ここへ来るための方法は?
「到着〜〜〜!」
お椀状になった火口みたいに凹んだ大岩の頭頂の中心部まで、一気に駆け降りて来たマックスの背の上で俺はそう叫んで辺りを見回した。
目の前にあるのは見上げるほどに巨大な岩が一つ。
それはまるで、誰かが何処かから持って来てそこにわざと置いたんじゃあないかと疑いたくなるくらいに、平な周囲の地面とは明らかに岩の質が違っていた。
「へえ、これが入口な訳か。しかし俺達は従魔達のおかげで楽に来れたけど、ドワーフ達はいつもはどうやってここまで来るんだ? さっきも思ったけど、あの周囲にある断崖絶壁を自力で登るのは、いくら力のあるドワーフ達でもどう考えても無理があるよな?」
そっと手を伸ばして大岩に触れたあと、ふと斜め後ろに何か見えた気がしてそっちを見た。そして豪快に吹き出したよ。
だって、大岩のすぐ横まで、お椀の底に沿って長い道と階段が刻まれていたのだ。
「なあ、もしかしてあの向こうって……」
当然、お椀の縁の向こう側が気になって振り返る。
「気になるなら見に行ってみればいい。従魔の足ならすぐに行って帰ってこれるぞ」
笑ったハスフェルにそう言われたので、俺も笑ってマックスの首を叩いた。
「なあ、あの向こう側がどうなってるか見てみたいんだけど、この道沿いにあそこまで行ってくれるか?」
するとマックスは大喜びで大きく跳ねた後、いきなり走り出した。
「もちろんですよ。あの縁から外を見たら綺麗な景色が見られますよ!」
嬉しそうにそう言うと、またさらに加速する。
「おお、早い早い!」
鞍上で俺が大喜びで手を叩いていると、突然目の前が土の壁一色しか見えなくなった。
お椀の底を走り切り、お椀の壁面に到着したのだ。
「おいおい、いくらなんでもここを走って上がるなんてお前でも、も、も、も、ほげぇ〜〜〜〜ぐぎゃあ〜〜〜〜〜! げふう!」
いきなり大きく飛び跳ねたマックスは、着地した地点からジグザグに左右交互に飛び跳ねながら三角飛びの要領で、ほぼ垂直な壁面をものすごい勢いで駆け上がって行ったのだった。
まさかそんなことになるとは思わず、俺はもう鞍上でいつの間にか出て来たスライム達に下半身をホールドされた状態のまま上半身を思いっきり振り回されてしまい、ただただ意味不明の悲鳴を叫び続けていたのだった。
「ほら、ご主人、ご希望の一番高いところへ到着ですよ!」
もう、しなしなのレタスみたいになってた俺は、マックスのその言葉になんとか目を開いた。
そして、突然眼下に広がったとんでもない光景に、俺はそのまままたしても絶句する事になるのだった。
「すっげえ。あの断崖絶壁に……橋が、橋が架かってるよ」
しばらくしてようやくそれだけを呟く。
そう、ドーナッツ状に広がる断崖絶壁をまたぐように、向こう側からこっちの少し下のあたりまで、幅は少々細いが、まるで組み木細工みたいな木製の橋が架けられていたのだった。
橋の根元の部分は、岩が深く掘り込まれていて丸太がしっかりと固定されている。
「しかもあれって、吊り橋じゃないよな。ええ、どうやって架けてあるんだ?」
見下ろす俺の言葉に、マックスの頭の上に座ったシャムエル様がそのまま俺を振り返った。
「あれは、ドワーフの技の一つで、丸太だけを使って組み上げた橋だよ」
得意気なその言葉に目を見開く。
「ええ、あの距離を?」
身を乗り出すみたいにして、眼下の橋を覗き込む。
「ああ、あれってなんて言うんだっけ。そうそう、ダヴィンチの橋だよ。へえ、理屈はそのままこっちの世界でも使われてるんだ。ってか、こっちの世界でも賢い人っているんだなあ」
橋の構造に気がついた俺は、感心するみたいにそう呟いて以前の世界の事を思い出していた。
それは本社勤務だった時の八月の終わり頃の出来事。
不器用な上司が、夏休みの小学生の息子の自由工作に何をさせたらいいのか分からず途方に暮れてて、器用そうな俺に相談を持ちかけられた事があったんだよ。
それで俺が小学生の時に父さんから教えてもらった、このダヴィンチの橋の模型の作り方を教えてやった。
使うのは割り箸だけ。釘も接着剤も使わない。
平行に置いた二本の割り箸と交差するように横棒を下に二本、上の真ん中に一本乗せる。下からその横棒を交差させるみたいにして並行に二本の割り箸を差し込んでいくだけだ。これをどんどん繰り返して行くと、差し込んだ二本の棒が綺麗なアーチを描いて橋になっていく仕組みだ。
実際に、食堂で割り箸を使って作りながら説明していると、何だか人が集まってきて大騒ぎになったんだっけ。
「すげえな。ドワーフの技術。本当にあれを実際のサイズで作り、あれだけ完璧な橋を作っちゃうんだからなあ」
もう感心するしかない。
確かに、これなら歩いて来ても馬に乗って来たとしても、余裕であの入り口まで行けるだろう。
「へえ、良いもの見せてもらったよ。戻ったらガンツさん達に見たって報告しないとな。ありがとうマックス、じゃあ戻ろうか」
笑ってそう言い振り返った途端に、マックスはほぼ垂直の坂道をまっすぐに駆け降りたのだ。
「どっひぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
情けない俺の悲鳴が響き渡り、何故かハスフェル達の吹き出す声がすぐ近くで聞こえた。
見るといつの間にか全員がお椀の縁まで上がって来ていたらしく、すぐ横を彼らも垂直落下に近い状態で駆け降りてる真っ最中だったのだ。
「待って待って待って! これは無理〜〜〜〜!」
どうやら一番急な箇所をわざわざ垂直に下ったみたいで、初めてここへ降りた時とは全く違っていた。もうどう考えてもこれは落下。これで無事でいられるマックスの運動神経、マジでどうなってるんだ?
無事にお椀の底に到着した時には、心底安堵のため息を吐いたよ。
「ああ、今からこれって……先が思いやられるぞ〜〜」
顔を覆った俺の呟きに、またしてもハスフェル達の笑う声が聞こえて、もう俺も最後はおかしくなって来て、一緒になって大笑いしていたのだった。
神様お願いします!
俺は平和がいいんです。
分不相応な超レアな素材やジェムなんて求めませんから、どうぞ平穏無事に帰ってこられますように〜〜〜〜〜!
……だめだ。
当の神様が、俺の目の前でめっちゃ目をキラキラさせてやる気モードになってる。
誰か、誰かタスケテ……。