注文の終了と気分転換
「さてと、それじゃあ俺の一番の用事が終わったところで、今日はどうするんだ?」
もう午後のそれなりの時間になってしまったが、まだ帰って夕食にするには早い時間だ。
「ちょっと、マックスと一緒に郊外を思いっきり走ってみたいと思ってたんだけどなあ」
壁際にシリウスとくっつきあって団子になって転がって寛いでいたマックスのところへ駆け寄り、俺は大きな頭を手を伸ばして撫でてやる。
「良いなあ。それなら、せっかくミスリル鉱石の欠片を返してもらったんだから、ちょっと遠いが飛び地まで足を伸ばすか? 食料はあるんだろう?」
嬉々としてそんな事を言うハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんまでが揃って嬉しそうに拍手をする。
「いやいや、いきなり飛び地へ行ってどうするんだよ」
慌てて断ろうとしたのは残念ながら俺一人だけで、マックス達もハスフェルの言葉に目を輝かせて起き上がった。
「何してるんですか、ご主人、それなら早くニニ達を迎えに行かないと。ほら行きますよ!」
尻尾が完全に扇風機状態でぶん回してるマックスにそう言われて、俺は諦めのため息を吐いて立ち上がった。
「そうだよな。こと行き先に関して俺の意見が通った事なんてここバイゼンくらいしか無いもんなあ」
遠い目になった俺はそう呟き、もう一度マックスの頭を撫でた。
「じゃあニニ達を迎えに行って、今夜は郊外でキャンプだな。そろそろ寒くなってきてるけど、お前らと一緒に寝てれば寒さとは無縁だもんなあ」
「ええ、行きましょうご主人、私も思いっ切り走りたいです」
マックスの嬉しそうな言葉に、なんだか堪らなくなって大きな頭に抱きつく。
「よし、行くとするか!」
実を言うと、朝市で買ったあの大きな柚子を仕込んでみたかったんだけど、まあ収納していれば傷む事もないから慌てる必要は無い。
それよりは、マックスの心のケアの方が大事だ。
それに実を言うと俺も、何だか外へ出て暴れてみたい衝動に駆られていたんだよな。
って事で、職人さん達と別れた俺達は、一旦宿泊所へ戻ってそれぞれの従魔達を全員連れて、そのまま郊外へ出かける事にした。
今回は、さっき別れる時にフュンフさんに連絡済みだから別にギルドに連絡はしなくてもよし。
まあ、そういう点では冒険者は気楽で良いよな。
大喜びの従魔達を引き連れて、ハスフェルとギイの案内で、今回はバイゼンから少し離れた郊外にあるのだという飛び地へ向かう。
巨大な城壁に囲まれた街を出て街道を少しだけ進んだところで道を外れて一気に走り出す。
当然先頭はマックスとシリウスだ。その周りを狼コンビが並走している。その左右にギイの乗るブラックラプトルのデネブと、オンハルトの爺さんが乗るエルクのエラフィが、これもピッタリと離れずに並走している。
少し離れて他の従魔達が走って追いかけてきているが、これはどちらかというと仕方ないから走ってますって感じがありありだ。
「あの大木まで競争!」
突然、マックスの頭に座っていたシャムエル様が、俺の右肩に現れて前方を指差しながら大声でそう叫んだ。その瞬間、全員がさらに加速する。
慌てて俺は体を前のめりにして、マックスに半ば抱きつくみたいにして風の抵抗をできるだけ低くした。
文字通り、放たれた矢の如くもの凄い勢いで走り出す従魔達。
マックスとシリウスにデネブとエラフィも全く負けていない。
さらにグッとかかったGに悲鳴を上げたのは俺だけだったみたいだ。
そのまま俺達は横並びのままで目的地の巨大な木の横を、少しだけ勢いを殺して走り過ぎていった。
「い、今のは誰が勝ったんだ?」
何とか身体を起こして周りを見回す。
目が合ったハスフェルが黙って首を振るのを見て、またマックスの頭の上に戻ったシャムエル様を見た。
「で、誰が一番だったんだ?」
「ほぼ同時だったと思ったがな」
そう言いながらハスフェル達も従魔に乗ったまま俺の側に集まってくる。
「では発表しま〜す!」
くるりと見事なとんぼ返りを切ったシャムエル様は、決めのポーズの後に、俺に向かって指を差した。
「一位は、ケンアーンドマックス! 二位はハスフェルアーンドシリウス。三位と四位は完全なる同着だったねギイアーンドデネブとオンハルトアーンドエラフィだよ。だけどまあ、これはほぼ同時だと言っても間違いじゃ無いくらいの僅差だったね。いやあ、お見事でした!」
嬉しそうにそう言って目を細めて小さな手を叩くシャムエル様の言葉に、俺は拳を握って頭上に掲げた。
「よっしゃ〜〜! 勝ったぜマックス。よくやった!」
「はい、当然です。次も絶対に勝ちますよ!」
興奮のあまり、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねるマックスを慌てて落ち着かせながらも、俺はドヤ顔でハスフェル達を振り返った。
「へっへ〜〜ん! 俺の常勝マックスに勝てる猛者はいないのかよ〜〜!」
ちょっと調子に乗ってそう言ってやると、三人がわかりやすく悔しがって悶絶していた。
何これ、ちょっと気分いいかも。
「ああ悔しい。シリウス、次は絶対に勝つぞ」
「うああ、これは悔しい。よし、次こそ絶対に勝つんだ。デネブ」
「いやあ、悔しい。次こそは絶対に勝とうな、エラフィ」
それぞれの従魔達を撫でながらそう言い、俺達は顔を見合わせて互いにサムズアップを交わして大笑いになったのだった。
そしてその時になって、ようやく追いついて来た猫族軍団達が、大喜びで鞍上で手を伸ばして叩き合ったりしながら笑っている俺達を見て、いつもの如く、揃って呆れたような顔をしてその場に座り込んだのだった。