ギルドの仲間達
ぺしぺしぺし……。
うん、待ってくれ。起きるから。
翌朝、俺はいつものようにニニの腹毛の海と、マックスのむくむくの背中に埋もれて気持ち良く熟睡しているところを、シャムエル様のペシペシ攻撃で目を覚ました。
だけど、眠くて目が開かない。
ニニのもふもふの中に潜り込もうとした時、反対側を柔らかい肉球に思いっきり踏みつけられた。
「起きてください! もう外はすっかり明るいですよ」
タロンの声に、俺は薄眼を開けた。押さえられた頬をふみふみされている。
おお、真剣な顔して踏んでるぞ。
そのまま寝たふりで、俺はタロンの柔らかい肉球マッサージを堪能した。
しかし、俺が寝たふりをしていた事は、どうやらバレバレだったらしく、段々と踏んでいる前足に力が入ってくる。そして次の瞬間……。
「痛い! 待ってくれって。爪はやめてくれって」
飛び起きた俺は、タロンを抱えて顔を揉みくちゃにしてやった。
「ご主人、起きた!」
タロンは嬉しそうにそう言って、揉みくちゃにされたまま大きく喉を鳴らした。
「おにぎりの刑だ!」
両手で、おにぎりを握るみたいに丸めるようにしてぎゅっとしてやる。
タロンの喉の音が更に大きくなり、完全に体から力が抜けて、俺の腕の寄りかかってる。
笑って、そのままニニの腹の上に転がしてやった。
ニニが大きな舌で溶けているタロンを舐めるのを横目で見ながら、俺はサクラに綺麗にしてもらっていつもの防具を身に付けていった。
「さて、今日はどうするのかね? 予定では、新しいジェムをギルドに引き取ってもらって、ベルトを受け取って出発の予定だったんだけどな」
伸びをしながらそんな事を呟いていると、ノックの音がしてハスフェルの声が聞こえた。
「おはよう。もう起きてるか?」
「ああ、おはよう、起きてるよ。アクア、丁度いいや、開けてやってくれるか」
案外器用なスライム達は、扉の開閉や鍵の開け閉めぐらいはお手の物だ。
アクアが扉を開けてやると、シリウスを連れたすっかり身支度を整えたハスフェルが入って来た。
「食事が済んだら革工房に顔を出すぞ。出来上がるのを待って頼んでいたベルトを引きとったら、そのまま出発だ。煩わしいのとは、関わり合いにならないに限るからな」
「了解。じゃあ、まずは朝飯だな」
コーヒーを取り出し、サンドイッチを適当に取り出す。野菜サラダも出しておき、俺達はまずは食事をする事にした。
「あ、ごめん。ほらどうぞ」
起きてきたタロンが、俺の足元に座ったのを見て、俺はサクラに預けてあった、タロン用の鶏肉をお皿に入れて出してやった。
「いつもこれだけど、飽きないか?」
「別に、ご主人がくれる鶏肉は美味しいから好きだよ」
あっと言う間に食べ終わったタロンは、そう言って目を細めてご機嫌で身繕いを始めた。
滑らかな背中を撫でてやり、残りのサンドイッチを口に入れた。
そういや、タロンもいつの間にか俺の事をご主人って呼んでるな。
まあ、俺は、こいつらと話が出来れば、呼び名なんてなんでも良いけどね
「新しく手に入れたジェムとかを、ギルドに引き取ってもらおうかと思っていたんだけど、じゃあもう時間が掛かりそうだしやめておくか」
食べ終わった食器を、サクラに綺麗にしてもらいながら振り返ると、ハスフェルは机に座ったシャムエル様と何やら話をしていた。
「それなら、すぐに用意してもらえる金額程度に引き取ってもらえば良いぞ。急ぐといえば無理に引き止められる事はないから安心しろ」
「そっか、じゃあ先にギルドに顔を出しておくか」
俺の言葉に、彼も立ち上がった。
そのまま宿泊所を出て、隣のギルドの建物に入ろうとしたところで、慌てたように駆け寄ってきたへクターに腕を掴まれた。
「ああ、おはよう。どうしたんだ? いきなり」
「今、中には行かないほうが良い。ちょっと嫌な奴が来ているんだ」
そう言うと、半ば強引に俺は腕を掴まれて建物の横の路地へ連れて行かれた。
当然のようにマックス達も全員揃って付いてくる。お陰で狭い路地は、特設のもふもふ会場になったよ。
俺の背中にある、ニニの胸毛にうもれながら歩いていると、ヘクターは路地の途中で止まった。
「ほら、ここからなら聞こえるから」
言われて聞き耳をたてると、確かに中の部屋で話している声が、少し開いた窓からよく聞こえてきた。
「だから、そのような事はギルドでは指示しない。取り引きをするかどうか、それは、あくまでもそれぞれの冒険者達の判断に委ねられる」
「こちらのギルドにも、少しばかり儲けさせてあげようと言っているのに、一体何が不満なんですか? 金額の吊り上げですか? ええ良いでしょう、いくら欲しいんですか?」
窓から聞こえるその声は、間違い無く昨日のあの男だ。
「金の話では無い。お忘れのようだが、冒険者ギルドは、あくまで冒険者同士の相互扶助の為の組織なのだ。誰かが誰かに向かって一方的な命令をするような組織では無い!」
ギルドマスターが思いっきり机を叩く音がして、聞いていた俺達は飛び上がった。
「全く、話になりませんね。分かりました、もう貴方には頼みません」
「二度と来るな! この金の亡者が!」
ギルドマスターの大声と扉の閉まる音がする。
……沈黙。
「どうだ? これぐらい言っておけば、奴も少しは考えるんじゃ無いか?」
いきなり頭上から降ってきた声に、俺はもう一度飛び上がった。
「おはようございます。ええと、すみません。朝から、なんだかご迷惑をお掛けしたみたいで」
頭を下げる俺に、窓から顔を出したギルドマスターは笑っている。
「まあ、お前さんみたいに目立つのがウロウロしていたら、いつかは目をつけられるんじゃ無いかと心配していたんだよ。だけど、その前に出発してくれたから安心していたんだがな」
肩を竦めるギルドマスターを見て、俺は聞いてみる事にした。
「あの、ユースティル商会って、この世界では大きいんですか?」
「いや、大きな顔をしているのは、こことチェスターまでだな。アポンはまた別の大手の商会が幅を利かせているぞ」
その答えに、俺はハスフェルを見た。
「だったら、チェスターは素通りして、アポンまで行けばどうだ? どうせ俺達は、街道をずっと進んでいる訳じゃ無いからさ。そのまま先へ進む事も可能だろう?」
「あ、確かにそういう手もあるな。良いんじゃ無いか。別に、何がなんでもチェスターへ行く必要はないんだからな」
苦笑いしながらハスフェルが頷いてくれたので、俺は小さく笑ってギルドマスターを見上げた。
「ええと、いくつか新しいジェムを引き取ってもらおうかと思っていたんだけど、ここで渡しても良いですかね?」
「おお、構わんぞ。これぞまさしく裏取引だな」
満面の笑みのギルドマスターの言葉に、俺達は同時に吹き出した。
結局相談の末、タートルツリーのジェムを50個と、ナイトメアのジェムを50個、それから、ブラウンマッドフィッシュを十匹引き取ってもらう事になった。
「すまんがそこで待っててくれ、すぐに金を用意するからな」
走り去る音が聞こえなくなり、その場は妙な沈黙に包まれた。
ヘクターも結局、ずっとあのまま付き合ってくれている。
「なあ、一応俺からの忠告なんだが、もしも、もしも従魔を売る気があったとしても、あの商会にだけは売らないほうが良い。はっきり言って、従魔なんてただの獣だと思っている。当たり前のように鎖で繋ぐぞ」
「絶対売らないよ」
断言した俺に、ヘクターはホッとしたように笑った。
「当たり前だよな。お前は従魔の事をとても大事にしているもんな。良かったな、良いご主人で」
前にいるマックスの背中を叩いて、ヘクターは小さくため息を吐いた。
「まあ、余計なお世話かと思ったんだが、お前さんはまだ世間慣れしていないからさ」
「いや、ありがとう、気にかけてくれて感謝するよ」
止めてくれなかったら、そのまま知らずにギルドに入ってあの男と鉢合わせしていた所だ。それだけでも感謝だよ。
「待たせたな。代金だ」
窓から大きな袋が差し出される。
「内訳だが、タートルツリーのジェムは、ひとつ金貨25枚、ナイトメアは、一つ金貨30枚だ。それからブラウンマッドフィッシュは、一匹につき金貨5枚だ」
メモを見ながら、説明してくれる。
「おお、そりゃあ凄え」
感心するヘクターに笑って、俺は差し出されたずっしりと重い袋を受け取った。
「ヘクター、もう大丈夫だ。男は建物の中に戻って行ったぞ」
その時路地の先から声がして、路地の周りにいた冒険者達が何となく散っていなくなった。
「おお、皆で路地を隠してくれていたのかよ」
ちょっと感動してヘクターを見ると彼は照れたように笑った。
「困った時はお互い様さ。お前さんも、誰か、困ってる冒険者がいたら助けてやってくれよな」
「ああ、分かった。それじゃあ行くよ」
路地から出ると、周りの皆もチラチラとこっちを見て、手を振ったり笑ってくれたりしている。
「それじゃあ、また会おう。絆の共にあらん事を」
差し出した手を握り返したヘクターは、俺の言葉に一瞬目を瞬かせたが、次に満面の笑みになった。
「良いなそれ。絆の共にあらん事を」
顔を見合わせて笑い合った。
マックスの背に乗り、同じくシリウスに乗ったハスフェルと一緒に、足早に道の端を駆け足で革工房を目指した。ニニはぴったりとマックスの後ろに付いている。
無事に革工房に到着した時には、心底ホッとしたね。
「おお、もう来たのか。もう少し待ってくれ。今、最後の仕上げをしている所だ。良かったら中で待っててくれ」
店先にいたフォルトが、俺達に気付いて笑顔で手を振ってくれた。
「朝から申し訳ないけど、じゃあ待ってるからよろしく頼むよ」
当然のように全員店の中に入らせてもらい、とにかくここで仕上がりを待たせてもらう事にした。
「諦めるかな?」
「どうだろうな。まあ、いざとなったら俺に任せろ。お前は何も言うなよ。あいつは俺が魔獣使いだと勝手に勘違いしてくれている。そもそもその時点で、商人としては三流だな。見かけだけで人を判断するなんてな」
「まあ、ハスフェルと俺が並んでいて、後ろにマックスやニニ、シリウスが並んでいて、どっちが魔獣使いだって言われたら、十人中十人がハスフェルが魔獣使いだと思うだろうけどな」
はっきり言って、貫禄に違いがあり過ぎる。
「ケンも強いと思うけどね」
俺の右肩に座ってくつろいでいたシャムエル様の言葉に、俺も苦笑いして頷いた。
「まあ、街の人や冒険者達を見ていたら、自分でも確かにそこそこは出来ると思ってるよ。簡単に負けない自信はあるけど、ハスフェルとは競う気にもならないよ。違い過ぎて俺なんかじゃあ相手にならないって」
そう言って首を振ると、横から彼が満面の笑みで覗き込んできた。
「それはもしや、俺が強くて格好良いと褒めてくれているのか?」
まあ、はっきり言うとそう思ってるけど、正直に頷くのは何だか悔しくて、笑いながら舌を出してやった。
それから後は、どうやったら持久力が付くかって話で、フォルトが出来上がったベルトを持ってきてくれるまで盛り上がった。