嫌がらせと出発
「待たせたな。ほら、確認してくれ」
昼の時間を過ぎた頃に、ようやく革のベルトの束を抱えたフォルトが作業部屋から出て来た。
午前中いっぱい俺とハスフェルが店に座っていたので、なんだか俺達が店番をしていたみたいな感じだった。まあ、誰も来なかったけどな。
俺達は、それぞれに手渡された新しいハーネスみたいに立体的に組み立てられたベルトを確認する。
「一応、装着してみてくれるか。万一何処か不具合があればすぐに直すからな」
「ああ、そうだな。じゃあ、ちょっとやってみるよ」
マックスが立ち上がったので、俺は手早く今装着している鞍とベルトを外して、降ろした鞍のベルトを外して新しいベルトを取り付けていった。
「ほら、ここに足を入れてくれるか」
マックスの前足を叩いて、順に装着させてやる。
素直に足を入れるマックスとシリウスを、フォルトは黙って見つめていた。
「何なら、このまましばらく新しい方を使ってくれ。一応、今使っている方も、問題無いか確認しておくよ」
外して足元に置いてあったベルトを手に取り、真剣にあちこち引っ張ったり押さえたりしている。
ハスフェルのベルトも確認して、満足そうに頷いた。
「問題無いみたいだな。新しい方はどうだ」
振り返ったフォルトに、俺達は揃って握った拳を上げた。
「完璧だよ。何処にも緩みもつっぱりも無い」
「こっちも完璧だ。ありがとう。あといくら払えば良い?」
「金貨3枚ずつだよ」
「だから安すぎるって」
「高いと文句を言われたことは何度もあるが、安いと文句を言われると、何だか不思議な気分になるな」
俺達は、顔を合わせて笑い合った。
「言われた金額をそのまま払おうとしたら、なんで値切らないんだって、文句を言われた事ならあるぞ」
胸を張る俺の言葉に、もう一度三人揃って吹き出して大爆笑になった。
俺達は、せっかくだから食っていけと言われて、フォルトに昼飯までご馳走になってしまった。
フォルトの生まれ故郷の郷土料理なのだと言う、ソーセージと芋を煮込んだポトフっぽいものを頂いたのだ。
スパイスの効いたソーセージはすごく美味かった。
「それじゃあ本当に世話になったな」
「昼飯までご馳走になって、本当に有難うな」
「道中気をつけてな。絆の共にあらん事を」
「ああ、また会おう。絆の共にあらん事を」
しっかりと手を握り合って、俺達はマックスとシリウスの背に乗り革工房を後にした。
警戒しつつ城門まで無事に辿り着いたと安堵したのも一瞬で、城門の横には、あの男と後もう二人、合計三人の男が並んでこっちを見ていたのだ。
しかも後ろにいる二人は、明らかに身体が大きく腰には剣を装備している。
「うわあ、どうする?」
小さな声でそう聞いた時、あの男の声が聞こえた。
「予定変更です。あの猫の方を先に捕まえてください。リンクスは注文が入っているんです!」
その瞬間、大きな男の一人がいきなり先を輪にした縄をニニに向かって放り投げたのだ。しかも速い。
「フギャー!」
聞いた事がないような大きなニニの叫ぶ声が響き、縄はニニの首に思いっきり巻きついたのだ。しかし、引かれるよりも早く、ハスフェルが抜いた剣が、一瞬でその縄を断ち切った。
「ニニ!」
俺はニニを背後に庇って、咄嗟に腰の剣に手を掛けた。
甘っちょろい事考えてた俺が馬鹿だった。
あいつは、最初っから俺達と交渉するつもりなんて無かったんだ。
しかも、既にリンクスの注文が入ってるだと? ニニを勝手に売り払われてたまるか!こいつら絶対に許さんからな!
「落ち着け。街中で人を相手に剣を抜くな」
柄にも無く一瞬で頭に血が上ったが、冷静なハスフェルの言葉に、我に返った。
「どうするんだよ……」
「こうするんだ。ついて来い」
ハスフェルは、胸を張ったまま彼らの前を堂々とシリウスに歩かせて通り過ぎて行った。
「おい、待てって」
慌てて俺達も後を追った。
そのまま早足で城門を潜る。
何事も無かったかのように、早足で街道を歩かせていたが、背後から何やら騒ぐ声が聞こえて来た。
「街道から離れるぞ」
要するに、人のいないところへ行くわけだ。
頷いて、ぴったりと彼の後ろについて街道から脇の草原へ出る。
すると、さっきの三人以外にも後三人。合計六人が草原へ出て来た。全員が馬に乗って追いかけて来る。
そのまま走り森の中に入ったが、彼らも完全に俺達の後を追ってついて来ている。
しばらく走っていたが、到着したのは森の中にポツンとある小さな池だった。
しかも、その池の手前側だけだが、どう見ても、思いっきり見覚えのある砂地になっているのだ。
「マックスを思いっきり走らせて、手前からあの池を思い切り跳び越えろ。出来るな?」
ええ、あの砂地にあいつらをおびき寄せたんだろうけど、失敗したらこっちが砂地にドボンだぞ。
しかし、ビビる俺には構わず、勝手にマックスが大喜びで返事をした。
「そんなの簡単です! ご主人は落ちないようにしっかりつかまっていてくださいね!」
尻尾をブンブン振り回すマックスを見て、ハスフェルは笑顔になった。
「頼もしいな。それじゃあ行くぞ!」
一気に走り出した俺達を見て、奴らも一気に加速する。
「ええい頼んだぞ! マックス!」
頭を低くして、手綱を握りしめた俺は叫んだ。
「まかせてください!」
マックスの返事と、俺の悲鳴が響くのはほぼ同時だった。
ジェットコースターで、一瞬無重力になって一気に落ちる感じ。今の俺は、まさにそんな感じだったのだ。
「ひえええ〜!」
情けない俺の悲鳴が森に響き、着地の衝撃にマックスの背中から落ちそうになって、すっ飛んできたサクラとアクアに止めてもらった。
「あ、ありがとうな……」
咄嗟に足を支えてくれた二匹に礼を言ったが、まだ心臓が凄い勢いでバクバクなってるぞ。
「そうだ、あいつらはどうなったんだ?」
背後を振り返った俺は、堪える間も無く吹き出した。
奴らの乗っていた馬は、砂地の直前で危険を察知して止まったのだ。
しかし、慣性の法則はここの世界でも有効だったようで、要するにものすごい速さで走っていた乗り物が急に止まると、上に乗っていた人間は勢い余ってそのまま前に飛び出すって事。
はい、慣性の法則は正しく作用したようです。
彼らは全員、見事に吹っ飛んだらしく、全員揃って仲良く砂地に膝から下とお尻が埋まっていた。
必死で暴れているが、簡単に足が抜けそうに無かった。
「なあ、あれってどうなるんだ?」
さすがに、ちょっと心配になった。
「安心しろ、ちょっとした嫌がらせだ。ここは底なしでは無い。水が出たとしても、一番深い所でもあいつらの腹ぐらいまでしか無いから心配するな。だが、ここの砂にはかなりの粘り気があって、一人で抜け出るのは到底無理だ。だが、あいつらは六人もいるんだから、協力すれば簡単に出られるぞ」
成る程、そういう事なら安心だな。
「大丈夫か? そこは気をつけないと雨が降ったらぬかるみになるぞ。また明日あたりには雨が降りそうだから、早いところ協力して出るんだな」
呆然とこっちを見ている彼らに平然とそう言って、ハスフェルは鞍上で笑って手を振ったのだ。
うわあ、ハスフェルの笑顔が怖い。全然目が笑ってないって。
「それじゃあ俺達は先を急ぐんでな」
そう言って泉を後にしたのだ。
慌てて後を追ったが、なんだか可哀想になってきた。
「じゃあ、後はよろしく頼むよ」
突然、近くの茂みに向かってハスフェルが話し掛けると、何とそこからヘクターと一緒に見覚えのある冒険者たちが出て来たのだ。
「了解だ。戻ったらユースティル商会に連絡しておく。誰か助けに来てくれるだろうよ」
ヘクターの答えに、皆笑っている。
「後は任せろ、それじゃあ気をつけてな」
笑ったヘクターに言われて、俺は改めて礼を言った。
「心配かけてすまなかった、丸投げするみたいで申し訳ないけど、後の事よろしくな」
「言っただろう、困った時はお互い様さ」
差し出された手を、改めて屈んで握り返した。
「絆の共にあらん事を」
「絆の共にあらん事を!」
皆が口を揃えてそう言ったので、俺は思わず吹き出したよ。
ええと、俺、この世界に妙な言葉を流行らせちゃったみたいです。