問題の人物と今後の予定
「気は進まんがなあ……」
「まあ、頼めば間違いなく嬉々として何か考えてくれるだろうがなあ」
「そりゃあそうだろうが、やはりなあ……」
「気は進まんがなあ……」
「何しろ、作るのがアレだからのう……」
「気は進まんがなあ……」
「気は進まんがなあ……」
何やら不穏な言葉が並んだ後、またしても揃って大きなため息を吐いてる。
一体全体、誰に何を頼もうとしているんだ?
あそこまで気が進まないと言われたら、逆にこっちとしては興味が出てきたよ。振り返るとどうやらハスフェル達も同じ気持ちだったらしく、苦笑いして頷き合いハスフェルが口を開いた。
「おいおい、一体何事だ?」
ハスフェルの問いに、ガンスさんが苦笑いして顔を上げた。
「工房都市として名高いこのバイゼンには、腕に覚えのある様々な職人が集まってきておる。武器や防具だけでなく、さまざまな道具を作る職人達もな。その中でも群を抜いて発明品が多い職人がいる。ヴォルカン工房にいる職人で、今ではギルドカードを作る際や商談の際の必需品の一つになっている、鱗のカードに情報を転写する装置やジェムの偽物を鑑定する装置もそいつの発明だ」
「間違いなく天才なんじゃがなあ……」
「ちょっと変わり者でなあ……」
「あれがちょっとか?」
「いやまあ……」
ガンスさんの説明を聞いて顔を見合わせて苦笑いしているドワーフ達を見て、俺達までちょっと遠い目になる。
どうやら有能なのは間違いなさそうなんだが、性格にかなり問題有りの人らしい。
「そんなに有能なのに、何が問題なんだ?」
不思議そうな俺の質問に、またガンスさんが顔を上げてものすごいため息を吐いた。
おお、見事な肺活量だなあ。
「間違いなく天才じゃよ。最近ではムービングログという自走カートを発明してまた大騒動じゃったなあ」
商人ギルドのギルドマスターのヴァイトンさんが、苦笑いしつつ教えてくれる。
その言葉に俺は即座に反応する。
「あの、あの今仰ったムービングログって、こんな感じで丸太みたいな土台にハンドルがついてて立って乗る乗り物ですよね!」
目を輝かせる俺の言葉に、目を瞬いたヴァイトンさんは嬉しそうに大きく頷いた。
「ほお、ケンさんはもうあれをご存知でしたか」
「街へ来てすぐに、女性が乗っているのを見て気になっていたんです。あれってどこで買えるんですか?」
「おやおや、嬉しいことを言ってくださる。販売は商人ギルドが窓口になっておりますので、いつでもご注文を賜りますぞ。今なら確か在庫があったはずじゃからな。決して安くはありませんが、乗り心地は保証しますぞ」
にんまりと笑ったヴァイトンさんの言葉に、俺もこれ以上ないくらいににんまりと笑う。
「よし一台買った! 実を言うとここで散財するつもりでしっかり貯め込んできていますので、値切るような真似はしませんよ」
「おお、それは素晴らしい。ジェムはかなり高額のものを入れなければいけませんが……まあ貴方ならどんなジェムでも余裕でしょう。了解しました。早急に一台用意させましょう」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
手を伸ばしてヴァイトンさんとガッチリと握手を交わした。
「ああ、話がそれましたね。失礼しました」
一言謝り、座り直して改めて地図を見る。
「だけど、ここからあの飛び地まで行こうと思ったら、どこから行っても相当の距離がありますよね。俺達は従魔がいるから移動は楽ですけど、これって地上を移動するのなら、どこ経由で行くのが一番近いんですか?」
この世界地図の中央やや下辺りに東西に伸びるカルーシュ山岳地帯。ここの南側の山の麓に飛び地がある。ちなみに現在、閉鎖して絶賛改築中のあの地下迷宮があるのも飛び地よりも少し東側に寄った同じ山の南側の麓だ。
対して、ここバイゼンがあるのは地図の一番左端の上部。つまり北西の角の近い位置だ。
一番近そうなルートはバイゼンから南に伸びる西アポンまで続く街道で、その途中にあるリーワーフって街から東に折れてダリア川を挟んで南北にあるオウマって街を経由して川を渡り、そのまま南下して山越えをしてカルーシュへ続く街道を行くのが良さそうなのだけれど、カルーシュ山脈の山越えは相当の難所だと聞いているので、キャラバンでここを通過するのは至難の業だろう。
「このまま街道を南下してカデリーまで行き、そこからカルーシュへ向かうのが一番安全で速いルートだなあ。まあそれでも行って戻って来るとなると、半年単位の期間になるだろうがな」
ガンスさんが地図を指でなぞりながら教えてくれる。おお、米の産地を経由していくのか。いいねえ。来年の秋になったら、新米や俺の料理に必須の和食用の調味料を買いに行かないと。
「それでもこれだけの収穫が見込める飛び地なら、行く価値は十分にありますよ」
笑ったフュンフさんの言葉に、何人ものドワーフ達が頷いている。
盛り上がる彼らを見て、俺はふと思い出して念話でシャムエル様に呼びかける。
『なあシャムエル様、ちょっと尋ねるけどあそこの出現率って……』
『ああ、もう出現率は普通に戻ってるよ』
机に座って尻尾のお手入れをしていたシャムエル様が、当然のように頷いてそう答える。
『それじゃあ、あそこに出現するジェムモンスターは? 内容は変わってないのか?』
『変えたのもあるし、変えてないのもあるねえ。でも彼らが欲しがってるヘラクレスオオカブトをはじめとしたビートル系なんかの出現は変えてないよ。もちろんメタルブルーユリシスもザクザク出るよ』
『じゃあ行っても無駄足には……』
『ならないならない。あそこは本来、入れさえすればもうお宝素材が楽にざっくざくに手に入る場所なんだからさ』
納得した俺は、こっそり手を伸ばしてもふもふの尻尾をそっと突っついてからフュンフさんを見た。
「行くなら、ありったけの収納袋を持っていかないとな。もう面白いくらいに色々出たからね」
「そりゃあ楽しみだ。だが動くなら春になってからだな」
「ですよね。じゃあそれまでに、まずは俺の剣を作ってくださいね!」
「おう、任せろ! ちなみにヴァイトンから聞いたが、装備一式揃えるのなら剣以外には何を作る予定なんだ?」
「ええと、ヘラクレスオオカブトで剣を作ってもらって、カメレオンビートルの素材で盾と兜と槍。それからカメレオンセンティピートの殻で胸当て。あとは恐竜の素材も山ほどあるので、籠手とか脛当てとかも作れるかなあって、思って、いるん、です、けど……」
俺が一つ言うたびに、聞いていたドワーフ達も目の色が変わっていく。
そして言い終えた途端にギルドマスターを含めて全員が拳を握りしめて立ち上がった。
「俺に作らせてくれ〜〜〜〜〜!」
見事なまでの全員揃った絶叫に、俺は驚きのあまり座っていた椅子から転がり落ち、ハスフェルとギイは飲みかけていた水筒の水を吹き出し、机の上ではシャムエル様が驚きのあまり転がって仰向けになってピクピクしていたのだった