見学会の終了
「お、お前さん……今、何をしたんだ?」
先ほどと同じく、呆然と目を見開いたまま、ヒルシュさんが俺にそう尋ねる。そして当然、またしても全員が俺に大注目。
「何って、ええと……仲間の所へ弁当を届けてもらう様に頼んだんですよ」
内心大いに焦りつつ、なんでもない事のように平然とそう言う。
「弁当だと?」
「何故に弁当?」
ヒルシュさんの呟きに続き、ファータさんの真顔のツッコミが入る。
「ええと、今ですね、仲間が警戒を兼ねて地下洞窟に行ってくれているんですよ。ほら、俺の従魔達も一緒にね。だからそっちの仲間達への届け物です」
この時の俺は、焦るあまりその仲間が誰なのかの説明をしなかった。
すると彼らは勝手に俺の仲間ってのがケンタウルス達の事なんだと勘違いしてくれて、その結果、それ以上追求されずに済むというラッキーな展開になったのだった。
「ほら、戻りましょう。これでもう見学会は終了なんですよね?」
誤魔化すようにまだ呆然としている他の見学者の人達にそう言ってやると、ようやく我に返ったみたいで皆うんうんと頷きながらムービングログに乗った。
「はあ、ではとにかく出発致しましょう。一応用心の為ゆっくり参りますぞ」
もの凄く大きなため息を吐いて顔を上げたヒルシュさんの言葉に、参加者達はそれぞれ頷きムービングログを起動させた。
「もう大丈夫だって言ってましたけどね」
「いや、あれだけの地響きがしていたのだから用心は必要だよ。あの見事な火の玉とは別に、おそらく坑道内部で賢者の精霊様が岩食いと戦っておられたのだろう。その余波で、無関係の場所で土砂崩れや岩の崩落などが起こっていないとも限らんからな」
真顔のヒルシュさんは当然だと言わんばかりに大きく頷いてそう言って俺を見つめた。
「ああ、さすがにあの地響きは気付かれてましたか」
俺が苦笑いしながらそう言うと、ヒルシュさんに続いて頷いているのはガッシュさんとサウスさん軍人親子の二人だけで、後の人達は、またしても揃って不思議そうにしていた。
「ねえ、なんの話?」
リーサさんの不思議そうな言葉に、ガッシュさんは苦笑いしている。
「リーサは気付かなかったかもしれないけど、さっきの火の玉が弾けて大騒ぎになってた時、地面から明らかに採掘じゃ無い振動が響いてきてたんだよ。だから俺も、どこかで何かが起こってるんだって思ってた。だけどまあ、まさかそんな事になってたとは思わなかったけどさ」
肩を竦めてそう言うガッシュさんを、リーサさんは尊敬の眼差しで見つめていた。
うう、リア充め。
結局そのまままた一列になって外まで続く坑道を進んでいたんだけど、最初は無口だった皆も、だんだん驚きの連続から立ち直って来始めたみたいで、途中からはもうこれ以上ないくらい賑やかに皆喋り続けていた。
賢者の精霊を間近で見たと言って、感動に目を潤ませているハマーさんとリリーさん夫婦。
今日の出来事を上司に報告すると張り切っているガッシュさん。お父さんのサウスさんも、あちこちに報告しなければと考え込んでいて、ムービングログが何度も壁を擦りそうになって慌てたファータさんにその度に注意されていたよ。
確かに、簡単な擦過傷程度ならドワーフギルドか商人ギルドで補修はしてくれるだろうけど、うっかりぶつけてムービングログを壊されたら修理代は高くつきそうだ。
皆、一体どうやって俺が賢者の精霊と知り合ったのかを聞きたがり、俺は誤魔化すのに苦労していたのだった。
「樹海にいた時に知り合った事にすれば? 多分それが一番楽な言い訳だと思うけどなあ」
またいつの間にか現れてハンドルの真ん中に座ってこっちを見ていたシャムエル様の言葉に、俺は少し考えて頷いた。
『確かにそれが良さそうだな。じゃあ適当に話を作らせてもらうよ』
念話でそう伝えてから、俺はわざとらしいため息を吐いて一番聞きたそうにしているガッシュさんを振り返った。
「俺、言いふらすつもりは無いけど、影切り山脈の樹海出身なんですよね」
絶句して目を見開くガッシュさんに、俺はにっこりと笑って肩を竦めた。
「ケンタウルス達とは、その時にちょっとした事で知り合ったんです。だからまあ、彼らも俺の事は信用してくれてるみたいですね」
「是非、その時の話を詳しく聞かせてください!」
目を輝かせてそう叫ぶガッシュさんだったが、何故か真顔のサウスさんとヒルシュさんが止めに入った。
「ガッシュ、それ以上聞くんじゃない。賢者の精霊相手に失礼だぞ」
「そうですぞ。聞いて良い事といけない事があります」
二人に止められたガッシュさんは、何故かこちらもすごく申し訳なさそうな顔になって当然のように引き下がった。
「確かにそうですね。大変失礼しました。ではこの話はここまでにしましょう」
驚く俺に構わず、その後は、女性陣も加わって先程見たあの火の玉がいかに凄かったかって話で大いに盛り上がっていたのだった。
「ええと、ちなみにあれは、火の玉じゃなくて花火って言います」
皆揃って、あの火の玉が、火の玉が、と話をしているのを聞いていてつい我慢出来なくなって、横からそう言ってしまった。
「花火とな。ほう、確かにこれはなかなかに風流な言い回しよな。なるほど、ではこれ以降は我らも花火と呼ぶ事と致しましょう」
嬉しそうなヒルシュさんの言葉に嬉々として頷く一同を見て、俺はもう乾いた笑いしか出てこなかったよ。
でもまあ大きな被害も無く無事に駆逐出来たみたいで良かったよ。
ようやく見えて来た坑道の先にある出口の扉を見ながら、俺は密かに安堵のため息を吐くのだった。
……もう、無事に終わったと思っていいんだよ、な?