岩食いへの対応とフクシアさん
「この真っ黒な砂。これって、苔食いじゃあなくて……岩食いです、よ、ね……」
絞り出すみたいなフクシアさんの言葉に、俺達だけでなくギルドマスター二人が揃ってもう一度頷く。
「そんな、どうするんですか! ようやく、ようやく前回の荒地に植樹を終えて木が育ち始めたところなのに!」
持っていた芝刈り機もどきを床に置いた彼女は、真っ青になりつつも拳を握ってそう叫んだ。
「今さっき、ヴァイトンが軍本部へ城壁の見張りの件で報告に行ったところだ。これに関しては、冒険者ギルドからも人員を募って警戒に当たらせるから大丈夫だよ。お前さん達は心配しなくていい」
冒険者ギルドのギルドマスターであるガンスさんが真顔でそう断言する。
「岩食いが増殖しているのは間違いないんですか?」
それでも食い下がるフクシアさんの質問に俺達は顔を見合わせる。
こうしている今も、ベリー達は飛び地周辺からここバイゼン周辺を中心にして、警戒に当たってくれている。
いまのところまた発見したって連絡は無いから大丈夫なのかもしれないけれども、少なくともハスフェル達もベリー達も、まだ大丈夫だと安心するのは早いと判断しているみたいだ。
「一応、飛び地とその周辺で見つけた岩食いは俺達が残らず駆逐した。だが、飛び地内部だけじゃなく飛び地周辺もこれが残されていたんだ。だから増殖がどこまで進んでいたのかは俺達にも分からないんだ」
真顔のハスフェルの言葉に逆にフクシアさんが驚いて目を見張る。
「待ってください。一体、一体どうやって岩食いを駆逐したんですか!」
「俺はちょっと特殊な術を使える。だが破壊力が大きいので、普段は封印しているんですよ。それを使いました」
そう言って、腰の剣を軽く叩いて見せる。
「特殊な術……」
目を輝かせて何か言いかけたフクシアさんを見て、ガンスさんとエーベルバッハさんが慌ててそんな彼女を止めに入った。
「待て待て! ハスフェルは樹海出身で、見かけは人間と同じだが全くの別種族だ。もう一人のギイも同じだよ。だから扱える術も桁違いのものを持ってるんだ。これ以上は質問は禁止だ!」
「樹海出身の、別種族……」
さっき以上にめっちゃ目を輝かせたフクシアさんを見て、俺は堪えきれずに吹き出したよ。
そりゃあ好奇心の塊みたいな彼女が、そんな事聞いて黙ってる訳ないじゃん。
「申し訳ないが、これに関しては質問は受け付けていないので黙らせてもらうよ。まあ機会があれば、その術を振るっているところを見るくらいは構わんけどな」
肩を竦めたハスフェルは誤魔化すようにそう言うと、さっき彼女が足元に置いた例の芝刈り機もどきを指差した。
「で、それが例の飛び地へ入る為にイバラを切り開く試作品ってわけか。どうやらそっちの対策は上手くいっているみたいだな」
すると、途端に彼女は嬉しそうな笑顔になって足元の芝刈り機もどきを持ち上げた。
「ええ、かなり苦労しましたがなんとか形になりました。そのイバラの強度次第ではもう少しノコギリの回転数を上げる仕組みも必要なんですけれどね。まあ、これは実際に一度行ってみてからの話です」
得意気なその様子に、俺達は感心して聞いていたよ。
「じゃあまずは一つ心配事が減ったな。そっちは専門家である彼女に任せるとして、俺達はどうするんだ?」
「ギルドの宿泊所の部屋は借りたままにしてあるからな。悪いが今日のところは休ませてもらうよ、何かあったらいつでも叩き起こしてくれていいぞ」
俺の言葉にハスフェルが苦笑いして首を振る。
まあ、確かに疲れてるから休息は必要だろうさ。
「了解だ。せっかくの飛び地での狩りを中断してまで戻ってきて、急いで知らせてくれた事には心から感謝するよ。今度こそ、何があろうとも絶対に守ってみせる。こっちも万一に備えて準備を始めておくとしよう」
ガンスさんの言葉にエーベルバッハさんも頷き、一礼した二人はあっという間に部屋から駆け出していってしまった。
「では、私はこれの設計図の確認があるので戻りますね」
笑ってそう言い、部屋の隅に集まって寛いでいる従魔達を見た。
「あの、ちょっとだけ、その……マックスちゃんに触らせてもらってもよろしいでしょうか」
キラッキラの目をしてそんな事を言われたら断れないじゃないか。
「ええ、良いですよ。でも目の周りを触ったり、毛をひっぱったりするみたいな無茶はしないでくださいね」
笑ってそう答えて、マックスのそばへ駆け寄る。
「マックス、彼女がお前を触ってみたいんだって。ちょっとくらい良いよな?」
「ああ、あの時の彼女ですね。良いですよ。しかも今日は理性があるみたいだから安心です」
笑ってちょっと口を開いたマックスが、起き上がって良い子座りしてくれる。
「良いってさ。ほらどうぞ」
念の為、首輪を掴んでそう言ってやると、芝刈り機もどきを足元に置いた彼女がものすごい速さでこっちへ駆け寄ってきた。
「ありがとうございます! うわあ、本物のハウンド〜〜〜! すっごい! すっごい!」
興奮しながらそう叫んでその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた彼女は、手を伸ばしてマックスの頬から首の辺りを何度何度も撫でた。
「ああ、なんて美しいんだろう。これは創造神が創りし最高傑作だわ〜〜〜!」
過分な褒め言葉に、マックスがちょっとドヤ顔になってる。
尻尾もさっきから高速回転扇風機状態だし、さりげなくシリウスがすぐ隣に来て良い子座りしたのに気づいた俺は、もう我慢出来ずに横を向いて勢いよく吹き出したのだった。
まあ、こんな風にちゃんと許可を取って触ってくれる分には、俺も従魔達も全然構わないよな。
マックスの首に抱きつく彼女を見ながら、この何でもない普通の光景に内心安堵する俺だったよ。