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水炊きと祈りの時間

「肉が煮えるまで、あともうちょいってとこかな」

 ようやく沸いてきた、大量の鶏肉と野菜やキノコなどの具が入った鍋を見ながらそう呟く。



「待ってるよ! 待ってるよ! 待ってる待ってる待ってるよ〜〜!」

 机の上ではサクラが取り出してくれた小鉢の山の横で、いつものお椀を手にしたシャムエル様が同じくグラスを手にしたカリディアと並んで謎の新曲でダンスを踊って飛び跳ねている。

 お椀とグラスを上下にゆっくりと振りながら足元は前後にステップを踏み、時折大きく跳ね上がるみたいに飛び上がっている。

 当然の如く、二人のステップは一糸乱れぬシンクロっぷりで、ジャンプに至っては飛ぶ高さまでが完全に一致している。

 時折カリディアがシャムエル様とは正反対の動きをするのが、これまた良いアクセントになっている。

「何だよそれ」

「新作ダンスと新曲の、待ってるダンスです!」

 クルッととんぼ返りを切ってそう答えるシャムエル様に遅れる事なく瞬時にとんぼ返りを決めるカリディアを見て、俺だけじゃ無くハスフェル達も一緒になって吹き出す。



「しかし見事なダンスだなあ。見るのが俺達だけだなんてちょっと勿体ないよ」

 最後に鍋の沸き立っている所に崩れやすい豆腐をそっと入れながらそう呟くと、まだステップを踏んでいるシャムエル様が笑って首を振る。

「カリディアにとっては、踊る事そのものが祈りと同じ意味を持つし、私のダンスはシルヴァ達も見てくれてるんだよ」

 意外な言葉に、鍋のアクを掬っていた手が思わず止まる。

「へ、へえ。そうなんだ」

 シルヴァ達が見てるというのも驚きだけど、カリディアの踊りが祈りと同じ意味を持つってのも驚きだった。

「ああそうか。確かカリディアの故郷の森では、木の長老に踊りを踊って見せるんだって言っていたなあ。成る程。そうやって踊る事そのものが祈りと同意語なわけか」

 カリディアを発見した後に初めて見るパルウム・スキウルスってのが何かって説明を聞いた時に、そんな話を聞いた覚えがあるのを思い出して小さく頷く。

「そうです。故郷にいた頃には、私自身の存在をかけてエントの長老の木の前で踊り続けました。今では故郷からは遠く離れてしまいましたが……ですがシャムエル様が、ここで踊ったとしても、エントの長老にもきっと想いは届くだろうと言ってくださいました。なので、私は今でも長老の前で踊るのと同じ気持ちで踊っています」

 空のグラスを置いたカリディアが、少し照れたように笑ってそう言ってる。



 単に食事前の欲望にまみれた自己主張ダンスなのに、それでいいのか! ってセリフをグッと飲み込む。

 まあ、シャムエル様自身がこの世界の創造神様なんだから、確かにこれも一種の神前の踊りと言えばそうなのかもしれない。

「ステップの一つも踏めないダンス音痴な俺には、シャムエル様とカリディアが踊ってるのを見ても、ただ凄いとしか言えないよ」

 笑ってそう言い、カリディアをそっと撫でてやる。

「おお、背中の毛ももふもふなんだなあ」

 ゆっくりと何度も撫でてふわふわな毛並みを楽しみ尻尾もこっそり撫でていると、火を止め忘れていた鍋が沸き過ぎでいきなり大きな音と共に豪快に吹きこぼれた。



 ジュジュジュジュジュ〜〜〜!

 コンロの五徳に当たって、鍋から吹きこぼれた出汁が賑やかな音を立てる。



「どわあ〜〜!」

 音を聞いて慌てて振り返った俺は、カリディアを右手に抱いたまま大急ぎで左の手でコンロの火を止める。

「危ない危ない。おお、音は大きかったけどそれほど大量には吹きこぼれずに済んだな。うわあ、でもコンロ周りはびちょびちょだよ。これは冷めてからスライム達に綺麗にしてもらおう」

 苦笑いしてそう呟き、カリディアを肩に座らせてやってから別のコンロに鍋を移す。

 改めて火をつけてトロ火にしておき、一つため息を吐いてから振り返った。

「お待たせ。出来たぞ」

「おう、せっかくの夕食が台無しになるかと心配したけど、大丈夫だったみたいだな」

 苦笑いするハスフェルにそう言われて、顔を見合わせて揃って大笑いになったのだった。



「って事で、鍋は無事だったのでどうぞお召し上がりください!」

 師匠特製のポン酢と胡麻だれを取り出して並べてそう言うと、それぞれ携帯用の鍋を手にした三人が嬉々として鍋に集まる。

「出遅れてなるものか!」

 慌てて俺も、自分で収納していた携帯用の鍋の大きな方を取り出して自分の分とシャムエル様の分を確保すべく鍋に突撃したのだった。

 子供みたいに笑ってハイランドチキンの肉の取り合いをしながら、それぞれ山盛りに確保する。

「最初はポン酢で頂くぞ」

 小鉢にまずはポン酢をたっぷりと取り、少し考えてもう一つ取った小鉢に胡麻だれを入れる。

 それから取り出した冷えたビールと一緒に、いつもの簡易祭壇に俺の分の小鍋と二種類のタレの入った小鉢を並べた。

「今日の夕食はハイランドチキンで水炊きにしてみたよ。タレは師匠特製のポン酢と胡麻だれの二種類があるから、好きな方でどうぞ」

 そう言って、手を合わせて目を閉じる。

 カリディアが踊りを神様に捧げるのが祈りなのだとしたら、これが言ってみれば俺なりの祈りの時間なわけだ。

 いつものように納めの手が俺の頭を撫でてから小鍋とタレの入った小鉢、それから冷えたビールも撫でてから消えていくのをいつも以上に真剣な気持ちで見送った。



「次はいつ会えるかなあ。ここバイゼンでも家を買うつもりだからさ。良かったら気まぐれでも構わないからいつでも遊びに来てくれよな」

 ちょっと出そうになった涙を誤魔化す意味も含めて、小鍋を手にそう呟く。

 その瞬間、祭壇の下にまたしても金貨の入った袋が大量に積み上がり、ハスフェル達が吹き出す。

「だから資金は充分過ぎるくらいにあるから、もう資金援助はいらないってば〜〜〜!」

 叫んだ俺は、悪くないと思う。

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― 新着の感想 ―
またまた資金援助が~~~増えた(;^ω^)
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