シャムエル様と俺の夕食
「それじゃあ行って来ますね。また無くなったら頂きに来ます」
ぎっしり並べた大量のお弁当を全部まとめて収納したベリーは、妙に嬉しそうな笑顔でそう言うと、俺に片手を上げて裏庭へ続く扉からさっさと出て行ってしまった。
「おう、配達よろしく。じゃあまた色々用意しておくよ。ってかあいつら、ほんとに賢者の精霊を気軽に使いっ走りにするんじゃねえよ」
消えていくベリーを見送り庭への扉を閉めた俺は、小さく笑ってそう呟いた。
「まあ、それくらいやってもらっても良いんじゃない? ベリーも楽しんでるみたいだしさ」
フライパンに中途半端に残っていた焼きそばを小皿に入れてやったのをせっせと食べながら、シャムエル様が当然の事のようにそう言って笑っている。
「へえ、良いのか?」
「もちろん、だって今はベリーも旅の仲間でしょう? 彼がハスフェルに自分から言ったんだよ。何か必要な物があれば、いつでも取りに戻ってあげるよってね」
「そっか。まあベリーが進んでやってくれてるんなら構わないけどさ」
「うん、ケンとの旅はとっても楽しいって言ってたからね。だからあまり気にしなくていいと思うよ」
笑ってそう言い、うんうんと頷いたシャムエル様は、両手で焼きそばの入ったお皿を更に引き寄せ半分お皿に乗り上がるみたいにしてまた食べ始めた。
それにしても夢中になって焼きそばを食べているシャムエル様は、なかなか凄い事になってる。
両手も顔も脂とソースでベタベタになってるし、何故かまた後頭部側にまでソースの汚れが複数付いてる。
「一体何をやったらこんな場所が汚れるんだよ? ほら、油とソースで大事な毛皮がベタベタになってるぞ」
呆れたように笑った俺は、そう言いながら小さな頭をそっと撫でて汚れを拭ってやった。
「ふん、ふぁりふぁふぉうへ」
ちらっとこっちを見たシャムエル様が、謎の暗号みたいな事を言ってそのまままた前を向いて食べ始めてしまう。
「何だよそれ?」
『ありがとうって言ったの! 今食べるのに忙しいからまた後でね!』
突然頭の中でシャムエル様の声が響き、一瞬で気配が消えてなくなった。
「なるほどね。今のは、ありがとうだったのかよ」
小さくそう呟いて改めてシャムエル様を振り返った俺は、思わず二度見したよ。
何しろ、今のシャムエル様はとにかくありったけの焼きそばを口に入れようと、そばを掴んではモグモグと口の中へ押し込んで頬袋の中へせっせと溜め込んでる真っ最中だ。おかげで頬は左右に大きく膨らんで別の生き物みたいになってる。
だけど、入りきらない口からはみ出した焼きそばの端っこが、モグモグやるたびに右に左にまるで生きてるみたいに振り回されてる。それが真っ黒で何やら邪悪な触手みたいに見えてしまい、俺は思わず横向いて吹き出したよ。
「ふぁに? ろうひはほ?」
「いや、何でもない。創造主様がなんだか別のものに見えてちょと怖かったんだよ」
俺の言葉に手を止めて、パンパンのほっぺたのままで不思議そうに首を傾げるシャムエル様は最高に可愛い。ちょっとそれ、犯罪クラスですよ。お願いだから俺にその頬を突っつかせてくれ。
「さてと、急な予定変更で、今日作る予定の料理が出来なかったな。だけど腹が減って来たから先に俺も何か食おう。料理をあれだけ作ったのに、自分が何も食べてなくて腹が減るってなんの冗談だよってな」
小さく笑って考える。
「昼は、焼きそばサンドを食ったんだよ。ううん肉もいいけど野菜も食いたい。ついでに言うとちょっと冷えてきたな」
大量の煮込み料理と揚げ物のおかげで部屋の中は暖かなんだけど、さっきベリーが出て行く時に開けた扉からはかなり冷たい風が入って来ていた。
「じゃあ一人鍋でも作るか。よし、グラスランドブラウンボアの薄切り肉で味噌鍋にしよう。野菜とキノコをたっぷり入れてな」
料理が決まれば後は作るだけだ。
俺が使うにしてはやや小さめの両手鍋を取り出し、作り置きしてある鰹節と昆布で取った出汁を入れて火にかける。
「誰か、これ切ってくれるか。こんな風にな」
白菜と白ネギもどきキャベツもどきを鍋用に切ってもらい、にんじんも細切りにしてもらう。それからキノコ色々、木綿豆腐を一丁取り出してこれは自分で切っておく。
「グラスランドブラウンボアの肉、これを薄切りにスライスしてくれるか。しゃぶしゃぶサイズな」
さっき使ったのよりも少し脂身の多い部分を渡してたっぷりとスライスしてもらう。
「まずは白菜の芯のところと、白ネギを入れる」
まあ一人前なので、いつもよりも炊き上がるのも早いよ。
沸いて来たところでキノコを投入。練り物が無かったので、代わりに厚揚げを切ってこれも入れる事にした。
一気に沸いて来たところで味噌を二種類混ぜて投入。
「よし、食べるぞ!」
小鉢を用意して、切ってもらったグラスランドブラウンボアの薄切り肉をどんどん入れていく。
「まあ、普通の豚肉より、しっかり目に火を通した方がいいもんな」
中火くらいにして、肉が煮上がるのを待つ。
いつの間にか、シャムエル様がいつもの小鉢を手にして俺のすぐ横に来ていた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
残念ながら今日はカリディアはいないので、一人の味見ダンスだ。
「おう、ちょっと待ってくれよな」
一番火を弱くしてから、まずはシャムエル様用に色々入れてやる。
「はいどうぞ。グラスランドブラウンボアのぼたん鍋だよ」
「うわあい、美味しいそう! では、いっただっきま〜す!」
一番上にあった肉を早速齧り始める。
「やっぱり肉食リスかよ」
笑ってこっそり尻尾を突っついてもふってから、自分の分を小鉢に取り、一応簡易祭壇にお供えしておく。
「グラスランドブラウンボアのぼたん鍋です。少しですがどうぞ。それから、ハスフェル達が地下洞窟へ入ったらしいです。まあ大丈夫だろうとは思うけど、何かあったらお助けください」
手を合わせて小さな声でそう呟く。
いつもの収めの手が俺の頭を撫でてから、小鉢も撫でて持ち上げてから消えていくのを見送った。
「まあ、俺が心配するのもおこがましかろう。あいつらだって神様なんだもんな」
自分の小鉢を手に小さく笑ってそう呟くと、席へ戻って改めて手を合わせてから、俺も自分の分を食べ始めたのだった。