ちょっと予定変更!
「ごちそうさま〜〜!……何してるの?」
唐突に食べ終わったシャムエル様が、お皿を抱えたまま振り返って俺の手を見てそう尋ねる。
「いや、スープが跳ねてたから拭いてやろうかと……」
「大丈夫です! 自分でやるから!」
慌てたようにそう言って尻尾を取り返されてしまった。
ああなってはもう手出し出来ない。
机の上でせっせと大事な尻尾のお手入れを始めるシャムエル様を見て、小さなため息を吐いた俺は、顔を上げていつの間にか灯されていたランプに気付いた。
スライム達は、火を入れたランプは掛けてくれるけど、火自体は怖がって使えないはずだから誰が用意してくれたのかと驚いて周囲を見回す。
「あれ、戻ってたんだ」
蹄の音がして振り返ると、別の箇所にベリーが火を入れたランプを掛けてくれているところだった。
「はい、仲間達と合流して周囲を一通り案内して来ました。ハスフェル達は地下洞窟へ入って行きましたよ」
「はあ? 地下洞窟?」
鍋をかき混ぜていた手を止め、そう叫んで振り返る。
「それでハスフェル達からの伝言です。ちょっと面白い事になっているので、しばらくここで過ごすので弁当をお願いします。との事ですよ。預けてくだされば、配ってきますので」
「あ、あいつら……賢者の精霊を使いっ走りにするんじゃねえって」
堪えきれずに吹き出すと、ベリーとフランマとカリディアまで一緒になって揃って吹き出した。
「地下にいると、奴が大きく動いた時に分かる可能性が高いんですよね。ですからまあ、今地下洞窟に潜るのは理に叶った行動ですよ」
「へ、へえ……そうなんだ」
そのあたりはさっぱり分からない俺は、感心したようにそう呟いて机の上に転がっていたサクラを呼んだ。
「ええと、それならどの辺りを持って行かせるかねえ。今日はサンドイッチと煮込み料理しかしてないから、まだあいつらの好きな揚げ物系がさっぱりなんだよ」
「おや、そうなんですか?」
「ええと、急ぐ?」
急ぐようなら、在庫のある分でお肉系の料理を渡してやろうと思ったんだけど、ベリーは笑って首を振った。
「全然急ぎませんよ。今、彼らは大物の狩りの真っ最中ですから、時間はまだまだあります」
にんまりと笑ったベリーの言葉に、遠い目になる俺。
ベリーが大物というくらいだから、地下洞窟なら間違いなく絶対王者クラス。
ここの地下洞窟にどんなジェムモンスターが出るのか知らないけど、絶対俺は行かないからな!
「じゃあ、あいつらが好きな揚げ物系を色々作ってやるから、まあゆっくり休憩していてくれよ」
このあともう一品煮込み料理をするつもりだったんだけど、そういう事なら予定変更だ。
今ならスライム達が手伝ってくれるから定番の揚げ物系はすぐに出来るもんな。
って事で、まずはサクラに揚げ物用の材料をまとめて大量に取り出してもらう。
「そうなんですね。じゃあ今のうちに果物を少しいただいておきます」
「おう、サクラ。ベリーに果物出してやってくれるか」
「は〜い!」
サクラが元気よく返事をしてベリーのところへ跳ね飛んで行く。フランマとカリディアも嬉しそうに集まって一緒に果物を食べ始めた。
俺にはよく分からないけど、色々頑張ってくれてるみたいだからな。好きなだけ食ってしっかり腹を膨らませておいてくれよな。
「ああ、その事でちょっとお願いがあります」
ベリーも一緒になって果物を食べていたんだけど、途中で食べるのをやめて俺を振り返った。
「ん? どうした? 改まって」
アルファとベータに、手分けしてグラスランドブラウンボアの肉と豚肉の塊をトンカツ用に切ってもらっていた俺は、手を止めてベリーを振り返る。
「今回、ケンタウルスの郷から仲間達が大勢やって来てくれたんですが、外の世界はマナが薄くて郷のように呼吸しているだけでは必要なマナの量が補充出来ないんです」
「ええ、それってまずくね? それってそのまま放置すれば、以前のベリーみたいに小さくなっちゃうんじゃないのか?」
「まあ、そこまで緊急事態ではありませんが、空腹でいざという時に対処が遅れたりしては大変ですからね。そこで、私のように果物を食べてマナを補給させてやる必要があるんです」
思わずサクラを見て、それからベリーをもう一度見る。
「ええと何人来てくれてるんだ? 果物は余裕を持って仕入れてるけど、あんまり大人数で一気に食べるんだったら、補充しないと足りなくなるぞ」
果物の在庫を思い出して内心で大いに焦りつつそう言うと、ベリーが笑って首を振った。
「全員分に必要な量の果物をここで買ったら、街の人達に迷惑になります。それで、私はここを離れられませんので、フランマとカリディアに、例の飛び地へ行ってあのリンゴとぶどうを収穫して来てもらいます」
「そっか、あの二人なら自力で飛び地へ入れるわけか」
「はい、ですが二人の収納は容量があまり無いんです。それで収穫したリンゴとぶどうを収納出来るようにスライムちゃんをお借り出来ませんか」
ベリーは、そう言いながら切った肉をバットに大量に吐き出しているアルファをチラリと見て、それから床に転がっているスライム達を見た。
「おう、もちろん構わないよ。だけど全員連れて行かれるとさすがに困るんだけどな」
苦笑いしながらそう言うと、驚いたように目を見開いたベリーが笑って首を振った。
「まさかそんな無茶は言いませんよ。料理のお手伝いは必要でしょう? スライムちゃん達の収納は無限大だと聞きましたから、二人にそれぞれ一匹ずつつけてくれれば充分ですよ」
「ああ、それくらいなら構わないよ。ええと、誰に行ってもらう?」
床に転がって待機しているスライム達を見る。
俺の言葉にスライム達が集まって何やらモゴモゴとおしくらまんじゅうを始めた。
「はあい、ではアンバーとジルバーンがお伴しま〜す!」
その結果アイアンとアイアン亜種のメタルコンビが名乗りを上げてくれたので、二匹をおにぎりしてやってから二人に託す。
「じゃあ一緒に行きましょうね!」
「はあい、よろしくお願いしま〜す!」
嬉しそうなフランマとカリディアの言葉に、二匹も嬉しそうにそう言いながら伸びたり縮んだりしている。
「じゃあ、もうお腹いっぱいになったし、もう行きましょう!」
フランマが元気よくそう言って庭へ駆け出していく。
「待ってくださ〜〜い!」
慌てたように三匹がフランマの後を追って庭へ飛び出す。そして、アンバーとジルバーンがカリディアをホールドしてフランマの背中に張り付く。
「では行って来ますね!」
フランマがそう言うと、一瞬で姿が見えなくなった。
姿隠しの術で見えなくしてから行ったみたいだ。
「へえ、スライム達まで一緒に消えたな」
見送りながら感心してそう呟くと、ベリーが笑いながら庭を覗き込んだ。
「術士の体に触れていれば一緒に姿を消す事が出来ますからね。特にフランマは姿隠しの術に関しては私に匹敵する程ですから、スライムちゃん達の姿を消すくらい何でもありませんよ」
「へえ、そりゃあ頼もしいな。さてと、じゃあサクッと揚げ物作るから、まあ出来上がるまでゆっくり休んでてくれ」
笑って頷き、猫みたいに足を畳んで床に座って休むベリーを見て小さく笑った俺は、山積みになったスライスした肉を振り返った。
「さて、じゃあ予定変更で先に揚げ物をつくっちまおう。手伝ってくれるか」
肉用のスパイスミックスと塩胡椒を取り出した俺の言葉に、床に転がっていたスライム達が一斉に跳ね飛んで机の上に上がってきた。
「はあい、お手伝いしま〜す!」
「おう、よろしく頼むよ」
笑ってアクアを撫でた俺は、まずはお肉にスパイスを振り掛けるためにバットを並べて肉を広げ始めた。