ギルドでの一幕
「おはようございます!」
俺達が揃って冒険者ギルドへ顔を出すと、カウンターにいたスタッフさん達が、揃って笑顔で挨拶してくれる。
「おはようございます。ギルドマスターは?」
「はい、お呼びして……」
ハスフェルの言葉にスタッフさんが答えて立ち上がるのと同時に、奥の扉が賑やかな音を立てて開いた。
「だから無茶言うなって。それだけの数を配置しようとしたら、一体どれだけのジェムがいると思ってるんだ」
「緊急事態にそんな事言ってる場合ですか!」
「言っただろうが! 緊急事態と言っても、今はあくまでも最悪の事態を避けるための準備と警戒の段階なんだよ。無闇に迎撃体制を派手に整えようとするんじゃねえ!」
「派手って、それが最強だからそう提案してるのに!」
「だから、万一の際にはそれも考えの内だが、今からそんな無茶な事してどうするんだ。予算が幾らいると思ってるんだ」
ギルド中に響き渡るようなギルドマスターのガンスさんの声と、それに負けないくらいの大声で怒鳴り返しているのは、あのヴォルカン工房の発明王のフクシアさんだ。
だけど興奮して大声を出しているのは彼女の方だけで、ギルドマスターは声こそ大きいものの冷静で、どちらかと言うと呆れ顔だ。
「予算なんて言ってる場合ですか!」
「おいおい、朝から何事だ?」
態とらしくのんびりとした声でハスフェルがそう尋ねる。
今の声、フクシアさんが叫んだ声と完全に重なっていて決して大きいわけじゃあ無かったのに、何故かはっきりと聞こえたよ。
当然、その声は彼女の耳にも聞こえていたらしく、慌てたように口をつぐんで俺達が見ているのに気付いたらしく、無言で慌てていた。
「ああ、朝から騒がしくてすまんな。ほら、フクシア。お前さんは朝から例の試作機の試し切りに立ち会うんだろうが。まだ行かなくても大丈夫なのか?」
明らかに、ハスフェルが乱入して来てくれた事に安堵した様子のガンスさんが、わざとらしくそう言って話題を逸らす。
「ああ、もうそんなに時間が経ってますか? 大変! じゃあ失礼します!」
話をそらされたのが分かってるのかどうか、唐突にそう叫んだフクシアさんは、ギルドの受付奥の壁にかけられた巨大な振り子時計を振り返って慌てている。
ここへ来た時から、実は密かに気になっていた壁にかけられたその振り子時計は、いわゆる鳩時計みたいで、本体部分は木彫りで森の木々が表現されている。木の枝には小鳥達が留まっていて囀る声が聞こえて来そうだ。本体上部に小さな小窓があるから、きっとあそこから鳩が出て来てポッポーってするんだと思ってる。
文字盤は見慣れた十二に分割されていて、文字盤いっぱいに細かく刻まれた蔓草と小花の模様がとても綺麗だ。
ううん、俺のいた世界では鳩だったけど、ここでは街の中ではあの鳩は見た事が無い。まじで、時間になったらあそこから何が出てくるんだろう?
鳩時計って子供の頃の憧れだったから、実は今でもからくり時計とか鳩時計って好きなんだよな。
動いてるところを見て良さそうだったら、売っている店を教えてもらってハンプールの別荘に飾っても良いかも。
ああ、これならハンプールのクーヘンとマーサさん、それからバッカスさんの店にも飾ってもらえるな。よし、土産が一つ決まったぞ。
俺が密かに壁の振り子時計を見ながら現実逃避していると、大きなため息を吐いたフクシアさんが勢いよくギルドマスターを振り返った。
「でもギルドマスター! さっきの私の提案は決して冗談でも調子に乗ってるんでもありません、ジェムさえあれば、ジェムさえあれば私のあの発明品は巨大な岩食いの集合体であろうとも決して引けを取りませんから!」
「それはわかっとるわい。言っただろうが。万一の際にはそれも考えのうちだ。だが今すぐにそれを城壁全部に配置するのはやりすぎだって言ってるんだよ」
苦笑いしながらガンスさんがそう言い、もう一度ため息を吐いたフクシアさんはそのまま出ていくのかと思ったら、何故か俺の目の前で立ち止まった。
「おはようございます! お騒がせして申し訳ありませんでした。ではまた!」
ちらっとマックス達を見て、ぎゅって感じに目を閉じた彼女は、そのまま軽く俺達に向かって一礼して、くるりと向きを変えて勢いよく走り去って行った。
まあ、出て行く時に若干蛇行してマックスとシリウスの横をギリギリですり抜けて行ったのは、きっと偶然なんだろうさ。
「ああ、すまんかったな。まあちょっとした意見の相違だ。気にせんでくれ」
走り去る彼女を呆然と見送る俺達を見て、ガンスさんが苦笑いして首を振る。
ハスフェルとギイは顔を見合わせて肩を竦め、こちらも苦笑いして首を振った。
「まあ、立場を超えて自分の意見をはっきりと述べられる環境があるのは良い事だ。討論大いに結構。しっかり話し合ってくれ」
ギイが上手くまとめてくれたので、何となくこの話はここまでになった。
「ああ、支払いの件だな。ようやく計算が終わって、今まさに振り込み手続きの真っ最中だよ。後で支払い明細を届けようと思っていたんだが、今日はどうするんだ?」
「俺達は出掛けるよ。近場で運動と気晴らしを兼ねてジェムモンスター狩りに行ってくる。それならケンは宿泊所に残ってるから、支払い終了の連絡は彼に頼むよ」
あ、また俺に丸投げしてるし。
とはいえ、今回は全員素材を出してるから、支払いもそれぞれに振り込まれている。
「お前らの分の明細も、俺がまとめて受け取って良いのか?」
「おう、悪いがよろしく頼むよ。それじゃあ俺達は出かけてくるから料理はよろしく頼むよ!」
ハスフェルが笑ってそう言い、それぞれの従魔達を連れて三人は出かけていってしまった。
「ああ、待った待った! 弁当くらい渡すからちょっと待って!」
何となくそのまま見送りかけた俺だったけど、慌ててそう叫んで三人を追いかけたのだった。