職人さんへのリスペクトとよく分からない不安
「今のを見ただけで、彼がどんな人かよく分かりましたねえ」
しみじみとしたフュンフさんの言葉に、他のドワーフの職人さん達が揃って頷く。
「なるほどなあ。これはたまらんわい」
「だなあ、俺はちょっと感動のあまり涙が出てきた」
「全くじゃ、いやあ、これは是非とも心を込めて作らせてもらおうぞ」
「ほんにほんに。これは良い仕事が出来そうじゃわい」
「いやあ、彼を紹介した自分を褒めてやりたいわい」
最後のエーベルバッハさんの言葉に、俺は苦笑いしながら振り返った。
「なんだかものすごく褒めていただいてるみたいですけど、俺にとっては当然の事ですよ。仕事道具ですよ。職人の手と同じですよ。粗末に扱ったら、それこそバチが当たりますって」
誤魔化すように笑ってそう言うと、揃って首をかしげられた。
「バチが当たる?」
……あれ? これは通じなかったか。
「ええと、俺の故郷の言い回しですけど、天罰が下る、みたいな感じですね」
「なるほど。良き心がけだな。改めてよろしくな。生涯最高の仕事となるよう心を込めて作らせてもらうよ」
笑ったフュンフさんの言葉に俺も笑顔で深々と一礼した。
「こちらこそ、よろしくお願いします! ああ、そうだ。製作報酬についても値切る気は一切ありませんから、遠慮なく請求してくださいね!」
無駄に溜め込んでいる資金の使い道がやっと出来たんだから、ここは遠慮なく使わせていただきますよ。
嬉々としてそう叫んだ俺の言葉に、なぜか全員揃って吹き出し大爆笑になる。
「ギルマス。頼むからあいつに交渉術って言葉を教えてやってくれ」
「全くだ。思ってても、言って良い事といかん事くらいは教えてやれって」
「あんな嬉々とした顔で、値切りませんから、なんて言う奴、初めて見たぞ」
「我らとしては有り難いが、苦労しそうじゃのう」
顔を見合わせて笑ってるけど、そんなに変かなあ。
「ええ、俺は労働と技術に対してしっかり支払いますよって、普通の事を言ってるだけだと思うんだけどなあ」
肩を竦めてそう言うと、もう一度吹き出したエーベルバッハさんがバシバシと俺の腕を叩いた。
「その、当たり前を当たり前だと考えてくれん奴らが大勢おってなあ。皆苦労しとるんだよ。だからそんな威勢の良い事を言われても、俄には信じ難いんだよ」
「技術を必要とする専門職なのに扱いが可哀想すぎる。だって、もうジェムの出現率は元に戻ってるんだし、真面目に働けば冒険者なんてちょろい商売だと思うけどなあ。自分の命を守ってくれるんだから、装備には絶対に金をかけるべきだと思うぞ」
「皆が皆、彼のように考えてくれたら、我らももう少しくらいは楽が出来そうなのになあ」
腕を組んで頷きながらしみじみとそういったホルストさんの言葉に、皆も揃って苦笑いしながら頷いていたのだった。
「さて、それじゃああとは職人達に任せてくれれば良い。防具の試着の時にはこちらから冒険者ギルドを通じて連絡させてもらうから、とりあえず所在地だけは明らかにしておいてくれよな」
「了解です、じゃあ郊外へ狩りに出る時は、ギルドに一言声をかけてから行けば良いですね」
「ああ、そうだな。面倒だろうがよろしく頼むよ」
「それくらい、全然かまいませんって。それじゃあ出来上がりを楽しみにしていますね」
笑って顔の前で手を振り、作業台に集まるドワーフの職人さん達を見た。
この後は、さっき俺が割ったミスリルと、それからもう一つのオリハルコンも割って、武器製作チームで分けるんだそうだ。
これは残れば返してくれるらしい。
まあ、正直言うと返されても使う当ては無いんだけど、オンハルトの爺さんも何も言わないから、これは無闇に売り飛ばさない方がいいみたいだ。
その時、あの軽い金属音がして、ミスリルの塊から握り拳くらいの大きさの塊が割れて外れた。
「じゃあこれは持っているといい」
その塊を差し出したエーベルバッハさんにそう言われて、俺は目を見開く。
「ええと、別に今返してくれなくても……」
「いや、このバイゼンからは少し遠いが、一箇所飛び地が確認されている。それから地下洞窟もな。飛び地に入る際の鍵として使われるのがミスリル鉱石なんだ。使っても無くなりはせんから心配せんでいい。普通は鉱夫ギルドが管理するミスリル鉱石を金を払って借りて使うんだが、この鉱石ならこれだけあれば余裕でそのまま通過出来る。今すぐ行くかどうかは分からんが、これは飛び地へ入るための鍵となるから大事に持っておくといい。場所はハスフェル達なら知っておるからな」
振り返ると笑って頷いてくれたので、お礼を言ってそのミスリル鉱石を受け取る。
実を言うと、ミスリル鉱石はまだあるんだけど、まあ良いか。
「分かりました。ありがとうございます。じゃあこれは返してもらいますね」
お礼を言って受け取り、そのまま自分で収納しておく。
「ここの飛び地は平和でありますように」
あの飛び地で酷い目にあったのを思い出してしまい、思わず小さな声でそう呟くと、いつの間にか右肩に座っていたシャムエル様に笑って頬を叩かれた。
「だから言ってるでしょう? 本来の飛び地は、入れさえすれば後は楽勝なんだよ。飛び地は惜しみなく与えてくれる場所なんだからさ。あの飛び地みたいなのは例外中の例外、もうあんな事はありません!」
神様に断言してもらっているのに、不安しかないのは何故なんだろう。
大きなため息を吐いた俺は、不安な考えを全部まとめて明後日の方向へ向かってぶん投げておいた。
だって、オレンジヒカリゴケの群生地が軒並み壊滅状態になった時に、割と本気で悪い事が起こる前触れなんじゃないかって心配していたんだけど、今のところ、世界的には平和そのもの。
特に、ハスフェル達が血相を変えて万能薬を両手に抱えて出撃しなけりゃあならないような、緊急事態は起きていない。
「このまま、こんな感じの平和が続いてくれれば最高なんだけどなあ」
小さくそう呟いて、もう一回俺は大きなため息を吐いたのだった。