賢者の精霊と創造神様
「おお、これは三尺玉クラスだな」
一際大きく高い位置で弾けた玉は、恐らく最後の一発だったのだろう。今までで一番大きなまん丸に弾けたそれは、綺麗な流線形を描いてゆっくりと落ちていった。
「いやあ、お見事」
思わずそう言ってついつい拍手をしてしまったけど、ほぼ全員がそれに続いた。拍手だけでなく、あちこちから吠えるような大歓声が聞こえていたから、皆も花火を楽しんだみたいだ。
小さく笑ってムービングログに乗ろうとしたら、あのアームの先端にいた大柄なケンタウルスがまたしても俺に向かって深々と一礼した。
そのままベリーと頷きあい、現れた時と同じく唐突に消えてしまった。
一瞬静まり返ったあと、今度は一斉に悲鳴のような歓声が鉱山中から聞こえてきたのだった
「世界最強の魔獣使い!」
目をキラッキラに輝かせたファータさんの叫びに、また全員揃って俺を振り返る。
「お前さん、まさか、まさかケンタウルスと知り合いなのか!」
ヒルシュさんが興奮のあまり顔を真っ赤にして、何故かぴょんぴょんと飛び跳ねながらそう叫ぶ。
「だって、彼の事をケンって、ケンって名前で呼びましたよ。あのケンタウルス!」
「だよな! あれは間違いなく知り合いって事だよな!」
同じく興奮のあまり顔を真っ赤にしたリーサさんの叫びに、同じくらいに興奮したガッシュさんが手を取って大声で叫ぶ。
残りの四人は、揃ってポカンと口を開けたまま瞬きもせずに俺を凝視している。
……怖いから、せめて瞬きはしてくれ。
「ええと……」
何と言って説明しようか途方に暮れていると、右肩にシャムエル様が現れて座った。
「知り合いのケンタウルスが岩食いから鉱山を守ってくれたって、そう言えばいいよ。そうすれば後は解説のドワーフ君がやってくれるって」
素知らぬ顔でせっせと顔のお手入れを始めたシャムエル様にそう言われて、俺はこれ以上ない大きなため息を吐いて頷いた。
「ええと、確かに俺はさっきのケンタウルスを知っていますよ」
何故か突然聞こえた大人数のどよめきに驚いて振り返ると、道に作られた横穴からものすごい数の坑夫達が出て来ていて、ほぼ全員が俺に注目していたのだ。
「俺は彼と念話で話が出来ます。その彼の説明によると、この鉱山に現れた岩食いを、彼の仲間達が駆逐してくれたそうです」
はっきりと、ヒルシュさんを見つめながらそう言ってやる。
「い、岩食いだと!」
今度は唐突に真っ青になるヒルシュさん。
リトマス試験紙レベルにコロコロ色が変わってるぞ。大丈夫か、おい。
笑いそうになるのを必死で堪えて、大真面目な顔で無言で頷いて見せた。
それを見て地響きのような悲鳴を上げたヒルシュさんは、いきなり駆け出して行って、通路に飛び出してきていた一人のドワーフの元へ駆け寄った。
もの凄い早口で先程の俺の言葉を伝えると、これまた地響きレベルの雄叫びが上がり、連鎖的に、聞こえていたのであろう坑夫達からどよめくような悲鳴が上がった。
「あの! もう駆逐したそうですから安心してください!」
慌てた俺の説明に、ぴたりと騒めきが収まる。
「……駆逐した?」
「って言ってました。少なくともここにいた岩食いはケンタウルス達が駆逐してくれました」
ヒルシュさんと話をしていた大柄なドワーフに向かってはっきりとそう言ってやる。
「岩食いの出現報告は聞いていたが、まさか本当に現れるとは……しかも、賢者の精霊殿が、複数で我らをお守りくださっていたとは……おお、創造神よ。心から感謝します」
唐突に、感動に目を潤ませたそのドワーフは、感極まったようにそう言うと右手を胸元に当てて目を閉じた。
その場にいたドワーフ達全員がそれに倣う。
「鉱山をお守りくださった賢者の精霊殿と、我らが創造神様に心より感謝申し上げる」
「鉱山をお守りくださった賢者の精霊殿と、我らが創造神様に心より感謝申し上げる」
そのドワーフが大きな声でそう唱えると、他のドワーフ達も一斉にそれに続いた。
それから、大槌を持っていた何人ものドワーフ達が一斉にそれを両手で持つと、地面に向かって同時に打ち下ろしたのだ。
ものすごい地響きに、何事かと呆然と見ていた俺達観光客は飛び上がったよ。
「我らが母なる鉱山よ、永遠なれ!」
「我らが母なる鉱山よ、永遠なれ!」
また、大柄なドワーフが一際大きな声でそう称えると、当然のように他のドワーフ達の声が続いた。
それから、照れたように笑い合って大きな声で好き勝手に話をしながらそれぞれの横穴へ戻って行った。
「ええと……」
完全に途中から放置状態だった俺達観光客チームは、苦笑いしながらお互いの顔を見合って、それからほぼ同時に揃って拍手をした。
「いやあ、なんだか分からないけど、すごくいいものを見せてもらった気がする」
「ねえ、本当にそうよね。何だか私感動しちゃった!」
腕を組んだガッシュさんの呟きに、リーサさんが隣で何度も頷きながら小さく手を叩いていた。
どうやら完全に俺から皆の意識が逸れたようで、密かに安堵のため息を吐いた俺だったよ。
適当に思いつきで参加したツアーで、まさかこんな事態に遭遇するなんて思わなかったけど、まあ無事に収まったみたいだから結果オーライだよな。
ヒルシュさんがこっちへ戻ってきたのを見て、俺もムービングログに足をかけた。
「ああ、すみません。言い忘れていました」
カツンと軽い蹄の音とともに、何故かまたしてもベリーが姿を表す。
「へあ?」
突然の出来事に間の抜けた返事をする俺を見て、にっこりと笑ったベリーはこう言った。
「そろそろ次のお弁当をお願いしますとの事ですよ。どうやら、届けた分はもうすっかり食べてしまったみたいですね」
「あはは、じゃあこれを届けてやってくれるか」
条件反射でそう言い、鞄に入っているサクラから作ってあった大量の弁当を取り出して渡した。
「戻ったらお菓子を作る予定だったんだけどなあ。とりあえず今ある分だけでも渡しておくよ」
「おや、そうなんですね。ではまた出来た頃に伺いますね」
嬉しそうに笑って、渡した弁当を一瞬で収納したベリーは、その場で手を振って唐突に消えてしまった。
まあ、実際には姿を消しただけでそこにいるんだけどね。
「おう、じゃあまたあとでな」
笑って手を振り、小さなため息を吐いたところで、今の自分がどこにいるのかを思い出した。
「ええと……」
恐る恐る振り返ると、またしても全員揃って目を見開いて口を開けて固まる皆さんがいたのだった。
ええと、こんな時ってどうすればいいんだろう?
とりあえず、笑って誤魔化してみた俺は、間違ってないよな?