ポトフと赤ワイン煮ともふもふ尻尾
「違うよ〜〜究極の合体をしようと思ったら、まだまだ仲間が必要だもんね〜〜〜!」
「はあ、何だよそれ!」
驚いて振り返った俺の目の前で、アクアゴールドとゲルプクリスタルがポヨンと離れる。
「ああ、教えちゃったね〜〜〜!」
笑ったシャムエル様の声に机の上を見ると、一瞬でアクアゴールドの上に移動して足元をテシテシと叩いた。
「もう、せっかくギリギリまで内緒にしておこうと思ったのに、バラしちゃ駄目じゃない」
「ごめんなさ〜〜い!」
プルプルと大きく震えたアクアゴールの上から、バランスを崩したシャムエル様が転がり落ちる。
「どわあ〜 危ねえって!」
咄嗟に両手で確保してやりそのままホールドする。
「おう、このもふもふの尻尾がたまらん」
笑ってそう呟き、そのままもふもふに顔を埋める。
「痛い痛い! そのちっこい足で蹴るんじゃねえよ!」
のけ反ってそう叫ぶとまた一瞬でシャムエル様が俺の額の上に現れた。
「もう、油断も隙もないねえ。どれだけ私の尻尾が好きなんだよ」
そう言って態とらしくため息を吐いてから尻尾の手入れを始めるシャムエル様を指で優しく突っつき、小さく笑ってそっと机の上に戻した。
「まだ料理をするから、危ないからそこで見ててくれよな」
「あれ、もう終わりじゃないの?」
尻尾のお手入れを再開したシャムエル様の言葉に、俺はさっきのすじ肉の出汁が入った鍋を指差した。
「今からこれで、ポトフを作るよ。それから牛肉の赤ワイン煮もな。あとはまあ色々だ」
「ふうん、味見ならいつでも受け付けるからね!」
味見する気満々のその宣言に、俺は堪える間も無く吹き出したのだった。
「じゃあ作っていくか」
ネルケさんのレシピによると、自家製ソーセージとベーコン以外に入れる野菜は、じゃがいもとにんじんと玉ねぎのシンプル三種。もし野菜を追加したければ、ざく切りにしたキャベツや大根を入れても良いと書いてある。それから仕上げに別茹でしたブロッコリーを飾っても良いとも書いてあった。
なるほど、アレンジは色々効きそうだ。
「定食屋で作ってたポトフには、確かカブが入ってたな。だけど今回はカブは無いから、まずはネルケさんのレシピ通りに作るよ」
って事で、大きな寸胴鍋でまずはベーコンをオリーブオイルでしっかり炒めていく。そこに刻んだニンニクも入れて一緒に焦がさないように炒める。ここでネルケさんのスパイス第一弾だ。
「炒まったら玉ねぎとにんじん、それからじゃがいもの順番で入れていくぞ」
軽く鍋を振って野菜に油を馴染ませながら軽く炒め、一旦火を止めて貰ったあのソーセージを大量に入れて、先ほど作ったすじ肉の出汁をたっぷりと鍋に入れる。ここで、もう一度追いスパイスだ。
「ここで一旦強火で沸く寸前までいったら弱火にして蓋をする。あとはコトコト煮込むだけっと」
寸胴鍋に蓋をして弱火にしてじっくり煮込めば完成だ。
「次は赤ワイン煮だな。今回はグラスランドブラウンブルと、牛すじ肉の二種類入りで作るぞ」
別の寸胴鍋を用意しておき、こっちも皮を剥いた玉ねぎとにんじんとじゃがいもを大きめの乱切りにしてもらい、それからニンニクとトマトをみじん切りにしてもらう。
「まずは油を引いて、大きめのぶつ切りにしたグラスランドブラウンブルの肉を焼いていくぞ。これは表面に焦げ目がつけば、中まで火は通さなくてもOKっと」
良い感じに焦げ目が付けば、一旦肉は取り出してその鍋に玉ねぎとニンニクを入れて炒めていく。
「ちょい油を追加かな」
油が足りなさそうだったのでオリーブオイルを追加で足して、飴色になるまで玉ねぎを弱火でじっくり炒めていく。
そこに輪切りにしたマッシュルームもどきと刻んだトマト、ホテルハンプールのコンソメスープと水を入れて火にかける。このときに鍋肌についた焦げもしっかり取るよ。ここで下茹でしてあったすじ肉も投入だ。そこにたっぷりの赤ワインもドバドバ入れる。
「ううん、ちょっともったいないけど、ここは全部入れるぞ」
適当にもらっていた赤ワインをそのまま使ったんだけど、何だかめっちゃ美味しそうだったからもしかしたら良い酒だったのかもしれない。
「ま、いっか。美味くなるんだから文句はあるまい」
小さく笑って、ここにもネルケさん特製のスパイスを振り入れておく。
これもそのまま弱火で煮込み、とろみがついてきたら肉を戻してさらに煮込む。
「最後は余熱で火を通すから、このまま置いておくっと」
蓋をして火から下ろし、冷めないように布を巻いて置いておく。
ポトフも良い感じになったので、火から下ろして蓋をしておいておく。
「ねえねえ、味見は?」
赤ワイン煮の鍋の蓋の上に現れたシャムエル様が、今にも蓋を開けたそうにしている。
「残念だけど、まだどちらも出来上がってないから味見はお預けだよ」
笑ってそう言うと、分かりやすくしょんぼりして蓋の上に転がる。熱くないのかよ、おい。
「ええ、味見したい〜〜!」
「まだ、味は染みてないと思うけどなあ」
苦笑いした俺は、小皿とお玉を取り出してシャムエル様ごと赤ワイン煮の鍋の蓋を開ける。
「ちょっとだけだぞ」
肉が混ざるように全体に混ぜてから、少しだけお皿に取り分ける。
それから、別のお皿にポトフのスープとベーコンのかけらも入れてやる。
「はい、どうぞ。これが本当の味見だな」
赤ワイン煮のお皿には、小さな肉の欠片も一緒に入れて渡してやる。
「うわあい! では、いっただっきま〜す!」
嬉々として宣言したシャムエル様が、お皿にやっぱり顔から突っ込んでいった。
「熱い、でも美味しい! ううん、良い。これは良い!」
ぶんぶんといつもの倍くらいに膨れ上がったシャムエル様のしっぽをそっと押さえて両手で包む。
試食に夢中のシャムエル様は、俺に尻尾を掴まれている事に気付いていない。よしよし。
って事で、シャムエル様が試食を済ませるまで、俺は計画通りに尻尾を堪能出来そうで、密かにほくそ笑んでいたのだった。
気がつけば、外はそろそろ日が暮れて暗くなり始めている時間だ。
全く帰ってくる様子のないハスフェル達を気にしつつ、俺は久し振りのシャムエル様のもふもふ尻尾を心ゆくまで堪能したのだった。