムを使う道具の、重い荷物を運ぶ際の補助輪ってのは、これだな。

 どんなのか、ちょっと見てみたいかも。

 そんな事を話しながら、俺達は街へ入るための長い行列に並んでいた。

 何となく、俺達の前後に、妙な空間があるのは、気にしない事にしておこう。


 さて、新しい街はどんな街なんだろうね。

 期待に胸を膨らませて、俺はゆっくりと進む行列を見ていた。


 俺達が連れている巨大な従魔達に気付いた城壁の兵士達が、大騒ぎで出撃態勢を取っていた事なんて、この時の俺達は知る由もなかった。

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