鉱夫飯とは?
「では、そろそろ時間ですので昼食にいたしましょう」
ヒルシュさんが笑顔でそう言い、いくつか採掘場を見学した俺達はまたムービングログに乗って移動する事になった。
「噂の鉱夫飯ってどんな風なんだろうな」
サウスさんとガッシュさんの軍人親子が何やら楽しそうにそんな話をしている。
「ああ、最初の案内の時にそんな事を言ってたなあ」
最初の説明を思い出しつつそんな事を呟いていると、ファータさんがにっこり笑って話しかけてきた。
「実を申しますと、昼食はこのツアーの一番人気なんです。女性だけでなく、男性でも小食の方はまず食べきれないと言われていますよ。今回なら私の予想では食べ切れるのは多分現役軍人のガッシュさんくらいだと思っていますね」
言外に俺も残すと言われてるようで、思わず振り返ってファータさんを見る。
「へえ、そんなに量が多いんですか? それとも、味がイマイチとか?」
ここはどう考えても肉体労働がメインの職場、質より量になる可能性も否定はしない。でも、名物だというくらいなら、何か売りになるものがあるはずだ。
まさか不味くて名物になるなんて事は無いよな?
若干心配になってそう尋ねると、ファータさんはにっこりと笑った。
「それは、どうぞご自身の目と舌でご確認ください。ちなみに観光所では、鉱山見学会にご参加いただいた方には最後に参加証明書をお渡しいたしますので、それがあればいつでも窓口で鉱夫飯を予約注文して頂けます。こちらも大人気ですので、どうぞお楽しみに」
驚く俺に、なぜかドヤ顔になるファータさん。
確かに、ちょっと高めのツアーだと思ってたけどそんなサービスがあったとはね。
「へえ、じゃあ楽しみにしてます」
笑ってそう言い、賑やかな食堂らしき場所の前で、ムービングログを止めたのだった。
「広いですねえ。これも岩の中なんですか?」
食堂に入ったところで、俺以外の全員が立ち止まったきり呆然として動けなくなってた。
俺はまあ、あの地下迷宮で、色々とんでもないものを見ているので少々のことでは驚かないよ。
だけど驚くのも無理のない光景だった。
多分高さ3メートルくらいありそうな広いドーム型の天井。柱は無くドーンと広い食堂には、奥へ向かって長机が列になって並んでいる。
そのほとんどはドワーフ達で、だけど中には人間の姿も見受けられた。
皆泥だらけの埃だらけ。そして彼らの前にあるのは金属製の筒状になった弁当箱と思しき物体。
俺達に気付いた何人かの人達が笑顔で手を振ってくれ、何となく俺たちも笑顔で手を振り返した。
「ほら、こっちだよ」
端っこの一列だけ妙に綺麗な椅子と机が並ぶ一角に案内される。
成る程、彼らと同じ椅子に座ると、確実に俺達も泥だらけになるから、この列は観光客用なのだろう。
しかもその机には何人もの先客がいた。
「あれ、俺達以外にも一般人がいるんですね」
座りながら思わずそう尋ねると、ファータさんは当然だと言わんばかりに大きく頷いた。
「本日は、我々を含めて全部で五組の見学会が催されています。うちの組が一番人数が少ないですね」
確かに、何となく座っている人達は四箇所の塊になってるっぽい。どこもひと組が十人以上いて、なかなか楽しそうだ。
「今回は徒歩見学、トロッコ見学、それぞれ二組ずつですね。ムービングログに乗るのは自由に動けるし人気なんですが、少々お値段が張りますから、人数は他に比べると少なめです。団体さんは、ほとんどが徒歩かトロッコに参加なさいますね」
「あはは、何も考えずにこれに参加したけど、トロッコ見学とかも面白そうですね」
すると、笑った俺をファータさんは呆れたように見上げて首を振った。
「トロッコ見学会は、正直に申し上げるとあまりお勧めはしませんね。ほとんど実際の現場を見ている余裕はありません。どちらかというと、お子様など見学よりもトロッコのスピードを楽しまれる方向けです」
そう言って、手を八の字に動かして首を振っている。
何となくイメージしたのは、考古学者が大冒険する某冒険映画のワンシーンだ。
確か、暴走するトロッコに乗って吹っ飛ぶシーンがあった様な気が……。
「そりゃあ楽しそうだ。だけど命がいくつあっても足りなさそうですね」
吹き出しそうになって誤魔化すようにそう言うと、笑ったファータさんも何度も頷いていた。
「お待たせいたしました〜! では鉱夫飯お配りいたします!」
大きなワゴンを押した料理人らしきドワーフ達が、何人も出て来て机の上にあの弁当箱を並べ始めた。
取っ手がついた金属製の直径20センチくらいの筒状になったそれは、どうやら三分割出来るみたいだ。
一段の高さは10センチ弱、あれにぎっしり入っているとしたら確かにかなり大きめだ。
目の前に置かれた弁当箱の大きさに若干引きつつ、手を合わせてから蓋を開けてみる。
「ああ、取手を外すと分解出来るようになってるのか、へえ、面白い」
両横に止められた金具を外すと、取っ手が外せる仕様になってる。
「これ、作り置き入れておくのに良さそうじゃん。どこかで売ってないかなあ、後でファータさんに聞いてみよう」
彼女は他のスタッフさんのところへ行ってしまったので、なんとなく端っこに座った俺は寂しく一人で弁当箱の蓋を開けた。
「うわあ、これは凄い。鶏胸肉が丸ごと一枚揚げてある!」
思わずそう叫んで吹き出したよ。確かにこれは絶対完食出来ないね。
何しろ一番下の段には、巨大おにぎりがぎっしりと入っていた。多分、これだけで三人前くらいは余裕でありそうだ。俺でも一個で充分です。
二段目には、俺が吹き出した巨大な鶏胸肉一枚丸ごと唐揚げが入っていて、さらにその下には大きなウインナーが二本と、茹でたブロッコリーが申し訳程度にウインナーの隙間に入っていた。
そして一番上の段には、何とチョコレートのケーキと焼き菓子がこれまたぎっしりと詰まっていたのだ。
全部で何千キロカロリーだ? もう笑いが止まらないって。
とにかく腹持ちとカロリー重視の、確かにこれは肉体労働者である鉱夫達の為のご飯だよ。
それにしても、一つでどう見ても余裕五人前。絶対に量がおかしい。ハスフェル達でも完食出来るか怪しいぞ。
見てみると、蓋を開けた人達の反応は見事なまでに二つに分かれていた。
一つは俺みたいに蓋を開けるなり吹き出して大笑いしてる人達、そしてもう一つは、蓋を開けたきり絶句して固まる人達だ。
ほぼ、大笑いしてるのが男性で、絶句して固まってるのが女性なのにも笑っちゃったね。
弁当箱の隣で、お皿を持って目を輝かせてステップを踏んでいるシャムエル様のもふもふ尻尾を突っつき、巨大おにぎりを蓋の上に取り出したのだった。