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シリウスの鞍を買う

「まあ、そこらに座っててくれ。すぐに戻る」

 手早く店の扉を閉めたフォルトは、それだけ言い残して、俺達を店に置いたまま店の奥へ行ってしまった。

「信用されてるのは嬉しいけど、無用心にも程があるぞ」

 顔を見合わせた俺達は、とにかく言われた椅子に座ってそのまま待つ事にした。


「確か、前回はこれの逆で、開店前に入れてもらったんだったよ」

 苦笑いしながらそう言い、何気無く店内を見回していて、俺は以前と違っている事に気が付いた。

「あ、また違う鞍が出ている」

 革細工の見本が置かれた棚には、一番下の段に幾つかの大きさの鞍が置いてあり、マックスの鞍が置いてあった場所には、少し色の違うやはり大きな鞍が置いてあったのだ。

「これこれ、色は少し違うけど、マックスに乗せてる鞍と同じだよ」

 俺の説明に、立ち上がったハスフェルが、その棚に行って置いてある鞍を見た。

「確かに大きいな。しかもこいつは作りたてって感じだな。革がまだ若い色をしている」

 そう言いながらハスフェルが鞍を手に取る。

 おお、すげえ。ハスフェルが持つと、あのデカい鞍があんまり大きく見えない。

 感心して見ていると、フォルトが大きな箱を持って戻ってきた。

「あ、革のベルトか」

 それは、俺が以前作ってもらった時にも見た幅の違う革のベルトが大量に入った箱だった。


「ああ、鞍はそれで良いか? そいつならもう仕上がってるからそのまま使ってもらえるぞ。もし気に入らなければ、土台から作らないといけないから最低でも一ヶ月は掛かるぞ」

「いや、そこまで色にこだわりは無いからこれで良いよ。と言うか、この若い革の色が気に入ったよ。使い込めばかなり変わってくるだろうからな」

 嬉しそうにそう言って鞍を撫でる彼を見て、フォルトも笑顔になった。

「ああ、そいつは時間が経てば良い色に育つぞ。是非大事に育てて使ってやってくれ。それならベルトはこれにすると良い」

 そう言って箱から取り出したベルトはごく薄い茶色で、俺の使っているベルトよりもかなり薄い色をしていた。

「大きさを測るから、大人しくさせていてくれよな」

 そう言って長い紐を持ってシリウスのすぐ近くへ行った。

「大人しくしててくれよな」

 シリウスの首をそっと抱いて、ハスフェルが話しかける。

 小さく鳴いたシリウスは、フォルトが腹の下に潜ってもじっと大人しくしている。

「よし、これで良いぞ。こいつの方が、ケンの乗っている従魔より全体に少し細いようだな」

「へえ、そうなんだ。見た目は殆ど一緒に見えるのにな」

 改めて両方を比べるように触ってみると、マックスよりもシリウスの毛の方が、全体に少し長めで毛がふわふわしている。

 成る程、それでシリウスは全体に一回り大きく見えている訳だな。

「マックスの毛は、短くてむくむくだもんな」

 笑って抱きしめてやると、甘えたように鼻で鳴いて頭を擦り付けてきた。

「嬉しいですご主人! いつもニニに割り込まれてましたからね! 今ならご主人を独り占めです!」

腕の間に大きな頭を突っ込んで、マックスが嬉しそうにそんな事を言っている。

 そうだよな。ニニはいつも俺が抱っこしようとすると嫌がるくせに、マックスと遊んでると、必ず間に乱入してきて自分を撫でろと要求したよな。

「じゃあ今は独り占めタイムだな」

笑ってもう一度力一杯抱きしめてやり、耳の後ろを指を立てて掻いてやった。

「仲が良くて結構な事だな」

 ベルトを切っていたフォルトに笑われたけど構うもんか。もふもふとむくむくは俺の元気の源なんだよ!


 前回と同じく、革を切ったり金具を打ったりして、一時間程でハーネス型のベルトが出来上がった。

 ハスフェルが覗き込んで、鞍の取り付け方の説明を聞いている。

「おお、ぴったりじゃないか。凄いな」

 感心するハスフェルの声が聞こえて、俺も背後から覗き込んだ。

「おお、凄え! 本当にぴったりだな」

 体にぴったりと沿った色の薄いベルトは、緩みも無く自然にシリウスの身体にフィットしている。

「裏庭で乗ってみてくれ。不具合があればすぐに直すからな」

 そう言われて、以前、俺も使った広い裏庭に出る。

「これは楽だな。何も無しで乗ると、どうしても両手が塞がるからな」

 軽々と鞍を乗せた背に跨って嬉しそうなハスフェルがそう言って笑い、そのまま庭を軽く走らせる。

「ご主人、すごく楽です。もっと締め付けられて苦しいかと思っていたんですけど、全然苦しく無いですよ」

 シリウスが、顔を上げて嬉しそうにハスフェルと話をしている。

 ハスフェルも、笑顔で戻ってきた。

「凄腕だとケンから聞いていたが、予想以上だよ。これは素晴らしい。良い物を作ってくれて感謝する」

 満面の笑みの彼にそう言われて、嬉しそうにフォルトは胸を張った。

 はい、おっさんのドヤ顔、再び頂きましたー!


 一旦中に入り、取り外し方の説明を聞き、もう一度自分でベルトを装着しているのを、俺は背後から眺めていた。

 背中を見ていても分かる。二人ともめっちゃ楽しそうだ。

 そして、俺ももらったあの大きな鞍袋を渡されて、受け取れ、いやそんなの駄目だと、二人は延々と押し問答をしている。

 いつまでたっても終わりそうに無いので、笑ってハスフェルの背後から耳打ちしてやった。

「それ、俺ももらったんだ。なあ、代金以外にお礼にジェムを置いてくってのはどうだ?」

 俺の言葉に一瞬目を瞬いた彼は、満面の笑みで頷いた。

「分かったよ、ありがとう。ケンももらったんなら遠慮無く頂くよ。それでいくら払えば良いんだ?」

「全部で金貨20枚だよ」

 フォルトの言葉に、ハスフェルは振り返って俺を見た。

「安いな」

「だろう? だからさ」

 アクアに頼んで、ブラウングラスホッパーのジェムを取り出して見せる。

 笑って頷いた彼は、俺が見た事のないジェムを取り出した。

「良い仕事をしてくれた職人への差し入れだ。よかったら使ってくれ」

 俺達が差し出すジェムを見て、彼は言葉を無くした。

「待て待て、そんな高価なジェム、貰えるわけがなかろうが!」

 必死で両手を振る彼に構わず、俺達はジェムを机に置いた。


「それじゃあ、店も終わってるのに長居して悪かったな。これからも、良い仕事をしてくれよな」

 ハスフェルの言葉に、フォルトは泣きそうな顔で頷いた。

「ああ、こちらこそ良い仕事をさせてもらったよ。作りかけていた熊用の鞍、仕上げておいてよかったよ。話の種になるかと思っただけの、見本のつもりだったのにな」

「もう一つ作ってくれたら、俺が予備で買いに来るぞ」

 真顔のハスフェルの言葉に、俺とフォルトは同時に吹き出した。

「鞍の予備なんて早々いるかよ! それなら、ベルトだけはもう一揃え買っておく方が良いかもな。まあ、丈夫な革だから早々切れる事は無いと思うが、予備を考えるならベルトは持っておくべきだぞ」

「確かにそうだな。それじゃあ、明日でいいからもう一揃え作ってくれるか」

 頷いて、注文を書いて引き換え札を渡しているのを見て俺は慌てて手を挙げた。

「それ、俺の分もお願いします!」

 今度はフォルトとハスフェルが同時に吹き出した。

「了解だ。前回の控えが残っているから、それと同じで良いか?」

「ああ、それでお願いするよ。よろしく」

 笑って注文書を書き、俺の分の引き換え札も渡してくれた。

「明日の夕方までにはどちらも仕上げておくよ。いつでも良いから取りに来てくれよな」

「了解。それじゃ明日また来るよ」

 立ち上がって礼を言い、俺達は店を後にした。


 すっかり暗くなった表通りへ出て、大きく伸びをする。

「せっかく街へ来たんだから、店で何か食って帰ろうぜ」

「ああ、良いな。だけど、こいつがいたら店には入れないだろう?」

 振り返ってシリウスを見たので、俺は笑って首を振った。

「従魔がいても入れる店を知ってるよ。ただし、外の席だけどな」

「それじゃあそこへ行こう。外の席でも今なら快適だ」

 笑って手を叩き合って、俺は以前も世話になった居酒屋へ向かった。

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