冒険者ギルドの本部にて
「おいおい、すごい帰還の仕方だなあ早駆け祭りの英雄殿!」
俺達が城壁ギリギリまでお空部隊に乗ったまま近付き、人がいない街道に一気に降り立つと城門のところからそれを眺めていた門番の兵士達が呆れたみたいにそう言って笑っていた。
「悪い、ちょっと急ぎなんだよ。通るぞ」
軽口を返す間もなくそう言って、城門の兵士にギルドカードを見せたハスフェルが背後を振り返る。
「頼む」
何も言わないのに、ギイとオンハルトの爺さんが揃って頷き、二人は街へは入らずに街道の両端の城門から少し離れた辺りに、バイゼンを背後に庇って立ちはだかるみたいにして止まった。
「行こう」
短いハスフェルの言葉に、ギルドカードを返してもらった俺も言葉も無く頷く。
きっと彼らは、ここで万一に備えて見張りをしてくれているのだろう。
大鷲達とお空部隊がそれを見て全員巨大化したまま上空に飛び上がっていった。そのまま街の上空で相当な高度を保って旋回始める。
「おいおい、一体何事だ?」
兵士の言葉に、ハスフェルは城壁の上を指さした。
「今、上の見張りは?」
「ああ? いつも通りだよ。一体どうしたってんだよ?」
「なら良い。しっかり見張りを頼む」
それだけ言って、シリウスに飛び乗って早足で街の中へ駆け出して行った。
「おいおいいくら急いでるからって、街の中で走らせるなって」
マックスに飛び乗った俺も、大声でそう叫びながら彼の後を追った。
呆気に取られる兵士達を置いて、俺達は冒険者ギルドへ向かって大急ぎで駆けて行ったのだった。
「おや、こんな時間に帰ってくるとは何事だ?」
ちょうど、カウンターから出てきたところだったギルドマスターのガンスさんが、早足で入ってきた俺とハスフェルに気づいて声をかけてくれた。
「ああガンス。それにヴァイトンにエーベルバッハもいるのか。ちょうどよかった。悪いが急ぎの話がある」
いきなりそう言って、ガンスさんの腕を掴んだハスフェルは彼の耳元に口を寄せた。
「緊急事態だ。内密の話が出来る部屋を貸してくれ」
一瞬真顔で無言になったガンスさんは、黙って頷いた。
「突き当たりの、扉に麦の穂の紋章が飾ってある部屋で待っていてくれ。すぐに行く」
「了解だ」
すれ違いざまに交わされた会話の後、二人は何事もなかったかのように離れて、ハスフェルはそのまま奥の部屋に向かって歩いて行く。
仕方が無いので、俺も従魔達と一緒にその後を追ったよ。
あちこちから、早駆け祭りの英雄だとか、俺の名前を呼ぶ声も聞こえたけど聞こえないふりをして早足でハスフェルの後に続いた。
「一体何事だ?」
俺達がその部屋に入ってしばらくして、次々に三人が部屋に入ってくる。
会議室だったらしく、細長い机と椅子がいくつも並んだだけのシンプルな部屋だったんだけど、俺達は部屋の隅に従魔達を集めてそこで立ったまま彼らを待っていた。
三人が部屋に入ったのを見て、小さく頷いたハスフェルが何の説明もせずにいきなり掌の上にあの黒い砂を取り出して見せた。
一瞬でそれを見た三人の顔色が変わる。
「おい、これは一体何処で見つけた!」
「何処で見つけたんだ!」
ガンスさんとヴァイトンさんが血相を変えてハスフェルの大きな腕を掴む。
「ちょっと待て、この黒さは……」
唸るみたいな声でそう呟いたエーベルバッハさんの言葉に、振り返ったガンスさんとヴァイトンさんも口元を覆う。
「これは、岩食い、か……」
エーベルバッハさんの言葉に無言で頷くハスフェルを見て、三人が同時に悲鳴を上げる。
「飛び地で見つけた。少なくとも飛び地内部で見つけた岩食いは殲滅したが、どうやら一部が外に出た気配がある。念のため最大級の警戒を頼む」
「了解だ。城壁の見張りを最大まで増やしてもらおう。それから城壁の篝火の追加の手配もだな。ちょっと軍本部へ行ってくる。これは彼らの手も借りないとな」
ヴァイトンさんがそう言って足早に部屋を出ていく。
ガンスさんとエーベルバッハさんは顔を見合わせて揃ってこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いた。
その時、ノックの音と共に誰かが部屋に飛び込んで来た。
「ギルドマスター! 改良版の試作が出来たわよ!」
飛び込んできたのは、あのヴォルカン工房の発明王の異名をとる、フクシアさんだ。
今日はそれなりに身綺麗にしているので、どうやら徹夜明けでは無いみたいだ。
そして小柄な彼女が手にしているのは、俺が発案して提案した回転式の円盤型のノコギリがついた草刈り機みたいな代物だった。
やや大きめの本体部分をベルトで体に固定して使うらしく、地面に伸びたやや太めの主軸の先端に、例の円盤型のノコギリが取り付けられている。
しかもよく見ればその円盤型ノコギリは、大きめの歯と小さめの歯の二枚の円盤が重ねて取り付けられていたのだ。
「おお、もう出来上がったんですか」
思わずそう言って覗き込む。
「あれ? ケンさん。確かしばらく飛び地へ狩りに行かれたんじゃあないんですか?」
ようやく俺に気がついたフクシアさんが、驚いたみたいに俺を振り返る。
「うん、ちょっと緊急事態でね。急遽戻って来たんだ」
「何かあったんですか?」
急に真顔になる彼女にも、ハスフェルがあの黒い砂を見せた。
「ええ……それって……」
さっきのギルドマスター達と同じく真っ青になる彼女を見て、俺達は揃って大きく頷いたのだった。