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ミスリル鉱石って……

「では、次はまた別の坑道へ移動しますぞ」

 案内役のドワーフのヒルシュさんの声に、ムービングログから降りて通路の端まで行って巨大なすり鉢状の露天掘りの鉱山を眺めていた俺は、我に返って慌てて返事をして自分のムービングログまで走って戻った。

「ああ、慌てなくて大丈夫ですよ」

 ファータさんの笑った声に、俺は誤魔化すように笑って跳ね飛んできたラパンを抱き上げて撫でた。

 確かに、ムービングログから降りて景色を見に行っていたのは俺だけじゃなかったみたいで、皆、ヒルシュさんの呼びかけに慌てたように駆け戻ってきてお互いに苦笑いしている。



「では参りましょう」

 何となく先ほどと同じ並び方で列になり、ヒルシュさんを先頭にして先ほどとはまた別の坑道を進んで行った。

 先程までとは違い、女性陣も次に行くこの先に何があるのかワクワクしてる感じで。最初の頃のテンション駄々下がり状態とは雲泥の差になってた。

「成る程なあ。わざわざ遠回りしてまで先にあの露天掘りを見せるわけだ」

 最後尾なので参加者全員の様子がとてもよく見える位置の俺は、もう先ほどから笑いを堪えるのに苦労していた。

 ハンドルの真ん中に座ったシャムエル様も、笑いながら俺の呟きに同意するみたいに何度も頷いていたよ。

 だって、旦那さんとタンデム走行してる年配のリリーさんは、運転している旦那さんとすっかり大はしゃぎで揃って先ほどの露天掘りがどれくらい広いのかを語り合っていたし、元軍人夫婦の奥さんのリオナさんは、すぐ後ろを進んでいる義理の娘さんになるリーサさんと、あの露天掘りの鉱山を掘るのがどれくらい大変なんだろうねって話を。ずっと休む事なくしているのだ。

 まあ、ご主人達も奥様達よりも遥かに大興奮状態で大声であの露天掘りがいかに凄いかについて語り合ってる。

 皆が大興奮状態でそれぞれ好きに語り合ってる姿を見ながら、唯一語る相手のいない一人者の寂しい俺は密かにため息を吐いていたのだった。



「何だか凄い事になってますね」

 俺のため息に気付いたのか後ろにいたファータさんが隣へ進み出てくれたので、何となく話しかける。

「そうですね。この見学会ではいつも最初にあの露天掘りの現場をご案内するんです。あれをご覧になると、皆様ここがどれくらい大きくてすごい場所なのか実感出来るみたいで、この後の現場を見る目が変わられる方が多いんですよね」

「確かに強烈でしたもんねえ。ちなみに気になったんで質問なんですけど、あれって実際どれくらいの時間がかかってあそこまで掘られてるんですか?」

 先ほどのヒルシュさんの説明によると、ここが鉱山として正式に採掘が始まったのが三百年くらい前らしいが、それ以前、ここは深い森に覆われていたそうだ。

「そうですねえ。あの露天掘りはその一番最初の頃、いくつかの地下への坑道を掘った直後に落盤事故を起こしたらしいです。幸い浅かったために大きな事故にはならなかったそうですが、それを教訓にして露天掘りが始まったのだと聞いていますから、大体二百五十年くらいですね」

「成る程。柔らかい部分は無理に穴を掘るよりもまとめて全部上から掘っちゃえって訳ですね」

 苦笑いする俺の言葉にファータさんも笑いながら頷いている。

「ちょうどその頃、ここバイゼンに多くの職人達が集まって、鉱山の街だったバイゼンが世界に誇る職人の街へと変貌していく時期だったんです」

「はあ、そうか成る程。最初はバイゼンは鉱山の街だったわけか」

「そうなんです。ですから多くの建物が必要でした。露天掘りで出た大量の土砂や砂礫は、それらの建築資材としてそのほとんどが使われました」

 ゆっくりとムービングログを進ませつつ、俺はその説明に感心して何度も頷いていた。

 そりゃあ確かに街に急に人が増えれば当然多くの家が必要になるだろうし、職人相手なら住む家だけじゃなくて工房や倉庫なんかに使えるような大きめの建物が普通以上に必要だろうから、露天掘りで出た大量の土砂を使うための絶好の機会になったわけだ。

「へえ、渡りに船とはまさにこの事だな」

 感心したような俺の呟きに、ファータさんも笑顔で何度も頷いていたのだった。



「へえ、こんな風に採掘するんですね。それであの岩の塊の中に、ミスリルが入ってるんですね」

 ようやく到着した次の場所では、多くの鉱夫達が巨大なツルハシや槌、それに何やら不思議なドリルのような道具を使ってまさに掘削の真っ最中だった。

 どんどん運び出される大きな石の塊を見てハマーさんが感心したようにそう尋ねる。

「はいそうです。後ほど別の場所で採掘もしていただきますが、実際にはあの塊の中のミスリルの量はごくわずかですからね。それをまた精製して取り出すのに、様々な手がかかりますぞ」

「成る程。ミスリルの塊が入ってるわけではないんですね」

 奥さんのリリーさんの呟きに、ヒルシュさんが笑う。

「塊で入っててくれれば、どれだけ作業がやりやすくなる事か。ですが。世の中そう甘くはございませぬからなあ」

 笑ったヒルシュさんの言葉に、ムービングログのハンドルの真ん中に座ってご機嫌だったシャムエル様は驚いたように目を見開いて俺を振り返った。

「ねえ今の聞いた? そっか、もっと塊で出してあげればいいんだね」

 得意気に手を打つシャムエル様を見て、俺は乾いた笑いしか出てこなかったよ。



 ヒルシュさん、きっと今後はもっとミスリルの塊がぼこぼこ入った岩が採掘出来るので、きっと作業はもっと楽になりますよ。

 心の中でこっそりでヒルシュさんに向かってそう話しかけながら、もう笑うしかない俺だったよ。

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