黒い砂の正体
「ううん、見つからないなあ……ねえオンハルト、そっちはどう?」
マックスの頭の上に座ったまま、突然そう呟いたシャムエル様は、困ったようにそう言ってオンハルトの爺さんを振り返った。
「ふむ、少なくともこの周囲にジェムモンスター以外の気配は感じんな。となると……」
「なあ、結局この黒い砂みたいなのの正体っていったい何なわけ?」
黒い砂をまだ手に乗せたままのハスフェルに、恐る恐るそう尋ねる。
「これは、モンスターが出た跡だよ。この黒い砂は、奴らが増殖した痕だ」
「モンスター?」
それはジェムモンスターとは違うのかと聞きかけて、俺はある事を思い出して目を見開いた。
「ええ、それってもしかして、あのオレンジヒカリゴケの群生地に出た、あの焦茶色の変な奴? もしかして、あれってここから出てきたのか?」
しかし、戸惑うように顔を見合わせたハスフェルとギイは揃って首を振った。
「それならもう倒したから安心なんだがな。残念だけど、それならここには焦茶色の砂があるはずなんだ。それに距離的におかしい。いくら何でもここで発生してオレンジヒカリゴケの群生地へは行けないよ。それに、黒い砂が出てるって事は、これは苔食いじゃなくてもっと凶悪な……恐らく岩食いだ。それにしてもここで出るとは最悪だな。何としても見つけ出して早いうちに駆逐しないと、こいつが万一にも鉱山じゃなくてバイゼンを襲ったら、最悪バイゼンは壊滅するぞ」
「いや、鉱山を襲われても最悪だって。バイゼン近郊の鉱山にはどれだけの人達が働いてると思ってるんだ」
真顔の二人の説明に、俺も言葉を無くす。
ううん、確かにこれは一大事だ。
「だけど、その肝心の岩食い達がどこへ消えたのかが分からないんだよ。それにこの岩食いレベルになると、近距離だけど飛行する事があるんだ。だから苔食いと違って後を追うのが困難なんだよ。だから私にもあとを追えないんだ」
マックスの頭に座っていたシャムエル様の言葉に、俺だけじゃなく全員が揃って振り返る。
「ええ、この世界にシャムエル様の分からない事なんてあるのかよ」
驚く俺に、シャムエル様は悔しそうに小さく頷く。
「このモンスターは、以前も言ったと思うけどこの多重世界そのものの揺らぎの存在なんだ。だから悔しいけど今の未熟な私では、あれの存在をどうする事も出来ない」
確かに、以前オレンジヒカリゴケの騒ぎの時にもそんな事を言ってたのも思い出して頷く。
「となると……どうするんだ?」
「一番良いのは、まだこの飛び地の中を彷徨っててくれて、なんとか発見して徹底的に壊滅させる事だな。ここでならどれだけ被害が出ても現実世界には影響しないし、すぐに回復するから、ある意味遠慮なく戦える」
にんまりと笑ったハスフェルの言葉に、俺は気が遠くなりかけたよ。
「つまり、こっからはジェムモンスター狩りじゃなくて、岩食い探しが始まるわけか?」
無言で頷く三人を見て、俺は遠い目になる。
「ええと、それって俺はどうしたら良い?」
どう考えても、そんな恐ろしいモンスターを相手に俺ごときでは戦力にはならないと思うんだけど、ハスフェル達は揃って首を振った。
「別行動にする方が危険だ。安全地帯で仮に一人で料理をしている時にいきなり岩食いが塊で飛んで来たら、お前にはどうする事も出来まい? 悲鳴を上げる間も無く食われて一巻の終わりだよ。悪いことは言わんから一緒に来い。少なくとも見えるところにいれば守ってやれるからな」
「うう、お願いします」
そう言って頭を抱える俺を見て、三人は苦笑いしている。
「まあ、場合によってはお前にも以前のように氷で障壁のような物を作って岩食いの動きを牽制してもらう可能性もある。だからまあ、全く戦力にならないわけじゃあないから、そこまで落ち込まなくていいぞ」
慰めるようにオンハルトの爺さんにそう言われて、俺は大きなため息を吐いて顔を上げた。
「いや、落ち込んでるわけじゃあないけどさあ。まあきっと、ぎゃあぎゃあ騒ぐしか出来ないだろうけど……食われるのは俺も嫌だから一緒にいかせてもらいます」
ある意味究極の選択だけど仕方あるまい。
「物分かりが良くて何よりだよ」
笑ったハスフェルに背中を叩かれ、大きなため息をもう一度吐いた俺だったよ。
「とにかくここから離れて、先に何か食っちまおう。万一戦闘になった時に、腹が減って動けないなんて事になったら目も当てられないからなあ」
気分を変えるようにそう言うと、小さく笑った三人も揃って何度も頷いていた。
「だがその前に、スライム達にこの場を綺麗にさせよう。このままだと、黒い砂が自然に分解して綺麗になるまでには相当な時間がかかるから、この辺りの吹き出し口が詰まって大変な事になりかねん。飛び地で大発生なんてそれもごめんだぞ。お前らもスライムを降ろしてくれ」
ハスフェルとギイが、それぞれの肩に乗っていたゴールドスライムとクリスタルスライムを地面に下ろす。
それを見た俺とオンハルトの爺さんも、それぞれ自分のスライム達を連れて地面に降り立った。
「だけど、こんなの食ってスライム達には影響は無いんだろうな?」
万一にもスライム達が凶暴化したり、そうじゃなくてもお腹を壊したりしたら大変だ。
心配になってそう言ったんだけど、マックスの頭の上にいたシャムエル様がクルっと一回転してポーズを決めた。
「それは大丈夫だよ。スライム達が消化するのはこの中に含まれているマナだからね。ちなみにこれにも大量のマナが含まれているから、スライム達にとってはちょっとしたご馳走だね」
「あれ、そうなんだ。じゃあ安心だな」
苦笑いしてアクアゴールドを撫でてやると、まるでそれが合図のように一気にバラけて、直径1メートルくらいになって次々に跳ね飛んでクレーターに突進して行った。
「ああ〜先を越された〜〜!」
ハスフェル達の周りにいた子達も、そう言って次々にバラけて真っ黒な砂の山に突進して行った。
「まあ、いくら大食漢のスライム達でも、あれを全部食うのはさすがに時間がかかるだろう。悪いがちょっと待ってくれよな」
「確かにそうみたいだな。だけどさすがにここで食う気にはなれないよな。じゃあこのまま待つとするか」
少し下がって綺麗な草地に座った俺は、もう一度ため息を吐いて嬉々として黒い砂を食べているスライム達を複雑な心境で眺めていたのだった。