おでんを作るぞ!
「さてと、じゃあまずは牛すじで何を作るかなあ」
買い出しを終えて部屋に戻った俺は、防具を脱いで身軽になり、サクラに手を綺麗にしてもらってからまだ何も出ていない机の上を見て考える。
「牛肉の赤ワイン煮を作っちゃったからなあ。牛すじもビーフシチューにすると味が同じになるからなあ。ううん、どうするかねえ」
腕を組んで考えていてふと思い出した。
定食屋の店長がよく作っていた牛すじ煮込み。あれにしよう。ご飯の友だもんな。
「ええと、あれなら甘辛く炊けば良いんだから、砂糖と醤油と味醂、それからお酒だな。いつもの味付けじゃん」
小さく笑ってサクラから色々と取り出してもらう。
「じゃあ作っていきますか」
厚手のお鍋に下拵えを終えた牛すじと牛すじから取った出汁をたっぷり入れる。
「肉が全部浸かるくらい。よしこんなもんだな」
そこに、砂糖と醤油、味醂とお酒をおたまで計りながら入れていく。
「もうちょい甘み欲しいか。あ、蜂蜜もちょっと入れとこう、艶が出て美味しくなるはずだ」
これはやや甘めの方が美味しいので、蜂蜜も追加で入れてしっかりかき混ぜてから火にかける。
「これもあとは蓋をして煮込むだけもんな。簡単簡単」
沸いてきたらトロ火にして吹きこぼれないように注意しながら煮込むだけだ。
砂時計を持ってきたゼータに、三十分ほど煮込むように伝える。
「じゃあ、おでんも作っちまおう」
そう言って机に積み上がった材料を見て笑顔になる。実は何とこの街の屋台で練り物を売ってる店を見つけたんだよ。しかも種類は無いけどコンニャクや豆腐まであって、俺はちょっと泣きそうになったよ。冬の間の故郷の味、また見つけたよ。
聞けば、店主はダリア川沿いにある北グラスダルって街の出身の人らしく、奥さんはカデリーの街の出身なんだって。それで、奥さんの提案でダリア川で獲れた魚を練り物にして作って、焼いたちくわっぽいのや、揚げたさつまあげっぽいのを作って売ってみたら、あっという間に大評判になり、今では北グラスダルから街道を北上してリーワーフ、ウォルス、そしてここバイゼンまで各街に支店を作るくらいの人気になったらしい。
分かる。練り物って焼いてよし揚げてよし、何ならそのまま食べてもよしの万能選手だもんな。
しかも、今では川から遠いウォルスやバイゼンでも新鮮な材料が手に入るようにって言って、支流の川で魚の養殖まで始めたって言うんだからすごいなんてもんじゃない。実業家ってこう言う人のことを言うんだろうね。
それなのに今でもこうやって普段は朝市の屋台の店頭に立って販売してるって言うんだから、もう尊敬するよ。
当然大量に買わせていただいたので、他にも色々作る気満々だよ。
だけどまずはおでんだ。
「ええと、まずは下茹でからだな」
取り出したのは大きな大根と山盛りのじゃがいも。
「ええと、じゃがいもは綺麗に洗って半分に切ってくれるか。芽だけとってくれ。皮はそのままでいいからな」
スライム達にじゃがいもを洗ってもらってる間に大根を3センチくらいの輪切りにする。
「こんな風に、まずは外側の皮を剥く、それで面取りって言って、角をちょっとだけ削り落とすんだ。こんな風にな」
アクアとサクラが見ている目の前で、大根を一つ手に取り皮を剥き、面取りをして見せる。
「それで、こんな風にちょっとだけ十字に切り込みを入れるんだ。下まで切らなくていい。これは味を染み込ませるための切り込みで、隠し包丁って言います」
バイトで下拵えを担当していた時に、定食屋の店長から聞いた説明そのままだ。
「分かった〜〜! じゃあやるね!」
アクアとサクラが張り切って残りの大根を丸呑みする。
「じゃあ下茹で用の鍋を出してっと」
大きめの寸胴鍋を二個取り出してコンロの上に乗せる。
「ご主人、じゃがいも出来たよ〜〜!」
アルファが代表して来てくれたので、寸胴鍋の中にじゃがいもを入れてもらう。
「ちょっと多かったな。それはそのまま保管しててくれ。また別の料理に使うからな」
皮ごとまずはじゃがいもを下茹でする。
少しだけ塩を入れて、じゃがいもが隠れるまでたっぷりの水を入れて火にかける。
このままゆっくり弱火で、串が軽く通るまで茹でていく。茹で上がったら熱いうちに皮を剥けば下拵えは終わりだ。当然、皮剥きはスライム達があっという間にやってくれたよ。
「大根も茹でていくぞ」
同じく下拵えの済んだ大根の輪切りも別のお鍋で茹でていく。
「根菜類は、水から茹でるっと」
これにもたっぷりの水と少しの塩入れて火にかける。
「あとは、練り物はいろいろあるからそれを入れて……あ、ゆで卵を忘れてるじゃん。サクラ、ゆで卵を二十個出してくれるか。それで殻を剥いてくれ」
「はあい、すぐやりま〜す!」
元気な返事が聞こえてサクラのところへ手の空いたスライム達が集まる。
何故だか知らないけど、ゆで卵の殻剥きってスライム達に大人気なんだよな。
練り物も大きめのものは半分くらいに切り、木綿豆腐と厚揚げも取り出して適当な大きさに切っておく。
「薄揚げは油抜きをして餅を入れよう」
手早く見本の餅巾着を作り、口の部分を楊枝で留めれば完成だ。残りはスライム達に任せる。
これは、俺はお湯を沸かして薄揚げの油抜きをするだけ。楽ちん楽ちん。
「コンニャクも一度下茹でしてから、こんな風に斜め三角に切って、飾り包丁って言うんだけど軽く網目状に切り込みを入れる。これも下までは切らないから間違わないようにな」
大きめの鍋にコンニャクを入れて茹で、茹で上がったところで見本に一つ切って見せればこれもあとはやってくれる。それから竹串もどきを大量に取り出し、これに切った牛すじを適当に突き刺して見せ、これも残りはスライム達にやってもらう。
手間のかかる下拵えを張り切ってやってくれるスライム達を見て和みつつ、俺は肝心のおでん出汁を作るよ。
大きな口の広くてあまり高さの無い両手鍋をおでん用に取り出しておき、まずは別の大きな寸胴鍋に残りのすじ肉から取った出汁を入れる。それから鰹と昆布で取ってあった出汁も追加で入れて混ぜておく。おでんの出汁はたっぷり多めに作るぞ。
味付けは、砂糖と塩と醤油と味醂、それからお酒。うん、いつもの味だ。ちょっと甘めのおでん出汁が、俺の記憶にある定食屋のおでん出汁だよ。
下拵えの準備が全部出来たところで、まずは両手鍋に練り物以外の具材を全部入れてたっぷりおでん出汁を入れて火にかける。
それから別にもう一つ鍋を取り出し、置いてあったロールキャベツもおでん出汁で煮込んでいく。ここに少し考えて、屋台で買った定番の太くて短めのソーセージも入れて一緒に煮ておく事にした。これは食べるときに一緒に出せばいいからな。
どちらのお鍋も、だいたい沸いてきたら弱火で一時間くらいが目安だ。
その間にさっきのすじ肉の煮込みが出来上がったので、火を止めて一切れ取って味見をしてみる。
「うん、いい感じだ。これはおかずにもなるし酒の当てにもなるなあ」
満足気にそう呟いて蓋をしようとしたら、いきなり耳たぶを思いっきり引っ張られた。
「ちょっと待ってよ、自分だけ食べてどうして蓋しちゃうんだよ! 私の分は〜〜?」
下半身だけで素早いステップを踏みつつ、シャムエル様が俺の耳たぶをちっこい手で力一杯引っ張っている。
「痛い痛い。ごめんなさい。分かったから手を離してくれって」
慌てて小皿を取り出して、シャムエル様の味見用に幾つか柔らかそうなところを取り分けてやる。
「失礼しました。はいどうぞ」
「はあ、びっくりした。いきなり蓋するから、どうしようかと思ったじゃない」
尻尾をブンブンと振り回しつつ文句を言っていたシャムエル様だが、目の前のすじ肉を見るなりご機嫌な笑顔になる。
「おいしそ〜! では、いっただっきま〜す!」
やっぱり頭から突っ込んで行くシャムエル様を見て、乾いた笑いをこぼす俺だったよ。
ちょっと休憩して、俺もすじ肉を少しお皿に取り、冷えたビールを一本だけ飲ませてもらう事にした。
それからちくわを一本だけ取り出して、中にきゅうりを突っ込んで一口サイズに斜めに切る。マヨネーズをちょいと垂らせば立派なおつまみの完成だ。
「くああ〜〜〜冷えたビール、美味い!」
おでん第一弾が煮えるまでのんびりと昼間のビールと摘みを楽しみ、時間になったところで練り物と餅巾着を投入。鍋が小さそうなので、もう一つ同じ鍋を取り出して具材を半分に分けて練りものも半分ずつ鍋に入れる。
それから残りのお出汁をたっぷりと追加で入れ、あと三十分くらい煮込めば完成だ。これは一旦冷ましておいて、食べる前にもう一度温めればいいからな。
って事で、おでんが出来上がるまで、俺はゆっくり残りのビールを楽しませてもらった。
「でもまあ、冷静に考えればおでんって見かけのわりに案外手間がかかってるよなあ」
出来上がった大量のおでんを前に、何だか笑いが止まらない俺だったね。
あれ、おかしいなあ……ビールの空瓶が、いつの間にか三本になってるぞ?