飛び地へ入る
「じゃあ行くぞ」
「おう、じゃあとっとと行ってとっとと帰って来よう」
ハスフェルの笑った声に俺も笑いながら返事を返し、エーベルバッハさんから割ってもらったミスリルの塊を取り出した。
元の大きさに比べたらずいぶんと小さくなっちゃったけど、多分これでも時価にすれば相当な金額になるんだろう事は簡単に想像がつく。
「確かこれが鍵になるって言ってたよな。で、何処に差し込むんだ?」
目の前の巨大な岩を見ながら首を傾げる。
俺のイメージ的には、どこかに鍵穴みたいなのがあって、そこにこれを差し込むとウイ〜〜ンって感じで岩が動いて隠された入り口が姿を表す! みたいなのを想像していたんだけど、そもそも鍵穴らしきものが全く見当たらない。当然大岩の何処にも入り口らしきものも見当たらない。
「じゃあ、準備するか」
俺が一人で首を傾げていると、ハスフェル達が顔を見合わせて何やら相談を始めた。
「ケン、お前の従魔を一箇所に集めてくれ。小さくなれる子は、出来る限り小さくなってもらってな」
「へ? 大きくなるんじゃなくて、小さくなるのか?」
「大きさを変えられないのは、マックスとニニちゃんとカッツェ、それから俺のシリウスだけだ。この四頭と、乗らなければデネブとエラフィにも、とにかく小さくなった従魔達を全員乗せるんだよ」
真顔でそう言われて、何が何だかわからないけど俺はとにかく頷いた。
彼らがあんなふうに一方的な言い方をする時は、必ず絶対に外せない理由があるからだ。なのであえて理由は聞かない。
恐らくだけど、中へ入るのに小さい方が有利なんだろう。
一旦マックスの背から飛び降りた俺は、自力でついて来ている子達にできる限り小さくなってもらった。そしてマックスの上には小型犬サイズになったセーブルとフラッフィーを追加で乗せてやる。猫族軍団と狼コンビはニニとカッツェの背に手分けして乗り、お空部隊は俺の肩と腕にしがみつく子に分かれる。
フランマとカリディアはベリーの背中と肩にそれぞれ乗っている。
草食チームはいつもの定位置だ。
そして右手にミスリルを持っている俺の左右にハスフェルの乗ったシリウスとギイの乗ったデネブが並びめっちゃくっついてきた。ハスフェルの横にベリー、ギイの横にはオンハルトの爺さんが同じくくっつくみたいにして並ぶ。
そこで何故かスライム達が鞄から飛び出してきて、全員のスライム達といきなりくっつき始めた。
そして、俺の下半身をホールドしてそのまま伸びてハスフェルとギイの足も固定、さらに伸びてベリーとオンハルトの爺さんもそれぞれの騎獣達ごと固定してしまった。
これで俺を真ん中にして全員がスライムを通してくっつきあってる状態になった。その左右にニニとカッツェもくっつく。当然スライム達がニニとカッツェも確保する。
もう一歩も動けないぞ。これで歩けと言われたら、二人三脚どころの騒ぎじゃあないと思う。いくら従魔達の運動神経が良いと言っても、これはまた別の動きだ。
そんな事を考えて密かに笑っていると、不意にハスフェルに背中を叩かれた。
いくらくっついているとは言っても、それなりに離れてると思ってたけど、そこから俺の背中を叩けるのか。腕長いな、おい。
「ほら、そのミスリルをこうやって大岩の方へ向かって出来るだけ高く掲げろ」
ハスフェルが腕を斜め前に向かって上げて見本を見せるので、頷いた俺は、ミスリルを持った右手を同じようにやや前方に突き上げるみたいにして高く掲げた。
「もっと高く」
そう言われて、上げられるギリギリまで精一杯腕を伸ばした。
カチリ。
その時、何か壁に当たったような感触があり何かが外れる音がした。
突然、目の前が真っ白になり音が消える。
直後に、落ちる感覚と暗転。
しかし、それはほんの一瞬の出来事で、悲鳴を上げかけた時にはもう暗転した視界は元に戻っていた。
「今、今何が起こったんだ?」
慌てて周りを見回すと、目の前の光景がガラリと変わっていた。
「無事に到着〜〜〜!」
嬉しそうにそう言ったスライム達が、一斉にばらけて地面に転がった。
しかも転がった地面は、先ほどまでの何もない岩と土しか無かった場所と違って柔らかな草が一面に生える緑の草原だったのだ。
思わず後ろを振り返ると、そこにはどこまでも続くなだらかな草原と、所々に点在する大きな木が広がっていた。
無言で空を見上げると、真昼のように明るい空にはあるべきものが無かった。
つまり、飛び地特有の太陽がどこにもない空が広がっていて、俺達の足元には見慣れた黒い影が無かったのだ。
「太陽が無いって事は、もう飛び地に入ったのか?」
それしか考えられなくてそう呟くと、すぐ隣から笑い声が聞こえて振り返る。
「ああそうだ。ここは、安全地帯だよ。あの大きな木から奥が飛び地。後ろにはいくら進んでもここへ戻って来るから行っても無駄だぞ」
言われてみれば、前と後ろでは明らかに木の大きさが違う。
前は巨大な木が聳え立ち、背後は見慣れた普通サイズの木が所々にあるだけだ。
「背後は無限ループかよ。じゃあ帰りは?」
「さっきと同じさ。安全地帯で全員くっついてお前がミスリルを掲げれば元の位置へ戻れる」
ギイが笑ってさっきの俺みたいに右手を高く掲げた。
「なるほどね、了解、じゃあこれはまた帰りに使うから収納しておこう」
どうやってここへワープしたのかなんて、きっと考えたところで答えは出ないのだろう。
俺は、山積みの疑問を全部まとめて久しぶりに明後日の方向へ向かって力一杯ぶん投げておいた。