午後からの予定
「これは無理です!」
「絶対食べられません!」
「無〜理!」
ようやく復活した女性達もそう叫んで、隣に座った旦那さんと手を取り合って揃って大笑い状態。
そして他のツアーの皆さんも似たような感じで、弁当を前に大笑いしている観光客達を見て鉱夫の皆さんは大喜びしていた。
「これくらい食えなきゃバイゼンの鉱夫は務まらねえぞ!」
誰かの大声に、食堂は大爆笑になる。
「あはは、これは確かに絶対食えないよなあ。残念だなあ。俺も鉱山で働いてみたかったよ」
年配のハマーさんの声に、また笑いが起こる。
俺も一緒になってひとしきり笑った後、同じく一緒に笑いながらずっとステップを踏んでいたシャムエル様のお皿を受け取り、先に好きなだけ入れてやった。
当然デザートは別のお皿でね。
「この鉱夫弁当は、そのまま箱ごとお持ち帰りいただけます。ですので、どうぞご無理なさらず、お持ち帰りなさる事をお勧めいたします」
笑ったファータさんの説明に、皆も笑いながら何度も頷いていた。
俺も、それなりに減った弁当箱を見て苦笑いしてそっと蓋を閉めたよ。これは無理。残りは今日の晩御飯だな。
ちなみにデザートの減った分は、全部シャムエル様が食った分だ。
「ちょっと内容は違うけど、これって俺が作ったハスフェル達用の弁当と内容が大差ないじゃん。よし、帰ったらあいつらにも何か甘いものも作って持たせてやろう。栗が大量にあるから、師匠のレシピを探して栗のお菓子でも作ってみるか」
しっかり蓋をした弁当箱を収納しながらそんな事をのんびりと考えてた俺は、もうすっかり見学会は終わったつもりになってたけど、まだ午後のコースが残ってるんだって事を忘れてたよ。
「いかがでしたか? どれくらい食べられましたか?」
食後の休憩お茶タイムの時に笑顔のファータさんに話しかけられ、俺は笑って首を振った。
「いやあ、予想以上に凄かったですね。半分くらいしか食えませんでしたよ」
「半分も食べられれば十分ですよ。意外にしっかりお食べになるんですね」
感心したようにそう言われて、そのうちの半分は神様が食ったんだけどね。って台詞をグッと飲み込み、誤魔化すみたいに笑って肩を竦めた。
「ではそろそろ参りましょうか。しっかり食べたあとは肉体労働ですよ〜!」
ファータさんの声に、鉱夫さん達から笑って頑張れって声をかけられた。
「ええ、もう終わりじゃねえの?」
驚く俺に、ファータさんとヒルシュさんが苦笑いしている。
「最初にご説明したかと思いますが、皆様大抵、お弁当の衝撃で午後からの予定をよくお忘れになるみたいですね。この後は露天掘りの螺旋通路を通って別の坑道へ参ります。そこで実際に採掘体験をしていただきますよ」
確か、最初の説明で聞いたような気がする。
「あはは、確かにそう聞きましたね。じゃあ頑張って働いてみますか」
「明日は筋肉痛になっただなんて言わないでくださいね」
立ち上がった俺にファータさんがからかうようにそう言って笑う。
「い、一応鍛えてるつもりだから、さすがにそれは無いと思うんだけどなあ。でも剣を持つ筋肉と採掘で使う筋肉は違いそうだから、確かに明日は体が痛くなるかも」
腕を曲げて筋肉を確認しながら、何だかおかしくなってきた。
この世界に来てから、確かにどれだけ酷い目にあっても翌日筋肉痛になった覚えは無い。二日酔いは山ほどあるけどさ。
「あの美味しい水って、筋肉痛にも効くかなあ」
ムービングログのハンドルを握りながら、そう呟いて笑った。
その後はまたムービングログに乗って、ヒルシュさんの案内で坑道を通ってさっきの露天掘りの場所へ出た。
「へえ、確かに迷路だね。どうやって出てきたのかさっぱりだよ」
改めて広すぎて距離感の掴めない目の前の光景を眺めて、皆うんうんと揃って頷いてたよ。
「しかし、目が良くなりそうな光景だな」
ハマーさんがぼそっと呟いた言葉がツボにハマり、俺達は揃って吹き出して大爆笑になったのだった。
「はあ、笑いすぎでお腹痛い。腕より腹が筋肉痛になりそうだよ」
現役軍人のガッシュさんの言葉に、また吹き出して笑う。
「あはは、もう勘弁してくれって」
ムービングログに縋り付くみたいにして笑い合っていたけど、いい加減出発しないといつまで経っても終わらないよ。
大きなため息を吐いてムービングログに乗る。小さくなってたうさぎコンビが足元に並んで飛び乗るのを見て、出発のスイッチを押そうとした俺は何かの気配を感じて露天掘りの方を振り返った。
しかし見る限り何の変化も無い。
いつの間にかシャムエル様がいなくなってるのに気付いて、俺は密かに慌てた。
もしかして何か始まったりするのか?
ちょっと通路の端に寄って必死になって周囲を見回したが、少なくとも見えるところに変化は無いように思う。
観察眼で確認しても見えないって事は、少なくとも現場はここじゃ無いんだろう。
「って事は、内部で起こる可能性大? それってまずいんじゃね?」
俺の焦りなど露知らぬヒルシュさんが、にっこり笑ってまたムービングログに乗る。
「ではここからは、露天掘りの壁面にある螺旋通路を行きますぞ。今までとは違い眺めは良いですが、よそ見して通路から落っこちぬようにお願いいたします。落っこちたら、すり鉢の底まで一直線ですからな」
そう言われて、岩に彫られた通路を見渡す。
それなりに幅がある通路だけど、谷側にガードレールがある訳じゃ無い。確かにうっかりここから落っこちたら大変な事になりそうだ。
何となく全員が安全な壁側によるのを見て、ヒルシュさんが満足そうに頷く。
「はい、では参るといたしましょう」
また一列になって、ヒルシュさんを先頭にして俺達は螺旋通路をゆっくりと下に向かって降りて行った。
確かに見事な景色だったし面白い体験だったけど、どこかに岩食いの気配が無いかと必死になって見回していた為、目的地の底にある採掘場所へ到着した時には、多分一番疲れていたのは俺だったと思うよ。