鉱山見学の始まり
「ふええ〜! 鉱山の中ってこんな風になってたんだな」
初めて見る光景に、ムービングログに乗ったまま、俺達は感心したように声を上げていたのだった。
巨大な聳え立つ岩盤に開けられた扉を潜って中に入り、細い通路をひたすら一列になって進む。通路には定期的に明かりが灯されているから、真っ暗で前が見えないなんて事は無い。逆に案外明るくて驚いたくらいだ。
だけど、周囲はひたすら岩をくりぬいて作ったらしきノミの跡があるだけで、何か見所があるわけで無し、皆黙って黙々と通路を進んでいた。
「もう間も無く、最初の目的地に到着致します。どうぞお楽しみに」
先頭を進むヒルシュさんの声に、あまり期待していない返事が返る。
俺はこっそりよく見える目で岩の中に化石が無いか探したりしていたんだけど、今のところ特にそれらしきものは見つからなくて、ちょっと退屈していた。
俺でさえそうなんだから、他の人達のテンション駄々下り度は推して知るべし。
まだ一人だけ元気なのは、ムービングログに乗りたかったのだと言ってた現役軍人のガッシュさんくらい。女性陣のテンション駄々下り度は、ちょっと見ていて気の毒なくらいだったね。
通路同士が交差する所はやや広めの空間になっていて、猫車を押した人同士がぶつからないようになっている。
そのまままた細い通路を黙々と進んでいると、前方が不意に明るくなってきた。
「あれ? 地下なのにどうしてあんなに明るいんだ?」
ここまでの通路はずっと下り坂になっていたので、かなりの深さまで降りて来てると思うんだけど、それなのにあの明るさはどういう事だ?
首を傾げつつ進んで行く。
「さあどうぞ、ご自身の目でこの絶景をご覧ください」
先頭を進んでいたヒルシュさんがそう言って、横にずれて俺達に道を譲る。
不思議に思いつつもそのまま通路を進んで明るい場所に出た俺達は、揃って驚きの声をあげる事になったのだった。
「うわ、眩しい!」
一番最初に進み出たハマーさんの悲鳴のような声が聞こえてムービングログが止まる。
慌てたようにヒルシュさんがムービングログを引っ張って動かしてくれたおかげて、後続の軍人夫婦が追突するのは免れたよ。
しかしその軍人夫婦も同じく眩しいと叫んで進み出た場所で揃って止まってしまい、鑑識眼のおかげでちょっと眩んだ程度ですぐに見えるようになった俺じゃなければ、追突事故が発生していたところだったよ。
タッチの差で、遅れたヒルシュさんが俺のところへ駆けつけて来てくれたけど、ぶつかる手前で止まってそのまま横に逃げた俺を見て無言で感心していた。
だけど俺も、そんなヒルシュさんに声をかけるのも忘れて目の前の光景に目を奪われていた。
「空が見える……」
ガッシュさんの呆然とした言葉に、全員が頷き、揃って今度は驚きの歓声を上げた。
そう、目の前にはまるで火山の火口みたいに大きく広がる、ややすり鉢状になった巨大な竪穴が広がっていたのだ。
俺達が出て来たのは、その壁面に作られた通路の一つで、出たところが広い踊り場みたいになっていて、そのまま左右に通路が繋がっている。
同じく岩の壁面を削るみたいにして作られた通路の幅は約2メートルほど。ぐるぐるとすり鉢の壁面に張り付いた通路は渦を巻くみたいにして下へ向かって延々と掘られていて、遠目に見るとまるで巨大なネジ跡のようにも見えて、ちょっと笑っちゃったね。
しかも、すり鉢の奥側と手前側では明らかに岩の色が違う。
恐らくだけど、向こう側は柔らかい岩なので崩落の危険を回避する意味もあって丸ごと地面を削る露天掘りに、俺達がいる側は硬い岩盤になってて崩落の危険が無いから、こんな風に横穴を無数に開けて岩の中を細かく掘り返してるんだろう。
「成る程、柔らかい側は露天掘りをしつつ、硬い岩盤側で横穴の通路を掘って岩盤の中まで採掘してるわけか。こりゃあ凄い。ジェムの機械程度で、大型重機なんてない世界でこれをやるのに一体どれくらいの労力が必要なんだろうな」
腕を組んで感心しつつそう呟くと、説明役のヒルシュさんが驚いたみたいに俺を見上げた。
「こりゃあ驚いた。魔獣使いの兄さんは、鉱山見学した事があるのか?」
どうやら俺の、露天掘りとか横穴とか言う呟きを聞きつけたみたいだ。
「ええと、見るのは初めてだけど以前ちょっとだけそんな話を聞いたことがあったからね」
「そりゃあ凄い。さすがは世界最強と謳われる魔獣使いだな。専門外の世界の知識も豊富ってか」
誤魔化すようにそう言って笑うと、感心したように何度も頷きながらそんな事を言われてしまい、元の世界の知識だと言うわけにもいかずにちょっと焦った俺だったよ。
その後は他の見学者達の前へ進み出て、この露天掘りの仕組みや、横穴内部がどれだけ迷路みたいに入り組んでるかって事を嬉々として説明していた。
予想通りの説明を聞きつつ広すぎて距離感が掴めない露天掘りの穴を眺めながら、俺は密かに岩食いの気配や、ケンタウロス達がどこかに見えないか探していたりしていた。
だけど、それらしきものは全く見当たらず、のどかで平和な鉱山の光景を俺は複雑な思いで眺めていたのだった。