花火の思い出
「では、これにて見学会は終了でございます。ご参加ありがとうございました!」
無事に鉱山を出て全員揃って観光案内所前まで戻ってきたところで、笑顔のヒルシュさんの言葉に見学会は解散となった。
「こちらは鉱山見学の参加証明書となります。こちらを観光案内所へお持ちいただければ。いつでもあの鉱夫飯をご予約、ご購入いただけますのでどうぞ気軽にご利用ください」
笑顔のファータさんに渡されたギルドカードの半分くらいの大きさの硬いカードには、六桁の数字と俺の名前が刻印されていて、裏側にはドワーフギルドの紋章によく似たツルハシと金槌が交差した紋章が刻まれていた。
「じゃあいつらにもお土産がわりに買って行ってやるか。ええと、これってすぐにあるんですか?」
「本日の販売分は、ええと、ああ、あと六個ですね」
観光案内所の中の職員さんと無言の手信号を交わしたファータさんが教えてくれる。他の人達も興味津々でカードを見ているけど、さすがに今日はあの鉱夫弁当は誰も買わなさそうだから、後で買い占めさせてもらおう。
一旦カードを収納しておき、他の参加メンバーを見る。
「いやあ、色々と楽しかったよ。ありがとうございました」
ハマーさんが笑顔でそう言って右手を差し出してくれたので、俺もお礼を言って笑顔で握手を交わした。
それから順番に全員と挨拶をかわし、見学会はそこで解散となった。
だけどあのケンタウルス目撃情報は既に噂になっているみたいで、観光案内所の中にはちらちらとこちらを伺ってる人もいるよ。みなさん、早耳っすね!
受付で、残っていた鉱夫弁当をお土産に買い占めた俺は、そのまま自分のムービングログに乗ってひとまず宿泊所へ戻った。
「はあ、ちょっと観光するだけのつもりが、なんでこんな大騒ぎになったんだよ」
そう呟いて大きなため息を吐いてベッドに倒れ込んだ俺は、手足を投げ出して仰向けになると天井を見上げた。
「花火、綺麗だったな……」
小さくそう呟き、たまらなくなって両手で顔を覆った。
就職してからは、花火大会なんて人の多さが嫌で見に行く事なんて無くて、せいぜいテレビで中継を見たくらいだ。
だけど子供の頃、夏休みに両親と一緒に海沿いの温泉宿に家族旅行に行った時に、海の上に打ち上げられる花火を一度だけ間近で見た事がある。
腹の底まで響く物凄い振動と轟音、そして目の前で弾けて開く色とりどりの巨大な花火。俺は母さんの腕にしがみついたまま、言葉も無く空を見上げていた。
あの時の光景は今でもはっきりと、それこそ母さんが着ていた服の柄まではっきりと覚えている。
「あの頃は、まさか大人になった俺が、こんなところでまた花火を見る事になるなんて……考えもしなかったよな……」
不意に襲ってきた懐かしい記憶に飲み込まれそうになり、あえて軽い口調でそう呟いてもう一度ため息を吐いた。
「ケン、ねえ大丈夫?」
耳元で心配そうなシャムエル様の声が聞こえたけど、俺はすぐに返事が出来なかった。
「うん……大丈夫だから……しばらく放っておいてくれるか」
なんとかそれだけを言って、顔を覆ったまま横向きに転がって足を曲げて小さくうずくまる。
その体勢でしばらく無言で、俺は顔を覆ったままじっとしていた。
ラパンとコニーが大きくなって俺の両側にそっとくっついて収まる。そのまま慰めるみたいに背中と腕に鼻先を擦り付けてきた。
「ご主人、元気出してください」
「ほら、私達が一緒にいますからね」
「私もいますよ」
顔を覆った手の上に、少し大きくなったモモンガのアヴィが、これも甘えるように頭を擦り付けてくる。
「ご主人、どうか元気を出してください」
頭の上をうろうろしているらしく右にいったり左にいったりしながら聞こえているのは、ハリネズミのエリーの声だ。
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんよ」
少し落ち着いたので、顔を覆っていた手を離してもう一度大きなため息を吐いてそう言って起き上がった。
さらにくっついてくるラパンとコニーを両手で撫でてやる。
「ええとその、ほら、ちょっとくらいなら私の尻尾を触らせてやってもいいよ」
起き上がった俺の右肩に現れたシャムエル様が、何やら照れ臭そうにそう言ってもふもふの尻尾で俺の頬を叩いた。
どうやら、戻るなりいきなり凹んで黙り込んでしまった俺の事を本気で心配してくれているみたいだ。
「いいのか? それじゃあ遠慮なく」
笑って手を伸ばして小さなシャムエル様をそっと手の中に包み込むようにして抱き上げる。
そのまま顔を埋めて最高のもふもふを堪能した。
「ねえ、また急に黙り込んじゃって、本当に大丈夫?」
シャムエル様に顔を埋めたまま無言になった俺に、心配そうにシャムエル様がそう言って手を伸ばして額を撫でてくれる。
「待って。今、最高の幸せを堪能してるんだからもうちょっと待ってくれ」
そう言って、手の中の最高のもふもふに思いっきり頬擦りする。
「もう! 急に黙るからまたどうかしたのかと思って心配したのに!」
「痛い痛い、ちっこい足で蹴らないでくれって」
頬擦りしていたらいきなり小さな足でキックされてしまい、顔を上げて笑いながら文句を言った俺は、もう一回、仰向けになってお腹の上に尻尾を巻き込んで手の中に収まっているシャムエル様に顔面ダイブした。
「だからもうサービスタイムは終わり〜〜!」
「痛い痛い!」
またしても小さな足で蹴り返されて悲鳴を上げた俺は、シャムエル様と見つめ合って同時に吹き出した。
「それならこっち向きで〜〜!」
おにぎりの要領で握り込んでいたシャムエル様の体をひっくり返してうつ伏せ状態にすると、改めてもふもふ尻尾に顔を埋めた。
「だからもうサービスタイムは終了なんです!」
いきなり手の中のシャムエル様が消え、机の上に現れて座る。
「はあ、大事な尻尾がよだれだらけにされちゃったよ。ほんとにもう」
そう言ってせっせと尻尾のお手入れを始めた。
「ええ、良いって言うから遠慮なくもふらせてもらったのに、飛んで逃げるなんてずるいぞ」
「もう終わりって言いました!」
「良いじゃんちょっとくらい」
「ダ〜メ〜で〜す〜!」
文句を言いつつも笑って尻尾のお手入れを続けるシャムエル様を見て、俺も小さく笑う。
「ありがとうな。おかげで元気出たよ」
「どう致しまして」
「おう、じゃあ明かりをつけたら夕食だな」
すっかり暗くなった部屋を見渡し、立ち上がった俺はそう言ってランタンに火を入れて回った。
「さてと、それじゃああの残りの鉱夫飯にちょっと手を加えてみるか」
気分を変えるみたいに明るくそう言った俺は、収納してあったあの鉱夫飯の弁当箱を机の上に取りだしたのだった。