居酒屋にて
「ほら、ここだよ」
ハスフェルを連れてきたのは、マックス達と一緒に唯一座らせてくれたあの居酒屋だ。
「ああ、ここは何度も来た事があるけど、いつも中に座っていたな。そうか。これから従魔と一緒に旅をするのなら、従魔と一緒に入れる店は、確かに確保しておく必要があるな」
外に並んだテーブルの一番端に座りながら、ハスフェルがシリウスを撫でながらそんな事を呟いている。
「まあ、従魔は宿に残して来るって手もあるよ」
「確かに、いざとなったらそれだな」
俺達は、椅子の後ろに大人しく並ぶデカい二頭を見て、顔を見合わせて小さく吹き出した。ファルコは、椅子の背に留まって大人しくしている。
「いらっしゃいませ、旦那様方。おや、以前の従魔と違いますね?」
見覚えのあるエプロンをしたおっさんが、お酒のメニューの書かれた板を持って来てくれた。
「ああ、こいつは彼の従魔だよ。俺の子達は今日は宿で留守番してるよ」
ハスフェルは平気で強い酒を頼んでるけど、俺はそんなん無理だから!
お気に入りの白ビールを頼み、従魔達をそこの席に待たせておいて、俺達は揃って店の中に料理を取りに向かった。
山盛り取って戻り、持って来てくれた酒で乾杯した。
通行人達の中には、マックスやファルコ、シリウスを見て驚く者もいたが、特に大きな騒ぎにはならなかったよ。
のんびり飲んで食べながら、また新しい事を教えてもらった。
地脈の吹き出し口と、ジェムモンスターの出現についてだ。
ハスフェルと、シャムエル様まで一緒になって、机に地図を広げながら、まずは今まで行ったジェムモンスターの出現場所に印を入れていった。
当然、ここが地脈の吹き出し口でもある。
何でも、地脈の吹き出し口の場所は不定期に変わるらしいが、何処でも出るわけではなく、吹き出すのに決まった場所があるらしい。そこが開けば何らかのジェムモンスターが一斉に湧き出し、ある程度の数が出たら、ジェムモンスターの種類が変わるそうだ。そんな感じで何種類かのジェムモンスターが出ると、しばらく口が閉じて地脈の吹き出しが止まるらしい。
当然、そうなるとその間はジェムモンスターは湧いてこない。
だけど、何かのきっかけで閉じていた口が開いて地脈が吹き出すと、また何らかのジェムモンスターが出現するんだって。
「ジェムモンスターの種類については、その地域によって出る種類に決まりがあるんだ。まあ、これは企業秘密だから、さすがに教えられないけどね」
俺が取り分けてやった料理と、小さなコップに入れてやった俺の白ビールを、シャムエル様は平然と飲みながらそんな事を言っている。
「企業秘密って……何だよそれ」
吹き出す俺を見て、シャムエル様は笑っている。
「いいでしょう、企業秘密。なんだか秘密の呪文っぽくって好き」
「意味、分かって言ってる?」
「ナイショの話って意味でしょう?」
「……まあ、間違ってないよ」
説明するのが面倒になって笑って頷いてやると、一気に白ビールを飲み干したシャムエル様は、ご機嫌で空になったコップを差し出した。
「おかわり! 次は、その黒ビールをお願いします」
「はいどうぞ。だけど程々にな」
小さなコップに残りの黒ビールを入れてやると、ちっこい両手でコップを抱えてグイグイと飲み始めた。
「あれ、大丈夫か?」
心配になって、隣でこれもガバガバ飲んでるハスフェルを見ると、彼は笑って首を振った。
「心配はいらんよ。我々と違って、あの姿は所詮はかりそめだ」
「じゃあ心配いらないな。あ、黒ビールもう一杯お願いします」
手を挙げて追加を頼み、残りの料理も平らげていく。
「ここの料理って、全体にあまり味が濃くなくて薄味で美味しいんだよな。いかにも酒のつまみですって感じの料理は、味の濃いのもあるけど、全体に薄味で、素材の味がよく分かるよ」
「ここは、料理が美味いと冒険者達の間でも有名な店だぞ。特に、この煮込み料理が絶品だ」
今、二人揃って食べているのが、大きな肉の塊がゴロゴロ入ったビーフシチューみたいな煮込み料理なんだけど、スパイスが効いていてパンとの相性が抜群だ。
ちなみにここのパンは、硬めのパリパリしたフランスパンみたいなのと、ナンみたいにモチモチの生地を平らに広げて焼いたタイプの二種類がある。
「もうちょっと料理も勉強だな。煮込み料理とかやってみよう」
「期待してるよ」
からかうように言われて、そこからは各地の料理の話になった。
うん、旅する楽しみが出来たね。どうやらこの世界には、色々と美味しいものもあるみたいだ。
取ってきた料理がすっかり空になった頃、デザートの果物を取りに店に入った。ハスフェルも、少し遅れて立ち上がって入ってきた。あれだけ飲んでて全く平気って、お酒が可哀想だぞ。
果物を取って席に戻ってきた時、シリウスのすぐ横に立っている男がいる事に気が付いた。
今にも、シリウスの首輪を掴まんばかりに覗き込み、手を上げて触ろうとさえしている。
男は平然としているが、二匹は明らかに警戒している。二匹の小さな唸り声が聞こえて、俺は慌てた。
「おい、俺の従魔に何か用か?」
慌てた俺が何か言うよりも早く、前に出たハスフェルが側の机に皿を置きながら、大きな声でその男に話し掛けた。
「おお、評判になっていた魔獣使いとはあなたの事でしたか。いやあ、素晴らしい腕前ですね。まさか、これ程の魔獣をテイムできるとは驚きです」
妙に芝居染みた感じでそう言った男は、これまた態とらしく深々と頭を下げた。
身なりは良い。だけど何と言うか、胡散臭い感じがプンプンするのは何故だろう。はっきり言って、絶対友達になりたくないタイプだ。
そして、顔を上げたその男は平然と驚くべき事を言ったのだ。
「幾らですか?」
「なんの話だ?」
警戒している事を隠さず、ハスフェルが答える。俺は黙って成り行きを見守る。
「この従魔ですよ。幾らなら売ってくれますか?」
そこで、俺はようやくこの男が何をしようとしているのか理解した。
以前、ハスフェルが言っていた、従魔の売買だ。よりにもよって、シリウスを売れと持ちかけているのだ。
「断る。従魔を売る気は無い」
「金なら幾らでも出しますよ。言い値で買いましょう。幾らですか」
断られるなんて、全く考えていないらしい。
「断ると言ったのが聞こえなかったか。邪魔だ、退け」
「じゃあ、このオオタカは? これなら幾らですか?」
「断ると言ったのが聞こえないか?」
ハスフェルの声が低くなった。
後ろで聞いてても、その声は怖いぞ。おい。
男は、態とらしく大きなため息を吐いた。
「気が変わったらいつでも連絡を。損はさせませんよ」
机に一枚のカードを置いて、男はまたしても芝居染みた仕草で深々とお辞儀をしてから平然と去って行った。
「何だよあれ。ちょっと、人の話を聞かないにも程があるだろうが」
我慢していたが、ファルコを売れと言われた時には、ちょっと本気で腹が立った。
「一応確認するが、断って良かったんだよな?」
振り返った真顔のハスフェルに言われて、俺は思わず叫びそうになるのを我慢して、何度も頷いた。
「当たり前だ。こいつらは、全員俺の家族だよ。幾ら積まれたって売るつもりは無い。シリウスは、テイムしたのは俺だけど、はっきり言って捕まえたのはハスフェルだろうが」
「ああ、それなら良い。勝手に断って悪かったかと思ってな」
「俺がどれだけこいつらを大事にしているか、見てりゃわかるだろうが!」
苦笑いする彼の背中を、そう叫んだ俺は思いっきり叩いてやった。
しかし、返ってきた衝撃に、俺は悲鳴を上げる事になった。
「痛っ! 何だよこれ。お前の身体は鉄の塊かよ!」
物凄い衝撃に本気で手が痺れた。絶対、人の身体の硬さじゃ無いぞ。
「あれ、何かあたったか?」
平然と後ろを見ながらそんな事を言われて、俺は今度は足で彼の膝裏をついてやった。いわゆる膝カックンだ。
「やめろ!そこは無理だって!」
叫んだ彼が崩れ落ちるのを見て、俺は堪え切れずに吹き出したのだった。