買い取り手続きと家の話
「なんだなんだ。お前さん、これに乗った事があるのかよ。一体何処でだ? まだバイゼンの外には一台も出していないはずなんだけどなあ?」
一番最初に復活した商人ギルドのギルドマスターのヴァイトンさんが、不思議そうに俺を見ながら首を傾げている。
「いや、これに乗るのは正真正銘の生まれて初めてですよ。だけど体重移動で動くんだって聞けば、あとはまあほら、どうすれば良いかなんてだいたいの想像がつきますって」
誤魔化すようにそう言って笑い、ギルドマスター達のところへムービングログに乗ったままゆっくりと近づいて行き、そのまま直前で止まって見せる。
「よし、操作は完璧だな。ええと、じゃあもうこのままこれを買い取りますので、手続きをお願いします」
にっこり笑ってそう言ってやると、ヴァイトンさんはわかりやすく笑顔になった。
「お買い上げありがとうございます。それでは手続きをしますので、一旦中へどうぞ」
ちょっと改まってそう言うと、ひとまずスタッフさんにムービングログを預けてそのまま歩いて倉庫の中へ向かった。
案内されて行った倉庫の奥にある事務所の一角には応接スペースらしきものがあり、若干無理をして場所を確保しましたって感の狭いスペースに、小ぶりなソファーとテーブルのセットが無理矢理押し込むようにして置かれていた。
だけど、どう考えても俺が座るとあと一人分くらいしか座る場所は無く、苦笑いしたハスフェル達は事務所の隅で立ったまま俺のする事を見ていた。
一応、オンハルトの爺さんが来てくれて、かなり窮屈だったけどなんとか二人並んで座る事が出来た。
そこで、ヴァイトンさんが持って来てくれた取扱説明書を受け取り、改めて操作方法の説明を受け、それからギルドカードを渡して俺の口座から支払いをしてもらうようにお願いした。
手続きはすぐに終わり、これで正式にあのムービングログは俺のものになったよ。よしよし。
それからヴァイトンさんからは、出来れば整備を兼ねて一年に一度程度はここへ戻って来てムービングログを点検に出して欲しいと言われた。
「まあ、冒険者であるお前さんをこの街だけに縛るつもりはない。旅に出るのを止めるつもりもないが、たまには羽を休めにこの街へ戻って来てくるならいつでも大歓迎するぞ」
真顔のヴァイトンさんにそう言われて、笑って頷いた俺はふと隣に座るオンハルトの爺さんを見た。
「ん? どうかしたか?」
置いてあった取扱説明書を手に取って熟読していた爺さんが、俺の視線に気付いて顔を上げる。
「なあ。例の家を買うって話。ちょうど良いからここでしても良いかな、と思ってさ」
「ああ、確かにそうだな。良いんじゃないか。どうせひと冬はここで過ごすんだし、慌てずゆっくり探して貰えばいい」
「だな、じゃあ……」
そう言って、向かい側に座ったヴァイトンさんを振り返ったら、同じタイミングでヴァイトンさんがこっちに身を乗り出してきた。
「うおお! びっくりした〜!」
もうちょっとで顔面激突するところだったよ。
慌てて仰反る俺に構わず、ヴァイトンさんがテーブルに手をついて立ち上がる。
「今、今聞き捨てならない話が聞こえたぞ。家を買いたいって?」
キラッキラに星が飛びそうなくらいに目を輝かせたヴァイトンさんの叫び声に、俺とオンハルトの爺さんは同時に吹き出した。少し離れたところでは、ハスフェルとギイも同じく吹き出してる。
「ええ、そうなんです。実はここへ来る前にハンプールの街の別荘街の外れに、庭付きの大きな家を購入したんですよね。まあ、早駆け祭りで戻った時用の家にと思って購入したんですが、これが案外快適でね。なのでまあ、流浪の身としてはどこかに帰る家があるってのも良いかと思ってね」
「それでここを選んでくれたのか。そりゃあ光栄だな。もちろんいくらでも世話するよ。それでどんな家がお好みだね? 希望があれば聞くぞ」
めっちゃグイグイくるヴァイトンさんに苦笑いしつつ、俺はハンプールでも言った希望する条件を伝えた。
郊外でも構わないので、従魔達のための広い庭があるのは絶対に譲れない第一条件だ。それから家は古くても構わないから、広くて部屋数はそれなりにある家を希望したよ。
「予算は潤沢にありますのでその点はご心配無く」
苦笑いしながらそう言うと、冒険者ギルドのギルドマスターのガンスさんが嬉々として手を挙げた。
「当然だな。冒険者ギルドとしては、最高クラスの青銀貨をいつでも発行するぞ。なんなら契約にも立ち会うぞ」
「あはは、その際にはぜひ立会人をお願いします」
「了解した、では早速物件の選択にかからせてもらう。良いのを見繕って、後日改めて紹介させてもらうよ」
にっこり笑ったヴァイトンさんとがっしりと握手を交わし、分厚い取扱説明書を自分で収納しておく。
「さてと、それじゃあこれでとりあえずの用事は終わりだな。どうする? お前らも一度ムービングログに乗ってみるか?」
立ち上がった俺は、そう言いながら大きく伸びをしてハスフェル達を振り返った。