彼らの対処法
「どうやったのかわからないけど、いきなりいなくなっちまったよ」
周りを見回しても、すっかり暗くなった夜の草原にハスフェルの姿は無く、張ってあったはずの、ハスフェルのテントも無くなっていた。
置いていかれた俺は、小さなため息を吐いてテントに戻った。
「まあ、どっちも忘れそうになるけど、ああ見えて神様だもんな。俺には分からないけど、神様にも仕事があるんだろうさ。さて片付けたらもう寝るか。なんだか疲れたよ」
自分に言い聞かせるように声に出してそう言うと、サクラに頼んで、散らかった机の上を順番に片付けていった。
「それじゃあ、今夜もよろしくお願いします」
テントの中で転がるニニの腹の横に、俺は防具を脱いで潜り込んだ。反対側にはマックスがくっついて来て俺を間に挟んで支えてくれた。ラパンが俺の背中にくっ付き、タロンが俺の腹にぴったりとくっついて丸くなった。
俺は、いつもの幸せパラダイス空間に埋もれて、気持ち良く眠りの国へ旅立って行った。
あれ?
ここってレスタムじゃん。
どうして草原のテントで寝てるはずなのに、レスタムにいるんだ?
不意に目が覚めた俺は、目の前の景色に首を傾げた。
どうやら俺は、誰かの肩に座って日の暮れたレスタムの街を歩いているみたいだ。
「へえ、これってシャムエル様の視線みたいだな。ってか、誰の肩なんだ? 俺だったら怖いぞ」
思わず呟き隣を見ると、そこにいたのは、腹が立つくらいに綺麗な横顔のハスフェルだったのだ。
次に自分を見たが、どうやらシャムエル様では無く、シャムエル様より一回り大きい小人みたいだ。
小さな足と手、布の服を着ているが、それは大きさ以外は俺達が着ているものと変わらないように見える。小さな手で顔を触ってみると、大きな鼻と耳、目も口も顔の割には大きいみたいだ。
「どうした? シュレム」
横を向いたハスフェルが、優しい声で俺に話しかけてくる。
何と答えようか困っていたら、勝手に口が動いた。
「何でも無い。それで、どこからやるんだ?」
応えた声は、聞いた事のない男の声だった。
「まずはギルドへ行って、あの後どうなったか確認しておかなければな。答えは分かっているが、聞いた事実は残しておかなければならん」
堂々とギルドの建物に入り、そのまま勝手に奥にいるギルドマスターのところまで入って行った。
誰も彼を見ても止めない。さすがは上位冒険者だね。
「ああ、お前さんか。ケンはどうした?」
「ああ、今は別行動中だ。ヘクター達は戻って来たか?」
ハスフェルの質問に、ギルドマスターは堪える間も無く吹き出した。
「大喜びで戻って来たぞ。お前さん達、見事にやらかしてくれたみたいだな」
「殺さなかったぞ」
「ああ、最高の対応だったさ。完璧だ。ヘクターの報告を聞いて、久し振りに腹の底から笑わせてもらったよ。俺もその現場に居たかったもんだ」
ギルドマスターとハスフェルは、顔を見合わせて同時に吹き出した。
「ただし、向こうの主人は激怒していたらしいからな。あいつら、下手したらレスタムから放逐されるぞ」
「放逐されようが、奴らに同情する余地はないな」
「心の底から同感だが、逆恨みには気をつけろよ」
「俺は、別に構わんよ。いっそ向こうが手を出してくれれば、好都合なんだがな」
「まあ、そこまで馬鹿だとは思わんが、何かあったらギルドにはどうして欲しい?」
「必要無い。手出し無用で頼む」
笑ったハスフェルは、ギルドマスターに手を上げてそのまま部屋を出て行った。
どうやら、俺の姿は、皆には見えていないみたいだ。
「ハスフェル! 奴らが出て来たよ」
右肩には、いつの間にかシャムエル様が座っていて警告を発した。
「好都合だ。走るぞ!」
ギルドの建物を出た瞬間に、ハスフェルはいきなり走り始めた。恐らく態となのだろうが、もっと早く走れるのに追いつかれる寸前の速さで奴らの目につく位置で走り、何度も家の隙間を抜け、裏路地を駆け抜けて城壁沿いの小さな広場に出た。
背後から数人の男達が追いかけて来て、広くなったところで、有無を言わさず彼の周りを取り囲んだ。全員抜き身の剣を手にしている。
「何の用だ?」
「これも仕事なんでね。悪く思わないでくれ。あんたの命が欲しいお方がいるんだよ」
「断る。誰かにやる程この命は安く無いのでな」
そこまで黙って見ていた俺の視線の主である小人は、いきなり飛び跳ねて、ハスフェルを取り囲んでいる背中側の男の肩に飛び降りた。そのまま手首まで駆け下りる。そしていきなり、右腕の付け根を思い切り蹴っ飛ばしたのだ。
そのまま勢いを付けて隣の男の手首めがけて大ジャンプをして見事に着地した。
「痛ってえ!」
当然手首を蹴られた男が、情けない悲鳴をあげる。小人はそのまま反対側の男の手首に飛び移り、こちらも思い切り蹴っ飛ばした。
これで、ハスフェルの背中側に武器を構えた奴はいなくなった。
真ん中では、仁王立ちになったハスフェルが腕を組んで襲いかかろうとした男達を黙って見つめていた。
その周りでは、まるでマネキンのように、剣を振りかぶった状態であるにも関わらず、誰も剣を振り下ろせない。いや、金縛りのような状態で完全に固まっているのだ。
「相手の力量も測れぬ愚か者共が!」
轟くようなハスフェルの一喝に、男達はなぎ倒された。
「ひええ!」
「化け物だ!」
「冗談じゃない、こんな化け物、あんな値段で相手に出来るかよ!」
その男の言葉に、ハスフェルがいきなり腕を伸ばしてそいつの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「ちなみにちょっとお聞きするが、お前ら、幾らで雇われたんだ?」
妙に優しい声だが、どんな顔なのかは蒼白になった男の顔で想像がついた。
うわあ、これは怖いわ。俺なら有る事無い事全部まとめて、残らず吐いちゃうな。
妙な感心をしていると、男は必死になって首を振った。
「お前さんを殺ったら、金貨百枚。それから、もう一人いた黒髪のが金貨十枚だって言われた。前金で金貨十一枚貰っただけだよ」
「一割か。まあ持って逃げてもそれくらいなら良いんじゃないか?」
にっこり笑ったハスフェルは、掴んでいた男を、地面に倒れて気絶している男達の上に放り出した。
ぶつかった男達は。どこから出たんだ、と、聞きたくなるような奇声をあげて、剣を放り出して走って逃げて行った。
「あぶねえな。こんな所に武器なんか放って行くんじゃねえよ。誰か怪我でもしたらどうするつもりだ」
そう言うと平然と落ちていた剣を拾ってまとめる。次の瞬間に剣は手から消えてしまった。収納したみたいだ。
「ご苦労様。じゃあ、あとは私の番だね。シュレム、手伝って」
「了解であります。シャムエル様!」
唐突に視界が途切れた。
次に見えたのは、どうやら神殿のような場所だった。
薄暗くて高い天井はドーム状になっていて、見事なまでに金ピカだった。
真ん中にあるのは巨大な竜の像のようで、沢山の花と蝋燭が飾られ、お菓子や果物、パンなどが、それぞれ綺麗なお皿に盛られて幾つも並べられていた。
像の前では、これまた金ピカな衣装を着た小太りなおっさん達が跪いている。いわゆる土下座状態に近い。
俯いたままゴニョゴニョと何か呟いているが、声が小さすぎて詳しく聞き取れない。
すると視界は勝手に動き、竜の像の前に行き振り向いた。明らかに、視線が高い。これってさっきの竜の像の頭の上だろう。
『この愚か者共が。欲にまみれて己の果たすべき責務を放棄したな。其方らが、奴らと共に画策せし悪事の数々、既に我の知るところなり。怠惰と強欲の報いを受けると思い知るがよい』
妙に重々しい、まるで神様みたいな声が響いた。
「ど、どうかお許しを! すぐに、すぐに対応致します。もう二度とこのような事は致しません。どうか、どうかお許しを!」
一番前に土下座している、金ピカのハゲ頭のおっさんが、その頭にまで汗をかきつつ必死になって頭を下げていた。
『では三日の猶予を与える。その間に己の過ちを正せ』
「た、確かに賜りました! ありがとうございます。ありがとうございます」
おっさん達は、揃ってもう一度深々と頭を下げると、慌てたように立ち上がって竜の像の前からいなくなった。
「こんなもので如何でしたか?」
俺の口から、勝手に言葉が出る。
「ああ、見事だったよ、シュレム。君には助演男優賞を与えよう!」
隣で踏ん反り返ったシャムエル様の言葉に俺は思わず吹き出したが、さっきと違って、体は俺の動きに合わせて動いてはくれなかった。
「ありがたき幸せ!」
芝居染みた様子で小人が深々とお辞儀をした。
「じゃあ、まずはこんな所かな。三日後にまた見に来よう」
「そうだな、それじゃあケンの所へ戻ろう」
笑って話す彼らを見た小人は、竜の頭から飛び降りると平然と歩いてさっきのおっさん達の出て行った扉を開いた。
ここは、やっぱり神殿みたいで、廊下には何人もの人達が忙しそうに歩き回っていた。
「ユースティル商会に今すぐ連絡しろ、注文は全て断れ、それから、奴隷は全て解放しろ! 反論は聞かん! これは神託である!」
辿り着いた部屋では、真っ青な顔のおっさん達が文字通り泡を吹きながら大騒ぎしていた。
そんなおっさんの一人の肩に飛び乗った小人は、さっきと同じ、神様みたいな重々しい声でそっと耳打ちした。
『言っておくが最後まで責任を持って逃がせよ。荒野の真ん中で丸腰の奴隷を放逐などしてみろ。どうなるか分かっておろうな』
突然聞こえたその声に、一瞬でおっさんは硬直した。
「ひいい! もちろんでございます! 故郷へ帰る者には、金を持たせて護衛の為の人も付けます!」
『護衛は冒険者ギルドのギルドマスターに頼むが良い』
「畏まりました!」
真っ青な顔のまま、直立したおっさんは必死になってそう叫んでいた。
「どう言う仕組みか分からないけど、彼らの活躍が見えたみたいだな」
真っ暗な中、不意に目を覚ました俺は、目の前に広がるもふもふの海に顔を埋めて小さく吹き出した。
「凄いや。あんな風に裏から対処するんだ。さすがは神様だな。しかもあのおっさん達って、以前俺の紋章を作った時にシャムエル様が言ってた、金にうるさい聖職者達ってやつだよな。ついでにまとめて対処した訳かよ。凄すぎる」
「どうしたの?」
俺の声に目を開けたニニが、顔を上げて俺の方を向いた。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと面白い夢を見たもんでな。まだ夜明けまで時間がありそうだ。もう少し寝られるな」
笑ってそう言って、ふかふかの腹毛の海に顔を埋めた。
「うん、おやすみ」
腕の上に顔を乗せるニニを見て、俺も深呼吸をして目を閉じた。
明日、あいつらに会ったら、詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか。
それから、あのシュレムって小人についてもな。
小さく笑って、目を閉じた俺は、今度こそ安心して眠りの国に旅立って行ったのだった。