憧れの人?
「おいフクシア! お前の憧れのハンプールの英雄の訪問だぞ! 今すぐ起きろ! 寝てる場合か!」
腕を掴んでいたジャックさんの大声に、俺は思わず手を離して目を見開いた。
「はあ? 何だよそれ?」
しかし、ジャックさんの大声に対する彼女の反応は素早かった。
「ジャック! 今なんて言った!」
ソファーから、先程の女性がものすごい勢いで起き上がる。
そしてこっちを向いた瞬間、またしても叫んだ。あのシャムエル様式の雄叫びでもってね。
「ふお〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 本物の、本物のハンプールの英雄〜〜!」
叫び声と共に起き上がった彼女は、そのままの勢いでソファーから飛び降りてものすごい勢いでこっちに向かって走って来た。
そしてキキーーーーーーー!って擬音が聞こえてきそうな勢いで俺の目の前で止まった。
もう俺は驚きのあまり、固まったまま瞬きも出来ずに彼女を見つめていたよ。
「あの! あの! ま、魔獣使いの、ケンさんって、あなたで、しょうか!」
息を切らしながらもキラッキラに目を輝かせているのは、小柄とはいえどこから見ても人間の女性だ。
ええ? ドワーフの工房都市一番の職人が人間の女性??
内心では驚きつつもなんとか平然と答える。
「ええと、はい、そうです……俺が魔獣使いのケンです」
しかし、あまりにも真正面からキラッキラの目で見つめられながら聞かれて、もう恥ずかしいなんてもんじゃない。
絶対ハスフェルとギイとシャムエル様は、必死で笑うのを我慢しているに違いない。
笑うのを我慢している顔まで簡単に予想出来るぞ。
「ふおおお〜〜〜〜〜〜〜〜! 本物〜〜〜〜〜〜〜!」
両手を胸元で握りしめて、フクシアさんは奇声を上げながらぴょんぴょんと飛び上がった。
「あの、大ファンです!二連覇おめでとうございます〜〜〜〜!」
「はあ、ご声援ありがとうございます」
思いっきり棒読みのお礼の言葉に、後ろから揃って吹き出す金銀コンビ。
「お前らだって出てただろうが〜〜!」
振り返った俺のセリフに、フクシアさんの動きが止まる。
「ですが一位を取ったのは貴方です!」
「いやまあ、そりゃあそうですけど、でも本当に僅差だったんですよ」
「僅差でも、勝ちは勝ちです!」
苦笑いしながらそう言うと、彼女はそう言って胸元で拳を握りしめてプルプル震えていたのだが、また唐突に膝から崩れ落ちた。
「どわあ〜〜! 危ねえって!」
目の前でいきなり人が倒れたら、咄嗟に助けるよな?
結果として抱き合う形になって固まっていたら、またしても揃って吹き出す金銀コンビとシャムエル様。
とは言ってもシルヴァよりもかなり小柄で、多分身長160センチも無いと思うぞ。
「おい、笑ってないでちょっとは助けろよな。これまじでどうすりゃいいんだ?」
またしても熟睡したようで、完全にグニャグニャ。全く自立してくれない。
諦めて横向きに抱き直してソファーまで運んだよ。そう、いわゆるお姫様抱っこでね。
一応、彼女からは若干の汗の匂いと機械油の匂いしかしなかった事を断言しておきます!
ちなみに、工房内の職人さん達は、ちらっと俺達を見たっきり全くの無反応。
黙々と自分の仕事をする姿は、ザ、職人!って感じだったね。
「いやあ、すまんかったな。四徹はさすがの女傑も限界だったみたいだな」
彼女を寝かせて戻って来た俺に、ジャックさんが苦笑いしつつそう言って頭を下げる。
「構いませんよ。びっくりはしましたけど、まあファンだって言われたらやっぱり嬉しいもんですね」
誤魔化すようにそう言って笑うと、ジャックさんも笑顔で頷いた。
「それにしても、徹夜は感心しませんよ。寝ないと作業効率は下がりますから。ちゃんと夜は寝るように言っておいてください」
「普段はこんな事しないんだがな。どうやらまた何か思いついたらしくて、とにかく作業の手を止めようとせん。俺達は、彼女のあの状態を創作の神が降りてきたって呼んでる。あの状態になった時は、ほぼ間違いなくまたとんでもない物を作り出す時なんだよ。出来上がればそのあとには強制的に休暇を取らせてるので、まあ、見逃してやってくれ」
「創作の神ね。成る程、それなら仕方がないか」
そう呟いた直後にふと思いついたよ。
これってもしかして、めっちゃオンハルトの爺さんの担当じゃね?
厩舎で留守番している爺さんを思い出してこっそり念話で呼び出してみる。
『なあなあ、こっちの様子ってもしかして見てる?』
何となく見ているような気がしたのでそう聞いてみると、笑い声と共に返事が返ってきた。
『なんだ。覗き見してたのが見つかったか?』
『あはは、いや、なんとなくそんな気がしただけだけど、やっぱり見てたんだ。もしかして、あのお皿で見る方法?』
『まあ、そんなところだ。それより、そこは良い場所だろう?』
何故だか嬉しそうなオンハルトの爺さんの言葉に、俺は当然大きく頷く。
『うん、俺が見ても楽しそうないい場所だと思うよ。それより、あの彼女なんだけどさ』
遠慮がちな俺の言葉に、オンハルトの爺さんが笑う。
『人の子に、ごく稀に神の祝福を受けた子が生まれる事がある。彼女はお前さんの予想通りに、俺が祝福を授けた子だよ。なかなかに有効に使ってくれているみたいだな』
『へえ、やっぱりそうなんだ。本物の神の祝福持ちってすっげえじゃんか』
感心した俺の言葉に、何故だか右肩に座ったシャムエル様がドヤ顔になっていたよ。
「相変わらず、あいつは鈍すぎるなあ」
「俺達全員から祝福を授けられ、さらにはシルヴァ達から毎日祝福を授けてもらっているのになあ」
「そう言えばウェルミスからも祝福を貰ってたよな」
「ああ確かに。なあ、シャムエル。あいつ一体、全部で幾つの祝福を持ってるんだ?」
「さあねえ? 私も数えた事なんてないから知らないけど。まあ彼に無いのは恋愛運くらいだから、それ以外はほぼ完璧に網羅してるんじゃない?」
「レオが言ってたものなあ。何故か授けた祝福が全部料理関係と健康維持に変換されるって」
「レオは大地の神であると同時に豊穣の神、つまり恋愛と繁殖と繁栄を司る神だから、本来恋愛関係もあいつの担当だったんだけどなあ」
「まあ、ケンだからなあ」
「だよなあ、ケンだものなあ」
腕を組んだハスフェルとギイは、密かにそんな話をしながらうんうんと頷き合っていたのだった。
言っとくけど、俺の耳もお前らレベルに良いんだよ。
ちなみに全部聞こえてたんだけど……ちょっと布団被って泣いていい?