昼ごはんと思わぬ危険
疾走するマックスの背の上で、俺は風景がまた変わってきた事に気付いた。
大きな木々や雑木林が増えて、森とまではいかないけど、だんだんと視界が悪くなって来たのだ。
太陽はそろそろ頂点に昇る頃だ。
「ちょっと抜けるね」
ニニがそう言い、スライム達がポーンとマックスの背中に飛んできた。それを確認したニニが、俺達から離れて行く。
「もしかして、飯か?」
見送りながら俺が呟くと、マックスが笑った。
「彼女が帰ってきたら、私も交代して行かせてもらいます。この辺りは、命の気配に満ちていますから、すぐにお腹いっぱいになりますよ」
俺は、ちょっと考えてマックスに質問した。
「ちなみに、お前らの食事になる獲物って何なんだ? ジェムモンスターは、倒したらジェムになっちゃうんだろ? それに確か、魔獣の数は少ないって言ってたよな?」
「我らの主な獲物は普通の生き物、つまりネズミやウサギ、小鳥などの小動物ですね。ご主人のおかげで、大地の地脈が整ったから、生き物達のマナも増えています。だから、狩りも早いですよ」
「マナ? 何か何処かで聞いた事ある言葉だな」
気になって呟くと、肩に座ったシャムエル様が教えてくれた。
「マナってのは、生き物や植物など、この世界の全ての生命が持つ、地脈と連動している命の力の源の事だよ。君の中にももちろんあるよ。マナ自体は目に見えるものじゃ無いけど、この世界には確かに存在している。生命活動が激しいものほどマナの保有量は多い。つまり、命の短い小動物の方が、体の大きさに対してのマナの保有率は高いんだよ。ジェムモンスターは、誕生する時に地脈の影響で出来たジェムを己の核として生まれるんだけど、その後は、マナを糧にして己の核であるジェムを守り育てるんだ。ニニやマックスは魔獣なんだけど、魔獣はある決まった場所で生まれた普通の動物が、地脈の影響を受けて魔獣化するんだ。だから、当然、連動しているマナを吸収すると、直接触れられない地脈から力を得られる訳……分かる?」
「つまり、俺が食いもんを食べるのとは全く違う食事方法で、ニニやマックス達は生きてるってわけか?」
「もちろん、狩りには生き物自体の肉を食べて肉体を維持するって意味もあるよ。だけど、マナが無いと、ジェムや命の源がどんどん小さくなって、肉体があっても最終的には命が尽きてしまうんだよ」
それを聞いて、俺は慌ててマックスを見た。
「マックスはまだ大丈夫か? もし腹が減ってるなら、何処かで待ってるから行ってきても良いぞ。ファルコもな」
しかし、マックスは少し顔を上げて、心配顔の俺を見て笑った。
「我らは、少々食べなくても大丈夫ですから御心配無く。一度お腹いっぱい食べたら、水さえあれば、数日程度は食べなくても平気ですよ」
「へえ、そうなんだ?」
驚く俺に、マックスはまた笑った。
「だって、狩りが毎回成功するとは限らないでしょう? だから、我らの身体は、元々、少しくらいの間なら食べなくても大丈夫なように出来ているんです」
成る程、それなら良いけど……。
スライム達は、我関せずで俺の後ろに並んで乗っかっている。こいつらは、その辺の草でも食べるって言ってたもんな。
まあそういう事なら、食事に関しては、俺は本当に関与しなくて良いみたいだな。
ほっとしたけど少し残念な気もして、俺は小さく笑ってしまった。
今迄なら、ニニとマックスの食事から排泄まで、全部俺の肩にかかっていた。
万一俺が家に帰れなくなれば、こいつらは閉じ込められた室内で、飢えて死ぬしかなかったんだ。
だから、生き物を飼うって事は、まさに命そのものを、全部ひっくるめて預かるって意味だったんだよ。
だけどここでは、自力で全部確保出来るらしい。それどころか、逆に俺の方が世話になりっぱなしだ。
こんな広い場所、一人で放って置かれたら、確実に遭難する自信があるぞ。
「じゃあ、ここでは俺の方が一方的に世話になっちまうけど、改めてよろしくな」
やや硬いムクムクの毛を撫でると、マックスは嬉しそうに吠えた。
「なんだ、お前普通に吠える事も出来るのかよ」
思わず、そう言って笑ったら、それを聞いたシャムエル様が、またなんか言いだしたよ。
「あ、それからもう一つ大事な事を教えておくね! テイムした魔獣やモンスターの事を従魔って呼ぶんだけど、その従魔と話せるのは、テイムした君だけだからね。同じ主人を持つ従魔同士も話は出来るよ。だけど、それは他の人には聞こえないから気を付けてね」
その言葉の意味を少し考える。
「つまり、例えば今の俺を他の人が見たら……従魔に一方的に話しかけてる、変な奴って事か?」
「……まあ、そうなるね」
苦笑いしながらそう言われてしまい、ちょっと笑ってしまった。
「了解、人のいる場所では気を付けるよ」
ちょっと遠い目になったけど、俺は悪く無いよな?
しばらくするとニニが戻ってきたので、マックスの背から降りて、俺も昼飯にする事にした。
雑木林から少し離れた、見晴らしの良い丘にある一本だけ生えた木の根元で止まってもらった。
走り去るマックスを見送り、サクラに頼んで色々と取り出してもらう。
さて、もう一度適当煮込みスープに挑戦だ。
干し肉の塊を取り出して、鍋に適当に削って入れる。乾燥野菜は前回の倍、それから小さな豆を取り出してみる。
別の一番小さな鍋に少しだけ豆を入れて、水をたっぷり入れて置いておく。
ふやかすとどうなるか、見てみるためだ。
野菜と干し肉の入った鍋は、火をつけたコンロにかけておく。
待つ事しばし。
鍋が程よく煮えてきたぞ。見てみると、今回は野菜の量もバッチリだったみたいだな。よしよし。
クラッカーを数枚取り出して、スープに割り込んで美味しく頂いたよ。
うん、今回のスープは完璧だったね。
「なあ、さっきの話だけど、じゃあこのスープの中にも、そのマナってのは入ってるわけか?」
俺の質問に、肩に座ったシャムエル様が答えてくれる。
「そうだよ。まあ、君達人間はマナの保有率は低いからね。普通に食事していれば、充分なマナを吸収出来るから、特に気にする必要はないよ」
「了解。じゃあ別に、特に気にして無理に何か食べなきゃいけないって訳じゃ無いんだな」
頷くシャムエル様を見て俺も安心し、適当煮込みスープを食べた。うん、なかなか上手く出来たぞ。
満足した俺は、パーコレーターで食後のコーヒーを沸かしながら、水に浸してあった豆を見てみる。
よしよし、かなり柔らかくなってる。これならもう茹でても大丈夫そうだな。
一番小さな鍋は蓋がきっちりと閉まるようになっていて、水気のあるものでも少しぐらいなら運べるようになっているのだ。このまま蓋をしてサクラに渡しておいて、次にスープを作る時に一緒に煮てみる事にした。
コーヒーと一緒にチョコを食べようと思い、チョコの入った箱を開けた。
「あれ? 昨日、二個食べたはずなのに……?」
四角い箱に、ぎっしりと並んで入っていたチョコは昨日二粒食べた筈なのに、何故か空きが一つ分しか無かった。
んん? どういう事だ?
一粒摘んで食べ、不思議に思ってチョコの箱を見つめていると、肩に座ったシャムエル様からまたしても爆弾発言頂きました!
「あ。それ、一日一粒だけ増えるからね。いるだけで貰えるのを、君の世界ではログインボーナスって言うんでしょう?」
……どこから仕入れた情報だよ、それ。
しばらくチョコのぎっしり入った箱を見つめていたが、俺は小さく笑ってそっと蓋を閉めた。
うん、我慢して大事に食べたら永遠に無くならない訳だね、分かった。
俺、実はチョコが大好物なんだよ。
ありがとう、ログインボーナス。無くならないように大事に食べるよ。
汚れた食器や鍋をサクラに頼んで綺麗にしてもらい、後片付けをする。
「なあ、この水の入った鍋をこのままサクラに預けてて、中でこぼれたりしないか?」
一応確認すると、予想通りの答えが返ってきた。
「現状維持されるから、水が入ってても問題無いよ。ただし、時間は止まるから、その豆はそれ以上は柔らかくはならないよ」
「ああ、それは良いんだ。じゃあ、これはこのまま渡すな。豆の入った鍋だ」
最後に、蓋をした鍋を渡すと、返事をしたサクラが綺麗に飲み込んでくれた。
片付けも終わって、食後の休憩しようと思ってその場に座ろうとした時、突然飛び起きたニニがものすごい勢いで俺を片手で突き飛ばした。完全な横打ち猫パンチだ。
俺はまたしても吹っ飛んだが、幸い並んでいたアクアとサクラの上に上手く倒れた為、大事には至らなかった。
だってここ、草が生えてるっていったって芝生程度のもので、土がむき出しの部分もあるんだぞ。
うっかり顔面ダイブしてたら、今頃流血の大惨事だよ。……ってか、うん、こいつらの乗り心地もなかなかだな。
突然のニニの攻撃に、びっくりして跳ね回る心臓を落ち着かせる為に、俺はスライムに抱きついてゆっくり深呼吸をした。
「おいおい、何するんだよニニ」
ようやく落ち着いたので、抱きついてたスライム達から立ち上がって振り返った俺は……文句を言おうとして絶句した。
ニニが1メートル以上は確実にある、デカい蛇を咥えていたのだ。そいつはぐったりしててもう死んでるみたいだったが、あの頭……小さくて三角だな。うん……あれ、多分毒蛇だよ。
もしかして、さっきの俺、ニニが吹っ飛ばしてくれなかったら、うっかり毒蛇の上に座る所だったのかよ。
うわあ、茂みで休憩する時は気を付けよう。まさか毒蛇がいるとは思ってなかったよ。
ニニがその蛇を思い切り噛んだ瞬間、その蛇は小さなジェムになって消えてしまった。
おお、毒蛇はジェムモンスターだったのか。
小さな青っぽい石を拾って石より真っ青になる俺を見て、シャムエル様が何やら考えている。
「そっか、人間は毒に弱かったね。じゃあ、守りが必要だな……」
「あの……シャムエル様?」
何やらブツブツ呟いていたシャムエル様が、顔を上げてまたいきなり、無茶振りをしてくれた。
「じゃあ、あの蛇、そこら中にいるからまずは一匹テイムしてくれる?」
「無理無理無理! 絶対無理ですー!俺、蛇は見るのは平気だけど触るのは無理!」
顔の前でばつ印を作って叫んだが、当然シャムエル様は聞いちゃいない。
「ほら、必要なんだから早く!」
肩に座ったシャムエル様にペシペシと頬を叩かれて、俺は顔を覆ってため息を吐いた。
「うう……了解、なんとか頑張ります」
マジで泣きそうだけど、やれと言われた以上何とかしてテイムするしか無い。
大きく深呼吸して、まずはテイムする蛇を探す為に近くの茂みへ向かった。