ミスリルはどれ?
「では順番にこれを使って、こちらの岩を砕いてみていただきます」
笑顔のヒルシュさんの言葉に、俺達は若干引き攣った笑いで、何度も頷いたのだった。
到着した採掘場所で渡されたのは、男性には巨大なツルハシ。女性には片手で持てるくらいの小さなツルハシだった。
そして連れてこられた箇所には、若干色が違う大きな岩の塊が全部で二十個並べて置いてあったのだ。
多少大きさに違いはあるが、どれも直径が1メートルくらいは余裕である。
「どれでもいいのか?」
現役軍人のガッシュさんが、並んだ岩の塊を見ながらヒルシュさんに尋ねる。
「はい、ただし叩くのはおひとり様につき一つだけで、ご夫婦や団体の場合は代理で叩くのは認めております。この中にはただの岩と、鉄鉱石、それからミスリル鉱石の三種類がございます。選んだ岩によって、こちらのお土産のいずれかをお持ち帰りいただきます」
そう言ってトレーに並べられた三種類の小さな板を見せた。
三種類は明らかに色が違い、見覚えのある緑色の金属プレートがあるのを見て、ミスリルを知る皆の顔色が変わる。
「お気付きになられましたな。左から、ミスリル入りの合金、鉄、そして銅の三種類です」
「つまり、ミスリル鉱石を叩けばミスリル合金が貰えるわけか」
笑ったガッシュさんの言葉に、ヒルシュさんがにんまりと笑って頷く。
「はい、その通りです。さあ、頑張ってお選びください」
「ええ、どれだ?」
その言葉に一気に真顔になる一同。
そりゃあそうだ。
あのお土産の三種類、多分値段にしたらミスリル合金だけ異様に高い。他の二種類とは桁が違うはずだ。
俺も思わず真顔で並んだ岩の塊を見つめた。
そして小さな声で呟いた。
「……多分あれだな」
俺の目には、一番端っこの砂にまみれたやや小さめの岩だけが色が違って見える。
観察眼が反応してるんだと思うから、多分あれがミスリル鉱石。
「ミスリルって貴重なんですよね? あなたお願い!」
ガッシュさんの奥さんのリーサさんが目を輝かせている。
「ううん、これは難しい」
奥さんの期待に満ち満ちた目を見て、ガッシュさんは困ったようにツルハシに寄りかかって首を傾げて考えている。
「貴重って事は小さい岩なんじゃなくて?」
「いやあ、希少鉱石なんだから、きっと大きい岩にちょっとだけ入ってるとかじゃないのか?」
年配のハマーさんとリリーさんご夫婦も、真剣な顔で相談している。
「ううむ、これは難題だなあ」
「あなた頑張って!」
元軍人のサウスさんとリオナさんご夫婦も顔を見合わせて考え込んでいる。
間違いなくどれがミスリル鉱石か知ってるヒルシュさんとファータさんは、真剣に考え込んでいる皆を見てニコニコと笑っている。
俺はまあ、ミスリルなら持ってるから、もしもあの端のが最後まで残っていれば選ばせてもらおう。
そう思って完全に観客気分で皆を眺めていると、ガッシュさんが手を挙げた。
「よし決めた! ええと順番はどうしますか?」
その質問に、ヒルシュさんが岩を見て俺達を振り返った。
「基本的に、早い者勝ちで決まった方からどんどん割っていただいております。それでよろしいですか?」
「俺はいいですよ。お先にどうぞ」
俺は元々最後のつもりだったから、手を上げて先を譲る。
他の二組もまだ考え中だったみたいで、まずはガッシュさん夫婦が叩く事になった。
「俺はこれにする」
「私はこれがいいと思うんだけどなあ」
二人が選んだのは一番大きな岩と一番小さな岩。まあ気持ちは分かる。
最初にガッシュさんが大きい方の岩に思いっきりツルハシを叩きつけた。
さすがは現役軍人。めっちゃ力ありそう。
ガコン!
鈍い音がして、岩が真っ二つに割れた直後に衝撃でバラバラに崩壊してしまった。
明らかに柔らかい岩なのが分かって、二人の表情が曇る。
もう一つの小さい方は、リーサさんが軽く叩いたが全く割れず、ガッシュさんがツルハシで叩き割った。
今度は硬い音がして真っ二つに割れる。
「では、お二人にはこちらぞどうぞ」
そう言って銅と鉄の小さなプレートを小袋に入れて渡した。
「残念だったな。ミスリルは俺が貰うぞ」
自信ありげにサウスさんが進み出て、真ん中にあった緑色っぽい岩を叩いた。確かに何となくミスリルの色っぽく見える。
しかし、これも割った衝撃で粉々になってしまった。
隣にあった同じような色のもう少し小さな岩を奥さんのリオナさんが叩いたが、これも女性の手で叩いただけで衝撃で簡単に割れて砕けてしまった。
どうやらこれはどちらも、岩じゃなくて土の塊だったみたいだ。
残念そうなため息を揃って吐き、鉄のプレートを受け取った。
「どうなさいますか?」
ハマーさんが俺の顔を見るので、俺は苦笑いして首を振った。
「ちょっと決めかねているので、どうぞお先に」
一礼して下がると、笑ったハマーさんが進み出た。奥さんのリリーさんと一緒に、それぞれ別の岩を同時に叩いた。
ハマーさんの方は金属音がして真っ二つに割れ、リリーさんの方は、残念ながら粉々に割れてしまった。
「ではこちらをどうぞ」
ヒルシュさんが、銅と鉄のプレートを同じく渡すのを見て、俺は小さなため息を吐いた。
残っちゃったよ。では遠慮なく。
「じゃあ、俺はこれを」
深呼吸をしてから、振りかぶってあの砂にまみれた岩を力一杯叩いた。
カーン!
今までとは違った高い金属音に皆が驚きの声をあげる。
「硬っ!」
衝撃で痺れた手を振りながら俺がそう叫ぶと、あちこちから笑いが起こる。
「いやあ、お見事でした。ではこちらをどうぞ」
そう言って笑いながら渡してくれたのは、ミスリル合金のプレートだ。
「あはは、ありがとうございます。俺の故郷ではこういうのを残り福って言うんですよ」
両手でミスリル合金を受け取りながらそう言うと、全員揃って拍手をしてくれた。
「お疲れ様でした。ではこれから、また上まで上がっていただきますぞ」
トレーを片付けたヒルシュさんの言葉に、皆頭上を見上げて苦笑いをしていた。
そうだよな。降りてきたらまた登らないと駄目なんだから、ムービングログで良かったと割と本気で思ったね。
その時、突然聞こえてきた笑い声と悲鳴に思わずそっちを振り返ると、一部の螺旋通路の横にあったレールの上を、連結トロッコがものすごい勢いで走っていくのが見えて全員揃って吹き出す。
「うわあ、面白そう! なあ、次はあれに」
「絶対嫌です!」
ガッシュさんの声とほぼ同時に、リーサさんがものすごい勢いで首を振りながら拒否する。
それを見て俺達はまた揃って吹き出し、しばらく笑い転げて出発出来なかったのだった。
あんまり楽しかったもんだから、さっきまでの不安をすっかり忘れてたんだけど、実はこの時すでに騒ぎは始まってたんだよなあ……。