肉は正義!
「おお、良いねえ良いねえ。鶏の丸焼き! 串焼きにハムやステーキ! そしてこの漂う香り!」
肉の専門屋台が並ぶその一角は、確かに肉好きにとってはパラダイス空間だったよ。
「ええと、この鶏の丸焼き。いくつ買う?」
まず、これは夕食用だ。そう思って後ろにいるハスフェル達を振り返る。
「一人一羽は絶対食いたい」
真顔でそう答える三人を見て、俺はちょっと遠い目になる。どんだけ食う気だよ。
「ええと、まとめて欲しいんですけど、今って何羽ありますか?」
今、ぐるぐる回って焼かれているのは全部で八羽。
それ以外に、横にある鉄板の上にもこんがり焼いたのが六羽並んでいる。
「はい、すぐご用意出来るのでしたらこちらの六羽分ですね」
「あれ、今焼いてるのはまだ駄目なのか?」
「もう焼けてるみたいに見えるけどなあ」
後ろからハスフェルとギイが焼いている鶏をガン見しながらそう尋ねる。
「申し訳ありませんが、こいつはあともう一回、仕上げのタレを塗らないといけないんですよ。ですから焼き上がるまでもう少しってところですね」
苦笑いした店主らしき大柄な男性が、タレの入ったバケツを手にする。笑ってそう言うと、バケツに突っ込んであった幅10センチくらいありそうな巨大な刷毛で鶏の丸焼きに醤油みたいなタレを塗り始めた。
タレが下にある金網に落ちて香ばしい香りが立つ。金網の下からは脂が散って炎が上がっている。
「うああ、香りだけってどんな拷問だよ!」
ギイの叫びに、あちこちから笑い声が聞こえた。
「じゃあ、その六羽を全部いただいても良いですかね」
「もちろんです。ありがとうございます! ええと、お皿があればそこに乗せますが、何かお持ちでしょうか?」
少し考えて空のバットを取り出し、三羽ずつ入れてもらった。
笑顔で見送ってくれる店主に手を振り、次に向かったのは巨大な肉を塊で焼いている店だ。
「あれは多分、以前何処かの街で見たみたいに焼けた部分をそぎ切りにしてくれるんだろうなあ」
「あれはそうだけど、そっちの小さい塊はそのまま売ってくれるぞ」
俺の呟きに笑ったハスフェルが指差したのは、巨大な肉を焼いてる屋台の隣にあった、鉄板焼きの屋台だ。
そこではどうやら生肉じゃなくてハムを網焼きにしているらしく、大きいのは分厚くスライスして、拳サイズのはそのまま丸焼きにしている。しかも見ていると殆どの人がそのまま塊で買って行っている。
「あそこはお勧めだぞ。あのスライスして焼いたハムは丸ごとパンに挟んでくれる。あのハムも絶品だぞ」
その瞬間、昼飯は決まったよ。
て事で、まずは四人分焼いたスライスハムで即席サンドを作ってもらう。作ってもらっている間に、焼いたハムの塊もあるだけお願いしておく。
パニーニみたいな平たいやや硬めのパンを二枚に下ろし、たっぷりのマスタードとマヨネーズを塗ってからハムを挟んでくれる。
野菜の類は一切無し。いっそ潔いぞ。
「お待たせ。熱いから気をつけてな」
木製の小皿に一個ずつ乗せて渡してくれる。食ったら皿は返すシステムみたいだ。それから、これも空のバットに買ったハムの塊を並べてもらった。
少し離れた場所に椅子が並んでいるけど、俺達は従魔がいるから一旦下がって端っこの空いた場所にそれぞれの従魔と一緒に座る。一旦サクラに即席サンドの乗ったお皿を預けておいて、コーヒーの屋台でマイカップにたっぷりおすすめのコーヒーを入れてもらう。
「どれどれ、ではいただきま〜す!」
シャムエル様の真似をして、リズムよくいただきますを言ってから思いっきり大きな口を開けて齧り付く。
香ばしい焼けた香りとプリップリのハム。やや硬めのパンとの相性もバッチリだ。
「これは美味い! 是非とも買い置きしておこう。ああそう言えば朝飯食ったパン屋にも寄りたいけど時間あるかなあ」
さっきもらったチラシを思い出しながらそう呟く。
「まあ、まだ十二時の鐘が鳴っていないくらいの時間だから、別に見に行っても構わないんじゃないか?」
「それじゃあ、とっとと食って見に行かせてもらうよ」
そう言って二口目を齧ろうとしたところで、いきなり右肩にワープしてきたシャムエル様に耳たぶを引っ張られた。
「痛い痛い、だからそのちっこい手で摘むんじゃねえって」
慌てて耳を押さえて掴んでる手を離させる。
「食、べ、たい! 食、べ、たい! 食べたいよったら食べたいよ〜〜!」
俺の指を掴んだまま勢いよくステップを踏んでいるらしいシャムエル様。
残念ながら肩の上だったので、今日のダンスを見逃しちゃったよ。
「はいはい、これが食いたいんだな」
齧らせてやろうと掴んでいたのを差し出すと、いきなりハムを掴んで引っ張り出し始めた。
「どわあ〜〜だからちょっと待って。俺の食う分を全部持って行かないでくれってば」
ムッとした感じで手を止めたシャムエル様を見てため息を吐く。
「分かった。もう一個買ってくるから待ってくれって」
「じゃあこっちの方が食べやすそうだから、これを貰うね〜〜!」
一気に機嫌が直ったらしいシャムエル様は、尻尾をブンブンと振り回しながら一旦サクラが持ってくれている皿の上に乗せた俺の食べかけのハムサンドの横にワープして来た。
「はいはい、お好きにどうぞ」
俺が齧った部分に頭を突っ込むみたいにして食べ始めたシャムエル様の尻尾をこっそり突っついてから、俺はもう一個自分の分を買うために屋台へ向かった。