朝市巡り!
「おお、確かにこれは凄い」
バイゼンヘ来てすぐに出会ったアッカーさんから教えてもらった朝市通りは、その名の通りに広い道の左右をぎっしりと様々な店がひしめき合うようにして並んでいた。
「おお、季節が変わったせいか、並んでる品物に変化があるなあ」
どうやらここバイゼンでは、ハンプールの街よりも気温が低く早くも冬の気配を感じている。
当然、店頭に並ぶ品物にもそれは顕著に現れていて、夏野菜はすっかりなりを潜め、代わりに冬の野菜や果物が並び始めていた。
「おお、白菜発見! その横は白ネギだな。よしよし、鍋料理が充実するぞ」
作り置きは、差し入れで貰ったのや、師匠から頂いたのがまだまだあるから慌てて作らなくても良いんだけど、やっぱり旬のものは見つけたら欲しくなるよね。
って事でマックスから降りた俺は、ハスフェルにマックスを託してまずは八百屋へ突進していった。
懐かしの皮が柔らかいみかんを見つけて大量買い。よし、後で凍らせて保存しておこう。実は俺、冷凍みかんが大好きなんだよなあ。よく、安売りされてるのをまとめ買いして、冷凍庫へそのまま放り込んでおいたんだよなあ。
「思い出したら食べたくなった。宿泊所に戻ったら、早速冷凍しておこう」
買った野菜や果物をどんどん鞄に押し込みつつ、順番に店を見て回る。
いちごも大粒のが並んでいたので、お願いしてまとめ買いさせてもらった。
「よしよし、久しぶりにいちごが大量に手に入ったぞ。後で何かデザートとか出来ないか調べてみよう」
嬉々として店を見て回る俺の後ろから、少し離れてハスフェル達が面白そうに俺のする事を眺めていたのだった。
「おお、栗の専門店発見! しかも複数あるよ。へえ、確かにハンプールで売ってた栗よりもかなり大粒だよ」
自分の大好きな栗を見て大喜びの俺は、吸い込まれるみたいにその一角へ近寄っていった。
聞けば、ハスフェル達が言っていた通り、栗を扱ってるのはどの店もバイゼンから街道を南下した最初の大きな街であるウォルスの街から来ている人達らしく、秋から春先まで、ここで栗の販売をしているらしい。何それ、俺の為に来てくれてるんじゃないよね?
しかも、複数の店が生の栗だけで無く、加工品も扱っていたんだよ。
そう、栗の甘露煮とかマロングラッセなんかだよ。これはいろんな店でいろいろと大量に買わせてもらい、また来週にはどの店も大量に持ってきてくれると言うので、再訪する決心をしたね。
よし、俺のバイゼンでのおやつは栗に決定だ!
焼き栗の専門店なんてのもあった。しかも複数。
どこも専用の焼き台を出して、焼き立ての栗を計り売りしてたんだよ。それもお願いして大量買いさせてもらった。
よしよし、またシャムエル様やシルヴァ達が喜びそうなお菓子を作ってやれそうだ。
大粒の生の栗を大量に買ったお店で、おまけだと言って小粒の焼き栗が山ほど入った袋をもらって大喜びしていると、他の店の人達までが次から次へとおまけだと言っていろんなものをくれて、嬉しいやら申し訳ないやらで大いに焦っていた。
だけど、こんなにたくさん買ってもらってありがたいから良いんだと言われてしまい、お礼を言って遠慮なく貰っておく事にしたよ。
「なるほどなあ。あれだけ嬉しそうに買われたら、そりゃあ店の人だっておまけの一つくらいはしたくなるなあ」
「だよなあ。得な性分だ」
「まあ、我らもそのおかげで美味いものが食えるんだから、有難い話さ」
後ろで完全に面白がってるハスフェル達の声が聞こえて、栗の屋台からようやく離れた俺は、まだ熱々のおまけの栗が入った袋を抱えたままにんまりと笑った。
「これは俺がもらった栗だから〜俺が食うんだぞ〜〜」
「ああ、そんな事言わずに、ちょっとくらい分けてくれよ!」
ノリの良いギイが、俺の言葉に打ちひしがれるみたいに頭を抱えた後、俺に向かって手を広げるみたいにして差し出す。
「分かったよ、じゃあちょっとだけな」
そう言って一粒だけ渡してやると、なぜかハスフェル達だけでなく後ろの屋台の人達まで一緒になって揃って吹き出し、俺達は揃ってその場で大笑いになったのだった。
「じゃあまた来ますね」
「おう、山盛りにして待ち構えてるぜ! いつでも来てくれよな!」
店の人達に笑顔で見送られてその場を離れ、時折焼き栗を摘みつつ見て周り、他にも良さそうなのがあればせっせと買っては鞄に押し込むのを繰り返した。
「ねえ、あれ何? すっごく大きなみかんだよ。買ってください!」
突然、マックスの頭の上に座っていたシャムエル様が、俺の肩に現れて俺の頬をぺしぺしと叩き始めた。
「ええ、何だよいきなり」
別の店を見ていた俺は、驚いて振り返る。シャムエル様が指差す先にあったのは、八百屋の店頭に並んでいた巨大な柑橘類だった。多分あれは柚子だと思う。
表面はまるで岩みたいにゴツゴツとしていて、バレーボールよりもちょっと小さいくらいだから、柑橘系としてはおそらく最大クラスの大きさだろう。
「まあ、確かに食うところはたくさんありそうだけど、これは初めて見るなあ」
子供の頃に食べたザボンとかいうグレープフルーツよりもまだ大きかったそれよりも、目の前の謎の柑橘はまだ大きかった。
「いらっしゃいお兄さん。これは鬼柚子って言って、そのままじゃ無くて加工して食べるのが一般的だよ」
俺がその柚子みたいなのをガン見していたら、気付いた店の人が笑顔で教えてくれた。
「へえ、加工して食べるんだ。ええと、俺は初めて見たんですけど、どうやって食べるんですか?」
分からない事は素直に聞くのが一番だ。
俺の質問に奥から出てきてくれたそのおばさんは、鬼柚子を手にして半分に手で切る振りをした。
「これは主に、果肉じゃ無くて皮を加工するんだよ。ジャムにしたり、ピールって呼ばれる砂糖煮にしたりするねえ。こんなんで良ければレシピがあるよ」
そう言って、手書きのメモを見せてくれる。
どうやら作るのにはかなり手間がかかるみたいだけど、かなり美味しいデザートやおやつになるみたいだ。
柑橘系は決して嫌いではない俺も興味津々でレシピを読み込む。
「ああ、欲しけりゃあげるよ。たまにレシピを聞いてくる人がいるから書き出してあるんだよ」
笑ってそう言い、その手書きのレシピをそのまま渡してくれる。
「良いんですか。じゃあその鬼柚子、あるだけもらっていきます。ダメならそちらが良いだけください」
にっこり笑ってそう言った俺を見て、そのおばさんは驚いて目を瞬いた後に急に笑い出した。
「おやおや、そりゃあ嬉しい事を言ってくれるじゃないか。もちろんだよ、ありったけ持って行きな」
笑顔でそう言い、店頭に並んでいた四個と、奥の在庫から全部で三十個の鬼柚子を出してきてくれた。
「よしよし、果物と野菜はこんなものだな。じゃあ次はお待ちかねの、あの奥にあるさっきから良い匂いをさせてる肉の屋台を見に行こうじゃないか」
俺の言葉に、ハスフェル達も大喜びで拍手をしながら嬉々として俺の後に続いた。
だって俺達の視線の先にあったのは、巨大なグリルで丸焼きにした綺麗な茶色に輝く鶏や、同じく串に刺した巨大な肉の塊だったんだよ。
これを肉好きの彼らが見逃すわけないよな。