問題とその対策について
居酒屋で金を払って宿に戻った俺達は、ひとまず俺の部屋に集まり、先程の男が残していったカードを改めて見てみた。
「ユースティル商会レスタム支部……ああ、やっぱりここか」
取り出したカードを見るなりハスフェルが嫌そうにそう言って、いきなりそのカードを握り潰した。
そして、ポケットから俺が持っているのと同じようなライターを取り出し、握り潰したカードを燃やしてしまったのだ。俺が見る間もなく、あっという間の出来事だった。
「ええと、そのユースティル商会って、知ってるのか?」
この世界の事にまだまだ疎い俺には、ユースティル商会と言われても、何の事だかさっぱり分からない。
すると、俺の質問に、ハスフェルは本気で嫌そうに顔をしかめた。
「ユースティル商会は、元はかなり古い店で服の生地を扱う布屋だったんだ。だが、今の当主は金持ち相手に手広く商売をして、様々な品物を卸して大儲けしている。奴隷や従魔は、ここの目玉商品だよ」
「ええ! この世界って、奴隷なんているのかよ。それって良いのかよ」
俺の言葉に、ハスフェルは首を振った。
「この世界でも、表向きは人の売買は禁じられている。だが、金持ちの貴族や一部の人間達は、当たり前のように奴隷を持っているぞ。樹海で獣人を見ただろう? 彼らは奴隷商人にとっては垂涎の的の、高値確実の獲物だよ」
その言葉に、俺は樹海で会ったリュートを思い出した。
「じゃあ、もしかして俺があの子を連れて樹海から出て来ていたら……」
「俺は、もしもお前らがそんな事になりそうなら絶対に止めたけどな。樹海の中でなら安全だが、外の世界は獣人達にとっては、決して住み良い世界では無い」
俺の未来の嫁(?)かもしれない子に、なんて事を!
しかし、腹が立つと同時に怖くなって来た。お気楽に、この世界で楽しく過ごす予定だったのに、何やら雲行きが怪しくなって来たよ。
「ええ、そんな所と俺は絶対関わり合いになりたく無いよ。さっきの男も、はっきり言って、友達には絶対なりたく無いタイプだったしな」
思わず、思いっきり首を振って叫ぶと、俺の声を聞いてハスフェルだけでなく、いつの間にか彼の肩に現れたシャムエル様までが揃って大きく頷いている。
「まあ、あそこもちょっと目に余って来てたから、そろそろなんとかしようと思っていたんだよね。もしも、ケンやハスフェルに手出しするようなら、その時は容赦しないからね」
「シャムエル様……可愛いお顔してるのに、何、その邪悪な笑みは。ってか、創造主様なんだろう?どうしてあんなのを作ったんだよ!」
俺の突っ込みに、シャムエル様までもが、思いっきり嫌そうな顔になった。
「以前も、ギルドがどこにあるかって話の時にも言ったと思うけど、そこまで細かく私が作ったわけじゃ無いよ。私がやっているのは、裏からこの世界を整えて、皆が暮らしやすいようにする事だけだって。基本的には、私はこの世界には直接手出し出来ない。私の姿が見えて、声が聞こえるのなんて……本当に、ごく一握りの人だけで、後は、祭壇でかりそめの姿をごく稀に見せる程度。それだって……実際には何一つ手出しは出来ないんだよ。それは、私自身がそう決めたんだ。箱は作ったけど、中に生きる人達にまで、細かく干渉することはしないってね」
成る程、この世界はシャムエルさまにとって、言ってみればシミュレーションの世界で、街や住んでいる人々は、世界の条件を整えるといわば勝手に増えたり減ったりしてるわけだ。
妙な納得の仕方だったが、ほぼ考え方としては間違っていないのだろう。
前回の、ブラウングラスホッパーを退治した時だって、俺の身体を借りたからこそあんな無茶が出来たわけで、あれだって、本来ならハスフェルがするべき役割だったみたいだもんな。
「そっか、創造主様って言ったって、何でもかんでも出来るわけじゃ無いんだな」
納得して笑った俺に、シャムエル様は、何故だかドヤ顔になった。
「まあ、それはあくまで彼らに与えた範囲の中でなら、って条件がつくよ。私は、この世界にあまり極端な上下関係は望まない。元々奴隷は、食い詰めて頼る先が無くなった人達を、裕福な者が住み込みで雇い入れて面倒を見ると言う側面があったんだ。最初はそうだった。だけど、いつの間にか、奴隷にするために狩られる人が出始めて、正直困っていたんだ。だけど、世界の崩壊の危機って大問題があって、必死になって何とか支えている状態だったから、その間に色々な問題を放置したままになってるんだよね。今なら、もう世界は安定したし、なんとか出来そう。いっそ、向こうから手出ししてくれたら話は早いんだけどなあ」
「だから、シャムエル様、その邪悪な笑みはやめろって! ってか、待て! ハスフェルまで、そんな顔して笑うな!」
俺の悲鳴に、二人は揃って鼻で笑ってるし。俺、何か間違った事言ったか?
「なあ、腹が立つ気持ちはわかるけど、お願いだから、出来るだけ穏便に解決出来るように頼むよ……。俺は、ヘタレだって言われるかもしれないけど、正直言って、武器を持つ人とは争いたく無いよ」
自分で言ってても情けないと思うけど、ジェムモンスターと戦うのとは訳が違う。本気の殴り合いの喧嘩もした事の無い俺に、武器を持って人と対峙する勇気は無い。
俺の言葉に、ハスフェルは頷いてくれた。
「俺だって、自分から人と争いたくは無いさ。まあ、武器を持って襲って来られれば別だけどな」
「万一そんな事になったら、マックスに乗って即行で逃げます!」
はっきり言ってヘタレの極みの宣言だったけど、彼は笑わなかった。
「それは当然だ。シャムエルから聞いたが、お前が元々いた世界は、武器を持って争う事をしない世界だったのだろう。そのような世界から来て、ここに順応しているだけでも大したものだよ」
「それはもういいって。じゃあ、具体的にはどうする? 明日には、頼んでいる革のベルトが出来上がるんだし、対策を考えておかなくて良いか?」
正直言って、この世界に詳しいハスフェルがいてくれてめっちゃ心強い。ヘタレの俺だけだと、もう一目散に逃げるぐらいしか思いつかないよ。
「まあ、お前の考えは分かった。俺だって無駄な争いはしたくは無い。明日、頼んでいたベルトを引き取ったら、悪いがすぐにここを発とう。チェスターまでの予定だったが、向こうの出方次第によっては、もう少し一緒にいてやる事になるかもしれんしな」
頼もしい言葉に、俺はちょっと安心した。
しかし、俺の右肩に戻ってきたシャムエル様は、またしても何やら邪悪な笑みを浮かべているよ。
「まあ、とりあえず君達の考えは理解したよ。それじゃあ、向こうの出方を見る事にしようか」
「だから、可愛い姿でその邪悪な笑みはやめろって!」
もう一度叫んだ俺に、二人揃って、またしても鼻で笑ってたよ。その笑み、怖いって。
「もう、この話は終わり! 晩飯食ったしもう休もう」
話を変えるように叫んだ俺が取り出したハイランドチキンのバター焼きを見て、二人は嬉しそうな顔に戻った。
「あはは。冗談のつもりで出したのに、まだ食うのかよ。とりあえず、腹が空いてると誰でも怒りっぽくなるし、過激な考えに走りがちなんだよ。好きなだけ食って寝ろ!」
俺の言葉に、大人しく椅子に座るハスフェルを見て、タロンの為の鶏肉を手にした俺は、小さく吹き出したのだった。