美味しい夕食と……?
「ええと、バイゼン近くの飛び地での初めての夕食です。今夜は景気づけを兼ねてステーキにしました。ソーセージはクーヘンからもらった手作りだよ。アルコールは皆は飲むみたいだけど、俺は明日に残ると困るのでやめておきます。少しだけどどうぞ」
まずはいつものように、スライム達が出してくれた簡易祭壇に俺の分を一通り並べる。飲み物は、俺の麦茶と一緒に栓をしたままの冷えたビールを供えておいた。一応聞いてみたら、蓋は開けてなくても問題ないらしい。
手を合わせて目を閉じると、いつもの収めの手が俺の頭を何度も撫でてくれた。
顔を上げて、嬉しそうに料理を一通り撫でてから消えていく収めの手を見送ってから、自分の分を持って席に戻った。もちろんビールの瓶は速攻収納したよ。くすん。
「お待たせ。さあ食べよう」
気を取り直して、いつものように待ってくれていた皆にお礼を言って席に座る。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャジャジャ〜〜〜ン!」
今日のシャムエル様は、右手にステッキがわりのフォークを持って、同じくフォークを手にしたカリディアと揃って見事にシンクロした複雑なステップを踏んでいる。俺では、あの短い足がどう動いているのかさっぱりわからないよ。
最後は、二人で揃ってポーズを決めてフィニッシュだ。
「お見事〜〜〜!」
割と本気でそう言って拍手をすると、なぜかシャムエル様よりもカリディアの方が照れてて面白かったね。
「それで、ご希望はベーコンが一枚とソーセージが丸ごと一本だったな。あとは?」
もうすでにステーキも半分取られる前提で尋ねると、ステーキを見て四分の一くらいのところで切る振りをした。
「ここら辺からこっちをください!」
小さい方の肉を示されて、割と本気で安堵したのは内緒だ。
「あとは適当に盛り合わせてください!」
俺と同じくらいの大きさの皿を出されて受け取り、ご希望通りにベーコンとソーセージは丸ごと一個ずつ、それからステーキも、言われたあたりよりやや大きめに切ってベーコンの横に乗せてやる。
「サラダと野菜とポテトは適当でいいな」
小さくそう呟き、空いた場所に少しずつ盛り付けてやる。ご飯はちょっとだけ、野菜の横に添えてやる。味噌汁はいつものお椀にスプーンで掬って入れてやる。
「カリディア。ほら、トマトなら大丈夫だろう? 一切れだけだけど、どうぞ」
せっかく一緒に踊ってるのに、いつもカリディアにだけ何も無いってのも可哀想だものな。
差し出されたカットしたトマトを見て嬉しそうに目を細めたカリディアは、両手でそれを受け取って早速食べ始めた。
その仕草はこれぞ小動物って感じで可愛くて、思わず見惚れてしまったよ。
見かけは全く同じ姿形なのに、シャムエル様とカリディアだと仕草とか雰囲気が全く違うから、見間違う事は無い。
言ってみれば、カリディアは育ちの良いお嬢様感が仕草の端々に滲み出ていて、トマトを齧ってるだけなのになんだかすごく優雅な感じがする。
それに比べてシャムエル様は……いや、これはこれでいいと思うよ。いいと思うんだけど、一応一番偉い神様なんだし、もうちょっとは威厳とかそういうのを気にしてもいいと思う。
だって、どう見ても毎回食欲全開の小学男子状態にしか見えないもんな。
「それでそのシャムエル様の食べっぷりは、今日は妙に静かだなあ……あれ? どこ行ったんだ?」
見ると、俺が置いたお皿はそのままにシャムエル様がいなくなってる。
何かあったのかと慌てて周りを見回すと、ハスフェルのところでグラスに並々と赤ワインを注いでもらったシャムエル様が、わざわざそれを持ったままゆっくりとこぼさないように歩いて戻ってきているところだった。
「なるほど、お酒も欲しかったわけか」
苦笑いして、戻ったシャムエル様がお皿の前に座るのを見てから、俺も自分の分のステーキを切った。
ちなみに今夜のステーキソースは、定番のすりおろした玉ねぎがたっぷり入った醤油味の和風ソースだ。
「ううん、相変わらず熟成肉のステーキは美味しいなあ」
あつあつご飯の上に切ったステーキを一切れ乗せて、そのまま豪快に一口で食べる。
「良いねえ良いねえ。がっつりステーキ丼だよ」
「何それ美味しそう! ねえ、ご飯ももっとください!」
飲み込んだタイミングで良かったよ、口に入れた直後だったら噴き出して咽せるか、笑って咽せるかのどっちかだっただろうからな。
笑いながら一口お茶を飲んで一息ついてから、差し出されたお皿の端に、ご飯もたっぷりと乗せてやる。
「これはお代わりがいるな」
半分以下になったご飯を見て、小さな声でそう呟きそのままそこにご飯を追加して元の量に戻した。
「ふおお〜〜これは美味しい。これは美味しい!」
見かけは可愛いリスみたいなシャムエル様が、両手で持ったソーセージを端から丸齧りしてる光景はなかなかにシュールだ。
「肉食リス見参!って感じだな」
興奮しているもふもふ尻尾を背後からこっそりもふりながら、俺もクーヘンの差し入れソーセージを遠慮なく丸齧りした。
「ううん、このあふれる肉汁。たまらないね」
こぼれた肉汁は、もれなくご飯に吸わせてやりつつ、ステーキ、ソーセージ、厚切りベーコンのコンボ飯を楽しんだのだった。
「ふう、ご馳走様でした。すっごく美味しかったよ」
肉汁まみれになったシャムエル様の言葉に、俺は苦笑いしつつ頷く。
「確かに美味しかったな。それより大事な毛皮が大変な事になってるぞ」
何故か後頭部にまで跳ねている肉汁のシミを突っついてやると、その場に座り込んだシャムエル様は、残っていた赤ワインをグビグビと豪快に飲み干してから、いつものように汚れた体のお手入れを始めた。
「ここまで跳ねてるぞ」
笑ってもう一度後頭部を突っついてやると、短い右手を伸ばして後頭部を自分で撫でた。
一瞬で綺麗になり、そのまま猫みたいに顔を洗い始める。
隣にカリディアが座って、同じように身繕いを始めた。
どうやらトマトは気に入ってくれたみたいで満足そうだ。
「それにしても、シャムエル様の食う量がどんどん増えてるけど大丈夫なのかね」
苦笑いしてそう呟くと、不意に顔を上げたシャムエル様と目が合った。
「……もしかして、迷惑だったりする?」
らしくない、ごく小さな声で遠慮がちにそう尋ねられてしまい、俺は驚きに目を見開く。
「はあ? ちょっと待てよ。今の台詞でどこから迷惑だなんて考えが出て来るわけだ?」
思わず大声でそう言うと、何事かとハスフェル達が揃って心配そうに振り返った。
だけど、その時の俺にそんな余裕は無くて、身繕いを終えたシャムエル様と、お互いに無言のままで見つめあっていたのだった。
一体何事だ?