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だ……誰?

「ほら、ここがヴォルカン工房だよ」

 前を行くギルドマスター達の声に、後ろをついてきていた俺達も止まる。

 そこは大きな円形広場から職人通りと思しき通りを抜け、いくつか角を曲がって出た場所は倉庫街のような場所で、巨大な石造りの建物が広い通りを挟んで左右に並んでいる。

 その中の一つ、やや小さめの倉庫を指差したギルドマスター達は、その建物の前で馬から降りると、倉庫と倉庫の間の細い路地に馬を連れて入って行った。

「ううん、ギリギリマックスなら通れる……よな?」

 若干横幅が心配だったのだが、一声吠えたマックスは当然のようにその細い路地へ入って行った。



「おお、予想以上に幅がギリギリじゃんか」

 マックスの背中に乗ったままなんとかギリギリの細い通路を抜けて裏庭らしき場所へ出ると、そこに小さな厩舎があった。

「成る程、確かに小さいな。クーヘンの店の厩舎の半分もないんじゃね?」

 しかも、その狭い厩舎にはすでに四頭の馬が並んでいて、ギルドマスター達の乗って来た馬を入れたらどう考えても俺達の従魔の入る場所は無い……。

「こりゃあ無理だな。俺が見ていてやるからお前らは行ってこい」

 厩舎の横の裏庭は壁面は物置みたいになっているが、中央部分は広く空いているので従魔達なら並べばそこにいられそうだ。

「窮屈そうで悪いけど、しばらくここで待っててくれるか」

 マックスの背から降りてそう言うと、マックスは厩舎を見てそれから裏庭を見てワンと吠えた。

「どう見てもあの厩舎に我々は入れませんね。了解です。じゃああっちで待っていますね」

 オンハルトの爺さんに手綱を引かれて奥へ進むエラフィの後に続き、マックス達も大人しく裏庭へ向かった。

「ううん、すまんかった。思ってた以上に狭かったみたいだなあ」

 裏庭へ向かうマックス達を見て、ガンスさんが申し訳なさそうにそう言ってくれた。

「マックス達は大きいですからね。ええと、それより誰か出て来たみたいですけど……」

 厩舎の前で立ったまま話をしていると、建物の扉が開いて誰か出てきた。



 丈の長い白衣を着た小柄なその人物は、俯いていてここからでは顔は見えない。

 しかしその赤茶色の髪の毛はボサボサであちこち寝癖のようにはねているし、履いている靴もボロボロだ。

 着ている白衣が真っ白で綺麗なのに違和感を感じる程、その人物の見た目は非常に残念だった。



 その白衣を着た人物は、手元の箱の中を見ながら顔も上げずに裏庭へ向かう。

 しかしそこには当然マックス達がいるわけで……。



「おいおい、お前さん。歩くときは前を見て歩けよ」

 笑ったオンハルトの爺さんの声に、その人物が慌てて顔を上げる。

 しかし残念ながらその人物が足を止めた時には、激突寸前まで近付いたその人物を避けるようにして左右に分かれたマックスとシリウスが並んで首を突き出していて、すぐ目の前でその人物を見ていたのだった。

 それはつまり、マックスとシリウスと至近距離で見つめ合う事を意味していた。



「ふおおおお〜〜〜〜〜〜〜!」



 しかし、その人物は自分を見つめるマックスとシリウスに気付くなり、まるでシャムエル様みたいな悲鳴を上げたのだ。

「待って待って。裏庭に魔獣がいる! しかもハウンドが二頭も!」

 甲高い声で叫んだその人物は、なんといきなりマックスの鼻先に飛びついたのだ。そしてそのままペタペタと鼻先を撫で、首回りを撫で、肩から背中のラインを撫で、そして今度は首に横から抱きついたのだ。

「素晴らしいフォルム! ああなんて美しいんだろう! この流線型! そしてこの毛皮の美しい事! ああ、夢なら覚めないで〜〜!」



 突然、ものすごい勢いで捲し立てられた挙句に抱きつかれて、大人しいマックスは驚きのあまり硬直している。

 まあ、さすがに本気で身の危険を感じたら絶対に抵抗するだろうから、一応は大丈夫だと判断しているみたいだ。なので慌てて駆け寄りかけた俺は、ちょっと様子を見る事にした。

「自分よりもはるかに巨大なハウンドを複数目の前にして、即座にあの反応が出て来る辺りがさすがだのう」

「全くだ。普通はあの距離でハウンドと見つめ合えば、悲鳴を上げて逃げるか気絶するかの二択だと思うんだがなあ」

「しかも、あれは絶対寝不足で意識朦朧としておるはずじゃが……」

「あ、どうやら力尽きたみたいだのう」

 笑ったガンスさんの言葉通り、マックスの首に抱きついていたその人物は、突然黙り込むとそのままズルズルと膝をついてマックスの足元にしゃがみ込んでしまった。



「おいおい、フクシア。寝るならベッドで寝ろといつも言っとるだろうが」

 心配そうにしゃがみ込んだその人物をマックスとシリウス、それからオンハルトの爺さんが揃って覗き込んでいると、苦笑いしたガンスさん達がそう言いながら駆け寄って行った。

「おい、フクシア。起きろ」

 しかししゃがんだままのその人物は、呼びかけにも全くの無反応だ。

 どうなったのかと心配になりよく見ていると、何とその人物は、しゃがみ込むみたいにして自分の膝を抱えたまま熟睡していたのだ。気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 しかもガンスさん達の様子を見るに、どうやらこれが初めてじゃあないみたいだ。

 仕方がないので俺はマックスに駆け寄って、先ほど抱きつかれた鼻先と首元を見てやった。

「ううん、この光ってるのは……もしかして、よだれか?」

 首輪の横のところに、若干不審な汚れが……。

「サクラ、悪いけど出て来て綺麗にしてやってくれるか」

 鞄に呼びかけて、出て来てもらったサクラにマックスの汚れていた部分を綺麗にしてもらう。



「おおい、起きろよ〜!」

 耳元で呼びかけるも全くの無反応のその人物に、ガンスさん達は苦笑いした後、何故か厩舎へ戻り大きな板を担いで戻って来た。

「驚かせて悪かったな。じゃあ行こうか」

 そう言って、持って来た板の上にその人物を横向きに寝かせて乗せると、ヴァイトンさんとエーベルバッハさんがそのまま二人掛かりで板を担いで担架みたいにして運んで行ったのだ。

 その手慣れた様子に驚き声も無く見送った後、ガンツさん達がその人物をフクシアと呼んでいた事を思い出した。

「フクシア、女性っぽい名前だなあ……ああ! もしかして!」

 そこまで呟いた俺は、ある仮定を思い付いてガンスさんを振り返った。

「あの、ガンスさん……もしかして、今の方って……」

 俺の質問にガンスさんはにんまりと笑って頷いた。

「おう、気が付いたか。今のが噂の、バイゼンが世界に誇る発明王のフクシアだよ。多分また、何かに夢中になって数日寝ておらんかったんだろうさ」

 呆気に取られる俺達に、今度は真顔になって俺に向かって深々と頭を下げた。

「本当に失礼した。いくら寝ぼけておったとはいえ、大事な従魔に彼女が大変な無茶をやらかして本当に申し訳なかった。お前さんの従魔の我慢強さに心から称賛を送るよ。よく怒らずに我慢してくれた」

 そりゃま、マックスが本気で怒って抵抗すれば、彼女なんて一撃だろうからなあ……。

「うん、偉かったな、よく我慢したぞ」

 遠い目になった俺は。大きなため息とともにそう言ってマックスの綺麗になった首元に抱きついたのだった。

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