空の旅
ご指摘がありましたので、ベリーがどうやって空の旅について来ているのかの描写を追加しました。
ふみふみふみふみ……。
お、これはタロンの肉球だ。
ぺしぺしペシペシ……。
で、こっちがシャムエル様だな。
半寝ぼけの状態で肉球を楽しんでいると、いきなり物凄い強さで顔を押されて俺は悶絶した。
「げふう! おい! 一体何事だ?」
叫んで目を開けた俺を覗き込んでいたのは、ハスフェルに譲った筈のシリウスだった。
「成る程、こうやって起こすわけですか」
「そうよ。こうすればご主人は起きてくれるからね」
嬉しそうに説明しているタロンは、いつもの猫サイズだ。
「いやいや待て待て! シリウス! お前は自分の大きさを考えろ。人を踏むのは絶対禁止! 寝てて目が覚めた瞬間、色々終わるから!」
血相を変えて叫ぶ俺を、タロンとシリウス、更にシャムエル様までが笑って見ている。
「おはようケン」
笑いを堪えながら、シャムエル様は、自分の頬と額を指差している。
「素敵な紋章が刻まれてるよ。誰にテイムされたの?」
それを聞いた俺は、思わず吹き出した。
「シリウス。俺の顔を汚れた足で踏んだな」
笑ってそう叫んだ俺は、シリウスの首に飛び付き、汚れた顔を胸元の柔らかな毛に埋めた。
「やめてください! 大事な毛皮が汚れます!」
笑って叫ぶシリウスにしがみついた俺は、遠慮無く汚れを擦り付けてやった。
「朝から何を戯れてるんだ。お前らは」
テントの外から呆れたようなハスフェルの声が聞こえて、垂れ幕が巻き上げられた。
あれ? そう言えば、垂れ幕は縛ってあった筈なのに、どうやってシリウスは中に入ったんだ?
不意にそう思って周りを見ると、シャムエル様が、照れたように笑っている。
「従魔とご主人のコミュニケーションについて知りたいって言うからさ、私が開けてあげたんだよ」
胸を張るシャムエル様に、俺は小さく吹き出した。
「はいはい、そう言う事なら別に構わないよ」
ふかふかの尻尾を指で突っつき、立ち上がってとにかく身支度をした。
その時気が付いた。
俺のテントの隣に、もう一つ、一回り小さなガレージ型の箱型テントが張ってある。
「あれ、もしかしてテントを買ったのか?」
防具を身につけながらそう聞くと、シリウスと遊んでいたハスフェルが顔を上げた。
「ああ、ちょうどレスタムの街まで戻ったからな。思い出して買ってきたんだ。雨の日なんかを考えると、やっぱり一つは欲しいからな」
前回、雨が降った時はシリウスは俺のテントに避難させた。外でも大丈夫だとは聞いているけど、屋根があるんだから、無理せず雨宿りすれば良いじゃん。
俺は気にしてなかったんだけど、どうやらハスフェルは思うところがあったらしい。
「良かったな、これで雨の日でもご主人と一緒だぞ」
「はい、ありがとうございます。昨夜は一緒に寝ましたよ」
おお、ハスフェルも、もふもふの楽しみに目覚めたらしい。
「仲良くな」
大きな鼻先を掻いてやり、俺はサクラに頼んでまずは机と椅子を出してもらった。
「ええと、朝はパンを焼いてゆで卵とハムを出す。あとは適当に野菜を並べてっと、あ、マヨネーズも出さないとな」
メニューを考えながら色々と取り出し、挽いたコーヒー豆も取り出して、久し振りにパーコレーターで濃いめのコーヒーを淹れる事にした。
沸かしている間に、ハスフェルの持っていたコンロも借りてミルクを沸かし、俺のコンロで弱火でフライパンで空焼きしてパンを焼く。だって、トースターなんて無いしさ。パンを焼こうと思ったら、これしか方法が無かったんだよ。今度パン屋に行ったら、皆、どんな風にして焼いているのか聞いてみよう。案外簡単に焼けたので、木の皿に乗せて並べておく。
カップに温めたミルクとコーヒーを入れて。オーレにする。
「はいどうぞ。好きに乗せて食ってくれよな」
取り出したチーズの塊も、切ってお皿に乗せてやる。
嬉しそうにパンに色々乗せるのを見て、俺もまずは食べる事にした。
「ご馳走さん。こうやって好きに挟むってのも良いな」
最後のオーレを飲んだハスフェルは、そう言って笑って大きく伸びをした。
「それじゃあ、一休みしたら言っていた4番の扉目指して出発だな」
「了解だ。じゃあテントを片付けるよ」
アクアとサクラに一通り綺麗にしてもらって、順番に片付ける。
テントもスライム二匹が手伝ってくれるようになって、かなり楽になったよ。
横を見ると、ミストも健気にハスフェルがテントを畳むのを慣れないながらも手伝っている。
「頑張れよ」
掛けてやった俺の声が聞こえたのか、ミストが伸び上がってこっちを向いてる。
いちいち仕草が可愛んだよな。
「それじゃあ、扉目指して出発だ!」
マックスの背中に乗って、シリウスと並んで走る。その背後をニニがピタリとついて来ていた。
途中、ニニとファルコが狩りのために抜け。戻って来たところでマックスとシリウスが二匹揃って狩りに出掛けた。
俺達は、降りたところで昼食にした。
サンドイッチを色々出してやり、揚げた芋も並べておく。朝はオーレだったから、昼は紅茶かな。
「そう言えば、ハスフェルは、シリウスに乗るまではどうやって移動していたんだ? やっぱり馬?」
食べていたサンドイッチから顔を上げて、ハスフェルは頷いた。
「そうだな。馬を使う事が多かったな。後はまあ、緊急時には大鷲に乗せてもらったり……だな」
「大鷲? 誰かに頼んでテイムしたんじゃ無くて?」
「違う。大鷲の中でも特別な亜種の一族でな。とても賢い。緊急時などは、お願いして運んでもらったりもする。まああれだ、俺の元の、闘神の友人が可愛がっている一族だよ」
出ました。
まさかの神様繋がりな訳ね。うん、もうこれ以上聞かない方が良さそうだな、こりゃあ。
食事が終わった俺達は、マックスとシリウスが戻って来たところで出発しようとしたら、折角だから乗せてもらえと言われて、大きくなったファルコに乗せてもらう事にした。
「それにしても、戻って来るのが早かったな。本当にお腹いっぱいになったのか?」
マックスに、外していた鞍を取り付けながら聞いてやると、二匹揃って嬉しそうに顔を上げた。
「シリウスと一緒だと、連携した動きが出来るのでとても効率良く狩りが出来るんです。お陰で、殆ど狙った獲物を逃さず捕まえられましたから」
成る程。犬科は集団で狩りをする生き物だからな。単独での狩りよりも確かに楽に狩りが出来るんだろう。
「良かったな。それじゃあ初の空の旅だな、よろしくな、ファルコ」
俺の中では、オレンジヒカリゴケを採る為の、あの峡谷での決死のダイブは空の旅にはカウントしていない。あれは断じて落下だ!落下!
巨大になったファルコの背中に、まずは俺が乗り首元に跨る。マックスとニニが飛び乗って来て後ろに伏せるようにして並んだ。ラパンとタロンはそれぞれの胸元に潜り込んでいる。
それから二匹のスライムが、皆を落とさないように、伸びて手足を固定した。
もちろん、俺の足も固定されたよ。
「ええと、ベリーはどこに乗る?」
蹄があるので、どうするのか心配になって尋ねると、にっこり笑ってこう言われた。
「大丈夫ですよ。私は飛行術が使えますので、ファルコの後を追ってついて行きますからご心配なく」
まあ、そうだよな、賢者の精霊だもんな。俺が心配するなんておこがましいよな。あはは。
「あれ? シリウスとハスフェルは?」
振り返った俺は、彼が笑って上空を指差すので、その方角を見て声も出ないくらいに驚いた。
小さな鳥の影がみるみる近付き、目の前に降りて来たのは、巨大化したファルコよりも更に一回り以上大きな、まさに巨大な大鷲だったのだ。
「おや、従魔を手に入れたのか。それは良い。移動が楽になるだろう。最近あまり呼ばれなかったのはそのせいか」
笑みを含んだ大鷲の声に、ハスフェルも笑っている。
「其方が異世界人だな。我らの世界を救ってくれて感謝する。其方にとっては自覚のない事かもしれんが、それでも何度でも礼を言う。本当にありがとう」
振り返った大鷲にもまたいつもの如く言われてしまい、俺は笑って首を振った。
「まあ、その件に関しては、本当に俺に何か言われても困るだけなんで、礼なら、俺を呼んだシャムエル様に言ってやってください」
とりあえず、この件に関してはもう、全部まとめて丸投げしておこう。
「あ、私に丸投げしたね」
呆れたようなシャムエル様の言葉に、俺達は揃って吹き出したのだった。
二羽の巨大な猛禽類の背に乗り、上空へ舞い上がった俺達は、眼下に広がる景色に思わず歓声を上げた。
「あの先に見えるのはチェスターの街です。貴方なら扉がある場所が判るでしょう?」
ファルコに言われて俺は改めて周りを見渡した。
「ええと、あ、もしかしてあれか?」
それは、上空に向かって伸びる、不思議な光の柱だった。
昼間でも分かる、白っぽい輝く光の柱は、たしかに地図上の扉がある辺りに建っている。
「あ、手前の草原に降りてくれる。折角だから、彼に扉を見つけてもらおう」
肩に座ったシャムエル様の言葉に、二羽はゆっくりと光の柱の手前にある草原に着陸した。
順番に背から降りた俺達は、元の大きさに戻ったファルコを定位置に戻して。光の柱を見上げた。
「じゃあ、行きますか」
マックスの背中に飛び乗り、俺は 聳え立つ光の柱に向かってゆっくりとマックスを走らせた。