さあ割るぞ!
「よし、それじゃああとは任せてくれ!」
笑顔のホルストさんがそう言い、大きな木箱を持って来て俺が取り出した素材を仕分けし始めた。他の職人さん達も同じように木箱を取り出して素材を集め始める。
「すまんが、このミスリルとオリハルコンは、一旦俺が預かる。砕いておくので必要量を俺に言ってくれ」
エーベルバッハさんがそう言い、これまた大きな鍵付きの宝箱みたいな箱を取り出してそこに入れる。箱自体を全部金属の板で囲ってあり、金庫感が半端ない。
「それなら今からここの工房で割る作業をしようじゃないか。それならすぐに必要な量をもらえる」
アンゼルムさんの言葉に、皆が頷く。
「いいな。それならケンさんにも立ち会ってもらおう。これほどの素材、正直言って割るのは惜しいが使わぬ手はないからな」
苦笑いしたディートヘルムさんの言葉に、また皆が揃って笑いながら頷く。
話をしている間に、ギルドのスタッフさんが木箱の中身を確認して一人分ずつ預かり表を記入してくれた。
成る程、貴重な素材をそのまま預けるわけだから、当然預かり票を発行してくれるわけだな。
一箱ずつ改めて中身を確認して、俺はもらった預かり票をまとめて収納した。
その後に、俺の体のサイズを一通り測られてから、エーベルバッハさんの案内でギルドに併設された貸し工房と呼ばれる作業部屋へ向かった。
ここは商人ギルドの建物に併設した、ドワーフギルドと職人ギルドが共同で管理している場所らしく、工房を持たない新人の職人や、今のように大人数で共同の作業をする時なんかに使っている場所らしい。
金属製の作業台の上に取り出された二つの鉱石の塊を見て、全員が揃ってまたしても感心したようなため息をもらしたのだった。
「では覚悟を決めて、やるとしよう」
エーベルバッハさんの言葉に、集まった職人さん達が一斉に頷く。
「せっかくだから、最初の一撃はケンさんに参加してもらえ」
フュンフさんの言葉に、また皆が笑顔で頷く。
「それは良い。ぜひやってもらおう」
口々に同意する彼らを見て、俺は焦って首を振った。
「いやいや、こんな貴重な素材に素人が手出ししちゃ駄目でしょう」
必死になって断ろうとすると、オンハルトの爺さんに背中を叩かれた。
「大丈夫だよ。彼らが言ってるのはこれだ」
そう言って渡してくれたのは、大きめの金槌と金属の太い棒状で先端が少し平らになって尖った不思議な道具だった。
「これはタガネと言ってな。金属を切断したり削ったり彫ったりする時に用いられる道具だ。使い方はこうやって左手で持って金属に当て、右手で持った金槌で叩くんだよ」
実際に使う振りをして扱い方を教えてくれる。
「あのミスリルの塊を最初に割ってほしいそうだ。簡単だよ、やってみるといい」
「いやいや、爺さんならそりゃあ簡単だろうけど……ああ、分かりました。じゃあ、せっかくの機会ですからやらせていただきます!」
はっきり言って、絶対断れる雰囲気じゃない。
何しろ、ドワーフの職人さん達全員が満面の笑みで俺を見つめているんだからさ。
だけど、確かにこんな時でなければ俺が参加する機会なんてまず無いだろう。
よし、ここは考え方を変えよう。
滅多に無い珍しい貴重な経験をさせてもらえる体験会だと思えばいいんだよな。第一、金属を割るだけなんだから、いくら素人の俺がやると言っても、素材そのものを潰す事はあるまい。
諸々考えてため息を飲み込んだ俺は、爺さんから渡された道具を手に机の上に置かれたミスリルの塊を見た。
「ええと、俺は全くの素人なんですが、これはどこを叩けば割れるんでしょう?」
解らないことは、聞くのが一番!
すると、笑ったフュンフさんがミスリルの塊の窪みになった部分を指差してくれた。
「ここにタガネを当てて強く一気に叩くんだよ。支えててやるから思いっきり打ってみるといい。タガネを持つ左手は、しっかり力を入れておくといい」
成る程、打ちつけた衝撃で割れるわけか。
小さく頷いた俺は、言われた場所にタガネを当てて構えた。
「うん、それでいい、そのまままっすぐ打ち下ろしてみて」
フュンフさんの言葉に従い、力を込めて一撃を加える。
カーン!
気持ち良い軽やかな金属音が響き、あのミスリルの塊がぱっくりと二つに割れた
「おお、凄え!本当に割れた!」
思わずそう叫ぶと、見ていたフュンフさんが吹き出し、遅れてドワーフの職人さん達も揃って笑い出した。
「タガネを打ちつけて、割れたと驚かれてもなあ」
「それ以外に、どうなると思っとったんじゃろうなあ」
呆れたように言われて俺も笑いながら真っ二つに割れたミスリルの塊を見る。
「いや、そりゃあそうですけど。こんなのやった事無いですからねえ。何だか割れただけですっごい仕事した気分になりました。ありがとうございます」
照れを誤魔化すようにそう言って笑い、道具をオンハルトの爺さんに返す。
「ええと、大事な道具を貸してくれて、ありがとうございます」
そう言って両手で持って爺さんに差し出すみたいにして返すと、なぜかドワーフの職人さん達に驚かれたよ。
え? そりゃあ当然だろう。
俺は人の道具を粗末に扱うような事、絶対にしないよ?