相談と今後の予定
「ふああ、これはちょっととんでもない物件だぞ。大豪邸じゃないか」
部屋に戻って改めて貰った書類を確認した俺は、勝手に笑いそうになる口元を隠しもせずにそう呟いた。
何しろ、俺の希望通り、まず敷地が広い。
何と、廃坑になった鉱山がそのまま丸ごと敷地内にあるのだという。今は安全の為に入り口部分は埋められていて、中には入れないようになっているらしいけどな。
その建物の場所は、バイゼン街の郊外の北西にある巨大な山の裾野に位置していて、広い敷地を有している。
これを建てたのはかなり前の王都に住む貴族らしく、その鉱山を所有していたらしい。
その鉱山は、最盛期にはかなりの鉄鉱石とミスリル鉱石の産出量を誇っていたらしいが、何故かある時を境に次第に産出量は右肩下がりに減り続け、更には奥で大きな落盤事故が発生して一部の坑道が埋まってしまったらしい。幸い死者は出なかったが、多数の怪我人が出て大騒ぎとなり、結局、崩落した坑道をもう一度掘り直して開発するほどの産出量は見込めないと判断され、もうこの鉱山は一旦閉鎖となってしまったんだって。
その後はその貴族もこの地を去り、建物は売りに出されたんだけど当然大きすぎて買い手が付かず、いわゆる不良物件扱いになってしまったらしい。
そりゃあそうだろう。この敷地の広さと建物の豪華さを見れば、ちょっと普通の人が買える金額じゃない。
まあ、俺は普通じゃないから余裕で買えるけどね。
年月は流れ、建物もそろそろ放置出来ない時期に来ていて、取り壊すか修復するかで商人ギルド内でも意見が分かれていたらしい。
ただ、取り壊すにはあまりにも惜しいとの声が多く、結局最低限の補修だけを定期的に行ってなんとか建物を維持していたらしい。
「ううん、これは買ったらまずは大規模な修繕が必要になりそうだな。もしかしたらすぐには住めないかもしれないから、商談するなら早い方がいいよな。さてどうするかねえ。あいつらいつになったら帰ってくるんだろう?」
まあ、値段が値段だから一度見ただけで決めるかどうかは分からないけど、出来ればハスフェル達も住むんだから購入前に一通りは見てもらいたいもんな
書類を置いて剣帯と防具を取り外した俺は、ソファーに座って深呼吸をした。
まだちょっと心臓がドキドキいってる。
『おおい、今何やってる?』
一応断られる事も考えて遠慮がちにハスフェルを呼んでみた。
『おう、大丈夫だ。ちょうど今グリーンスポットに到着してテントを張り終えたところだ。今から食事だよ』
『美味い弁当をたくさん届けてくれて感謝するよ』
『遠慮なく食ってたら、あっという間になくなりそうだけどな』
一応トークルームは全開にして話しかけているので、ギイとオンハルトの爺さんも乱入して来て一気に賑やかになる。
『あはは、喜んでくれてるなら良かったよ。こっちは順調に料理の仕込みをしてるよ。それでちょっと相談なんだけどさ』
『どうした? 何かあったか?』
ご機嫌だったハスフェルの声が一気に真剣になる。
『いやいや、別にトラブルがあったとかじゃないよ。ああ、お前らの分の買い取りの明細と支払い明細、貰って来てるからな』
『ああ、悪いが預かっといてくれ。戻ったら確認するよ』
『おう、それでよろしく。で、実は商人ギルドのヴァイトンさんから例の別荘にどうかって売りに出されてる物件の紹介があってさ。敷地は広いし、かなりいい物件みたいなんだけど、ちょっと補修に金がかかりそうなんだよ』
『ほう、まあその程度は想定済みだな。良いと思うがちなみに何が問題なんだ?』
『いや、問題って言うか……一応、ここにはお前らも住むんだから、物件を見に行くなら一緒に行った方が良いかと思ってさ。出来ればお前らの意見も聞きたいし。それでいつ戻って来るのか聞きたかったんだよ』
困ったように俺がそう言うと、納得したみたいにハスフェルが笑った。
『ああ、成る程。そういう意味での、相談か』
『そうそう。俺は正直言ってそういう方面はさっぱりだからさ。敷地内には廃坑だけど鉱山跡なんかもあるらしいから、場合によっては、埋めてあるんだっていう入り口さえ掘り返して貰ったら、冬の間の従魔達の良い遊び場所になるかもな。だって、この辺りは雪に埋もれちゃうって言ってたじゃないか。地下なら雪の心配もないからさ』
そう、思ってたんだよ。
狼達とマックスやシリウス達は大丈夫だろうけど、間違いなくヤミー以外の猫族軍団は、雪が降って寒くなったら外へ出ようとしなくなるだろう。まあ、小さくなってれば建物内だけでもある程度の運動は出来るだろうけど、やっぱり出来れば大きい姿で力一杯走らせてやりたいものな。
それを考えれば、敷地内に誰も入ってこない広い地下の敷地があるって俺的には超嬉しいよな。
『ああ、そりゃあ確かに楽しそうだ。何なら俺達も中で思いっきり運動出来るかもな』
笑ったハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんが同意するように笑って拍手なんかしてる。
『別に構わないけど、お前らが思いっきり暴れたら、また落盤事故が起こりそうでそっちの方が怖いよ』
からかうようにそう言ってやると、何故だか三人から笑われた。
『大丈夫だよ。その心配は要らないって』
『ええと、その自信の根拠を尋ねても良いか?』
すると、また笑った三人が無言の譲り合いの後にハスフェルが答えてくれた。
『まあ、ある程度の閉鎖空間なら、俺達でも簡単な結界魔法が使えるわけだよ。だから衝撃で坑道内部に被害が出る心配はしなくていい。何ならお前も一緒に来い。それくらい教えてやるぞ』
「いやいや、何言ってるんだよ。そんな無茶言わないでくれって!」
思わず立ち上がって声に出して答えてしまい、シャムエル様に呆れたみたいな顔で見られたよ。
誤魔化すように笑って座ると、軽い咳払いをしてもう一度念話を繋ぐ。
『ま、まあそれは遠慮しておくよ。で、そんなわけだからいつ帰ってくるのか予定が分かったら教えてくれよな。ヴァイトンさんに、物件の見学をお願いするからさ』
『了解だ。それなら今の階を一通り回ったら戻る事にするよ。だけどその前にもう一回くらいは食料の配達を頼みたいんだけどな』
苦笑いするハスフェルの言葉に、俺は堪える間も無く吹き出した。
何だよ、なんだかんだ言ってもお前らだって現状を楽しんでるんだな。
『おう、そう聞いたからがっつり弁当を用意してるよ。いつでもベリーを寄越してくれていいからな』
笑った俺の言葉に、ハスフェル達は大喜びしていた。
『まあ、気をつけて楽しんで来てくれ。もう騒動はごめんだよ』
『それは俺達だって同じだよ。まあ、ケンタウルス達が来てくれたのはそういう意味では心強いよ。余程の事がない限り、彼らに任せられるからな』
『そうだな。それじゃあ俺はもう休むよ。お前らも程々にな』
三人が笑った声が聞こえた後に気配が消える。
「さてと、それじゃあ用事も済んだし、俺は寝るとするか」
ソファーから立ち上がって大きく伸びをした俺は、もう寝る準備万端に整っているベッドを振り返ったのだった。