バイゼンヘ帰ろう!
「じゃあ、行くとするか」
しっかり食事をして少し休憩した俺達は、ここへ来た時のように従魔達には全員小さくなってもらい、スライム達が協力してこれ以上ないくらいにぴったりとくっつきあった。
「それで、これを掲げるんだったよな」
取り出したのは、あのミスリルの塊だ。
「おう、それでいい」
何故か笑顔のハスフェルとギイにそう言われて、不思議に思いつつも来た時のように頭上に高く掲げた。
「んぐぐぐぐ……」
なかなかカチッとあのスイッチが入るみたいな鍵を開く反応が無くて、俺は必死になって無理矢理伸び上がって腕を伸ばした。
しばらく頑張っていると、ようやくあの反応があった。
カチリ。
文字通り、鍵が開く音とともに視界が真っ白になる。そして直後の落下と暗転。
「うわあ!」
「ご主人を〜〜!」
「確保してま〜〜〜す!」
鞍の上に立つみたいにして伸び上がっていた俺は、思わずバランスを崩して倒れそうになって、当然のようにスライム達に支えてもらったのだった。
「あはは、ありがとうな……ええ、ここ何処だよ!」
当然、戻る場所はあの火山の火口みたいな場所だと思っていたんだが、今俺達がいるのは、何だか大きな森のすぐ横にある草地だった。
空は既に日が暮れて真っ暗になっていて、雲一つない空には綺麗な星が瞬いていて、久しぶりに見る夜空に俺は何故だかすごく安心していた。
その時、頭上で羽ばたく音がして上を向くと、いつもの巨大な大鷲達が次々に舞い降りてくるところだった。
「まあ、緊急事態なんでな。ちょっと近道をさせて貰ったんだ。このまま空を行くぞ」
一気にバラけて地面に転がるスライム達を見ながら、俺は目を見開いてハスフェル達を振り返った。
「近道って?」
「まあ、俺達だけの特権だと思って貰えばいい。転移の際に、特別な術を使ってある程度の範囲内の任意の場所に飛べるんだ。で、ここがギリギリ一番バイゼンに近い場所ってわけだ」
にんまりと笑ったハスフェルの説明に、俺は乾いた笑いをこぼすしか出来なかった。
うん、これもきっと俺には理解出来ない術なんだろう。これは要するに神様特権って事だな。で、今回はそれを使うほどの緊急事態と判断したわけだ。
そう判断した俺は、疑問を全部まとめて明後日の方向にぶん投げておいたよ。
「了解、じゃあもうこれ以上聞かないよ。それじゃあ俺達はまたいつものファルコに乗せてもらうか」
「私達もお手伝いしますよ〜〜!」
「従魔達も乗せてあげるからね〜〜」
「お任せくださ〜い!」
ローザ達もそう言って次々に巨大化する。
「おう、そっか、じゃあ皆を乗せてやってくれるか」
地面に降りて、巨大化したお空部隊の子達を順番に撫でてやる。
それから従魔達はちょうど小さくなっていたので、そのまま適当に分かれてお空部隊に乗せてもらった。
俺はマックスと一緒にファルコの上だ。
「それじゃあ大急ぎで頼む。ただしもしも途中で岩食いを見つけたら、すぐに知らせてくれ」
全員が配置についたところでハスフェルがそう言い、その言葉に鳥達が揃って返事するようにそれぞれに甲高い声で鳴いた。そのまま大きく羽ばたいて一気に上昇する。
夜目の利く従魔達が、鳥達の背中から身を乗り出すみたいにして地上を観察してくれている。俺も必死になって身を乗り出して地上を見下ろしていたけれども、幸か不幸か一度も岩食いに遭遇する事なくそのまま順調な飛行を続けた。
一路バイゼンを目指すファルコの背の上から地上を見下ろして必死になって岩食いの影を探しながら、俺はどうしても消せない訳の分からない不安とひたすら戦っていたのだった。
「おお。すっげえ、もうバイゼンが見えてきたじゃんか」
月明かりしか無い真っ暗な世界の中で、煌々と光り輝く塊が見えてくる。
「へえ、空から見るとあんなに光ってるんだ」
点々と小さな光が輝いているのがよく見れば分かるが、全体に見れば地上のそこだけが昼間のように明るくなっている。
「まあ、あそこまで明るいのは王都とバイゼンくらいだな。他の街はある程度の時間になれば開いている店はごく限られた店だけになるから、あそこまで明るいなんて事は無いさ。だがバイゼンでは夜を徹して工房で作業を続けている事が多いから、灯りは必須なんだよ。街灯だけじゃなく常夜灯があちこちにあるからあんなに明るく見えるんだ」
「ああそっか、もしかしたら俺が頼んだ工房の明かりもあるのかもな」
小さくそう呟いて遠くに見える光の塊を見つめた。
確かバッカスさんの店で聞いた話によると、ヘラクレスオオカブトの角を加工して錬成するのならそれだけで丸二日はかかるし、その後にミスリルと加工して剣にする為にも丸一日、最低でも合計三日三晩はひたすら火を絶やさずにぶっ通しで打ち続けるって言ってたもんな。
俺は鍛冶仕事には全くの素人だから、その作業がどれくらい大変なのかの実感は無いけれども、間違いなく相当大変なんだろうって事だけは想像出来た。
「そうだな。絶対に守らないと……」
俺の依頼品だけじゃない。あの街はこの世界最高峰の職人の街で、必死で素材を集めたり資金を集めて、嬉々として自分の装備を依頼しにくる冒険者は相当いるのだろう。
そんな街が壊滅するようなことがあったら、世界的な影響が出るだろう。それは絶対に阻止しなければいけない。
俺は改めて今の事態を思い返し、小さく深呼吸をして震えそうになる自分の腕をそっとさすったのだった。