転移の扉とは……
転移の扉にベリーが乗っている描写を追加しました。
「あれ? 光の柱が、全然近くならないんだけど?」
しばらくマックスを走らせていたが、目の前に来た光の柱は、何故だか逃げ水のように近付いただけ遠ざかってる気がする。
「さて、どうしてでしょうかね?」
右肩に座ったシャムエル様が、妙に楽しそうにそう言って笑っている。
俺の横を走るシリウスに乗ったハスフェルも当然知っているので、悩んでる俺を見ている。
うう、俺だけ知らないって、何だか悔しい!
一旦止まって、そのままマックスの背の上で光の柱を見上げながら考える。
しばらく見ていて、違和感に気付いた。
光の柱の根元部分が見えないのだ。言ってみれば、虹の橋のたもとと同じで、何だか妙に揺らめいていて実感が無いのだ。
そりゃあいつまでたっても到着しない筈だよ。
「あれ? って事は、もしかして……」
黙って上を見上げた俺は、振り返って肩に座ったシャムエル様を見た。
「なあ、もうこれって扉に到着してるって事だよな」
「どうしてそう思うの?」
「あれさ。もう、俺達は光の柱の中にいるんだろ?」
指差した真上には、俺達全体を取り囲むように光の壁が出来ていて、そのまま頭上に向かって伸びていたのだ。
「惜しい! 正確な場所はもう少し先、ほら、真ん中の白いのが真上じゃ無いでしょう。マックス、このままもう少し先まで真っ直ぐ進んでくれる?」
シャムエル様が言う通り、確かに柱の先端部分みたいな白い光の玉みたいの真下なのは、もう少し先みたいだ。
「成る程。柱じゃなくて、あの光が目印だったか」
言われるままにゆっくりと歩くマックスの背の上で、俺は必死になって周りを見渡して、それらしいものがないか探していた。
「ってか、具体的にはどんなものなんだ? その転移の扉って。名前通りに扉があるのか?」
「さてねえ、どんな風だと思う?」
完全に面白がってるその言い方、何だかちょっとムカつくぞ。
今いる辺りは、少し背の高い雑草に埋もれていて、マックスの足が茂みに完全に埋まる寸前だ。
これ、俺だったら胸の上まで埋もれるよ。絶対視界が利かなくて立ち往生するぞ。そんな馬鹿な事を考えていたら、ふと見えた茂みの中に妙な違和感を感じた。
「あれか? だけど……あれ何だ? 石碑か?」
それは、会議机を二台並べたくらいの大きさの四角い平らな石だった。一辺が2メートル弱って所か。
表面は綺麗に磨かれていて、上から覗き込んだら、まるで鏡みたいにピカピカで、雲の浮かんだ空を写していた。
「ええと、これかな?」
「はい、無事の到着おめでとう。それじゃあ降りてくれる」
どう見ても、野ざらしで置かれたその石は、しかし、まるでたった今置かれたばかりであるかのように光り輝いていた。
「ちなみに、あのピカピカの石は、第二の目を持つ君だから見えているのであって、普通の人の目にはこんな風に見えているんだよ」
俺の目に短い手を届かせようとして、必死になって伸び上がるシャムエル様を見兼ねて、俺は笑って横を向いてやった。
「目は閉じる?」
「あ、良いよそのままで」
両目のまぶただけを軽く叩く。
「ほら、見てごらん」
言われた通りに、さっきの石を振り返って見てみた。
「ええ! 何だよこれ。苔むしたただの石じゃんか。表面も平らじゃないし」
思わず叫んだのも無理はない。深い草むらはそのままだが、そこにあるのはどう見てもただの巨大な石ころだった。
「これで、元の視界も見えるようになったからね。あ、普通の目との切り替えは、物を見ながらゆっくりと、二回続けて瞬きをしてみて」
言われた通り、目の前の石を見ながらゆっくりと二回瞬きをしてみた。
「おお、すげえ! 石が綺麗になった!」
目の前で苔むしていた石は、綺麗なピカピカになったよ。
「触るとどうなるんだ?」
マックスの背中から飛び降りて、胸元まである草をかき分けながら、巨大な石の前に来た。
今は、ピカピカのつるつるの光輝く石の鏡だ。
触ると見た通りの手触りだ。
ゆっくり瞬きをして、苔むした石を前にして改めて手を伸ばす。
「あれ? 今度はただのゴツゴツした石だぞ?」
見た目だけでなく、手触りまで変わるって……どゆこと?
石を前に考えていると、肩に座ったシャムエル様が笑っている。
「ケン、これは言ってみれば、一種の幻覚なの。分かる? 扉を隠す為の見せかけだよ。だから、視覚に触覚が付いてきてるんだ。苔生した岩に見えたら手触りもそうなり、さっきのツルツルの平らな石に見えたら、当然手触りもそうなる訳」
「へえ、面白い」
「この世界は、君がいた世界よりも物質の安定度が低いんだ。だから、こんな風に見かけと中身が違うなんて事もできる訳だよ」
「ごめん、また俺の分からない話になってきたな。うん、いいよ深く追及しないから」
この世界でのお約束。難しい事は、全部まとめて明後日の方角にぶん投げておく。
「それで、具体的にどうやったらその転移の扉ってのは開くんだ?」
ツルツルの石は、特にこれと言って変わった所はない、どう見ても表面が磨かれているだけのただの石だ。
「君でも扉は開くようにしたから、右手をその平らな部分に乗せて。あ、手袋は外してね」
「こうか?」
言われた通りに、手袋を外して平らな表面に押し付ける。次の瞬間、石はゆっくりと真ん中から綺麗に真っ二つに割れて、音も無く左右に開いたのだ。
まるで、自動ドアみたいに。
開いた中には、下に降りる階段があった。
「中に入る訳?」
「もちろん。さあ行こう」
シリウスから降りたハスフェルと並んで、俺はゆっくりと階段を降りていった。後ろをマックス達も付いて来る。
「結構急な階段だな」
中は真っ暗だが、第二の目のおかげで足元も見えるし真っ暗な中でも別に大丈夫だ。
「落ちないようにな。踏み外すと下まで転がり落ちるぞ」
「怖っ! せめて、手すりぐらいは付けてくれよ!」
思わず叫んだ俺の言葉に、シャムエル様が顔を上げた。
「あ、それ良いね。じゃあ、ケンが転がり落ちないように、手すりを付けてあげよう」
そう言って俺の肩から飛び降りたシャムエル様は、階段の左右の壁を次々に叩いた。
すると、いきなり壁が動いて長い棒状のものが左右に現れたのだ。
おお、文句言ったら本当に手すりが出て来たよ……。
うん、深く考えてはいけない、こう見えて相手は創造主様なんだから!
またしても思考を明後日の方向にぶん投げて、俺は深呼吸をして手すりを握った。
しっかりした木の感触で、案外普通の手すりだ。
「あ、これが有るだけですごく気が楽だ。ありがとうシャムエル様。これなら落ちないで降りられそうだよ」
冗談半分にそう言うと、俺の肩に戻ったシャムエル様が胸を張った。
はい、ドヤ顔いただきましたー!
しばらく降りると、ようやく平らな場所に到着した。どうやら、ここが最下層らしい。
そこはかなり広い空間で、やや奥に細長い四角い空間だった。
階段に繋がる壁の左右には、大きな扉が並んでいる。長い両側の壁に二箇所と三箇所、正面のやや狭い壁には大きく4と書かれている。
何だか妙に見覚えのある景色だぞ、これ……。
「まんまエレベーターホールじゃん、これ」
思わず呟いた通り、そこは複合ビルなんかでよく見る、何台ものエレベーターが集まるエレベーターホールそのものだった。
そして、両開きだとばかり思っていた五箇所の扉は、エレベーターで片側に開くタイプのスライド式の扉そのまんまだった。
嫌な予感に、俺の右肩に乗ったシャムエル様を見る。
「ほら、行くのは24番の扉だから、あっちだよ」
予想通りに、扉の上部には数字が並んでいて、それぞれ5個の番号が並んでいる。
24番の番号がある扉の前に立った俺は、扉の右側の壁にある小さなボタンを押した。
妙に可愛い鐘の音がして、ゆっくりと扉が開いた。
まんま、エレベーターそのものである。
全員乗れるか心配したが、案外広いその庫内に楽に全員入る事が出来た。
それにニニの横にはベリーの揺らぎも見えるから、無事にベリーも一緒に乗り込んでるみたいだ。
中に立って扉の横を見ると、当然のごとく行き先階ならぬ、目的の場所の番号のボタンが並んでいた。
「24番っと」
俺がそのボタンを押すのをハスフェルは驚いて見ている。扉が閉まり、一瞬浮き上がるような感じまで俺の知っているエレベーターそのものだ。
「説明の必要が無かったな。知っていたのか?」
感心したようなその言葉に、俺はもう笑うしかなかった。
だが、笑い出したら止まらなくなり、俺はマックスに寄り掛かって必死になって息をしながら大笑いしていた。さっきからもう必死で笑いを堪えていたんだよ。
だって、あまりにも見慣れたエレベーターの中で、俺は革の鎧を身に付けて剣まで装備してるし、一緒に乗っているのは闘神の化身と創造主様に、あり得ない程デカい俺の従魔達に賢者の精霊だぞ。
これが笑わずにいられるかって。
結局、俺は扉が開くまで笑いが止まらなかったのだった。
チン。
またしても、妙に可愛い音がして、到着した扉が開く。出て見ると、そこもさっきと同じエレベーターホールだ。違うのは、壁に書かれた番号が24になってるって事だけ。
どういう仕組みなのかも、考えてはいけないんだろう。って事で、これもまとめて明後日の方向にぶん投げておく。うん、今日は思考放棄がちと多いぞ。
「こんな感じで、好きな番号の場所に行けるからね。まあ活用してくれたまえ」
またしてもドヤ顔のシャムエル様に言われて、ようやく笑いの収まった俺は頷いて大きく深呼吸をして、壁を見た。開いたその空間には、手すりの付いた急な階段が見える。
「じゃあ、とにかく地上に出ようか。出たら昼飯かな」
「良いね、私はチキンカツサンドが食べたいでーす!」
「はいはい、分かった分かった」
東アポンに着いたら、かなり減った食材の在庫を確認して補充しないとな。
階段を登りながら、俺は呑気にそんな事を考えていたのだった。