メタルブルーユリシスの翅
「おお来たか。待っておったぞ」
ギルドの建物に入った途端に、待ち構えていたギルドマスターのガンスさんの太っとい腕に捕まり、そのまま奥にある別室へ連れて行かれてしまう。
「ううん、この展開ももはやギルドへ初めて来た時のお約束と化してる気がするぞ」
笑いながら俺の後をついて来るハスフェル達を見ながら、ちょっと遠い目になる俺だったよ。
「あれ、ヴァイトンさんがどうしてここに?」
連れて行かれた広い部屋には会議室のようで、長机がいくつかと椅子も並んで置かれていた。
そして何故か二人のドワーフが椅子に座って待っていて、俺達が入ってきたのに気づいてものすごい勢いで二人揃って振り返った。驚いた事にそのうちの一人は、昨日商人ギルドで会ったばかりのヴァイトンさんだったのだ。
「おはよう。いやあもう昨夜は楽しみすぎて眠れなかったぞ。それで朝からドワーフギルドのギルドマスターにも声を掛けてな。ここで今か今かと来てくれるのを待ち構えておったんだよ」
豪快にガハハと笑うヴァイトンさんを横目に見て、もう一人のドワーフが笑顔で俺に右手を差し出して来た。
「初めまして。ドワーフギルドのギルドマスターをやっとるエーベルバッハだよ。よろしくな魔獣使い」
「ケンです。どうぞよろしくお願いします」
差し出されたその大きな手は、分厚くて硬い、まさに職人の手をしていた。
「それで何を売ってくれるんだね。ギルド連合が責任をもって買い上げさせてもらうぞ」
嬉々としてそう言われてしまい、俺はハスフェルと顔を見合わせて苦笑いしながら頷き合う。
「今回はケンが持っている分だけじゃなく、俺達が持ってる分も併せて放出するからな」
ハスフェルの言葉に三人の目が輝く。
「おお、それは有り難い。で、何があるんだ?」
満面の笑みのガンスさんの言葉に、ハスフェルも笑顔で一枚の青い翅を取り出して見せた。
その瞬間に三人のギルドマスターから笑みが消える。
「……何枚有るのか聞いていいか」
真顔のガンスさんの言葉に、俺達はこれ以上無いくらいの笑顔になる。
「全部出すよ。言っておくが全員が持っている分をまとめるととんでもない数だぞ。とにかくこれを入れる保管箱の準備をしろ」
「分かった。ありったけ持って来させるからここで待っていてくれ」
三人が同時にそう言って立ち上がり、ものすごい速さで駆け出して行ってしまった。
しばらくすると、急に部屋は賑やかになり、スタッフさん達が総出で何やら金属製の蓋付きの箱を大量に運び込み始めた。
「先に俺達が持っている分を渡すよ。多分ケンが持ってる在庫が一番数が多いはずだからな」
ハスフェルの言葉に頷き、この場はハスフェル達に任せて俺は壁際に置かれたソファーに座る。
どうやらあの金属製の箱がメタルブルーユリシスの翅を入れる専用の箱だったらしく、ハスフェル達が次々に取り出す翅を受け取っては、スタッフさん達は箱の中に丁寧に収めている。
「ああ、成る程。一枚ずつ入るように間仕切りがしてある訳か」
待っているのも退屈なので、ハスフェルの後ろから覗き込んで箱の中を見た俺は納得してそう呟いた。
この世界の記録用の道具作りに欠かせない素材らしいこれは、言ってみれば精密機器みたいな扱いのようだ。
柔らかそうな起毛のある生地がぎっしりと貼られた箱の中は、同じ生地が貼られた何枚もの薄い板で区切られていて、その隙間に一枚ずつ翅を入れるようになっていた。
「この箱ひとつで四百枚。つまり百匹分の翅が入るようになってる。さて何枚あるかねえ」
笑ったギイの説明に俺は苦笑いしつつ頷きゆっくりと後ろに下がった。
改めてソファーに座ってこっそり鞄の中に向かって話しかける。
「なあ、メタルブルーユリシスの羽ってどれくらいあるんだ?」
すると、鞄の中から得意げなアクアの声が聞こえてきた。
「ええとね。割れたり傷んだりしてるのが全部で59,251枚で、傷の無い完璧な状態で収納してあるのは全部で49,948,337枚だよ」
一瞬、あまりのものすごい数に何を言ってるのか頭が理解出来なくて反応しなかったら、心配そうにアクアが鞄から顔を出して俺の腕を伸ばした触手で遠慮がちに突っついた。
「大丈夫ですかご主人。もう一回言おうか?」
「待って。ええと、今の数って、メタルブルーユリシスの翅の数だよな?」
「そうだよ〜! 昨夜ご主人から全部売る分だって聞いたから、割れたのは別にしたの。一緒でよかった?」
「いや、いいと思うよ。って事は……ジェムの数は……」
「12,501,897個だよ〜〜!」
気絶しなかった俺を誰か褒めてくれ。
「ああそうか。ここにはベリーの分も入ってるんだな」
小さく呟いて納得しかけた時、アクアがまた触手で俺を突いた。
「違うよご主人。ベリーからは、今回の買い取りが全部終わってから渡すねって聞いてます!」
「あはは、そりゃあとんでもないぞ。でもそうか。それならこの数は従魔達が集めた分も入ってるんだな」
「そうで〜す!」
得意げに伸び上がるアクアを俺はもう笑って撫でてやる事しか出来なかったよ。
会議机の上では、ハスフェル達がせっせと取り出す翅をスタッフさん達が総出で受け取り、ひたすら箱に入れ続けていた。
「ううん、これの買い取り手続きだけで一日かかりそうだ」
笑ってそう呟いてソファーの背もたれに倒れ込んだ俺は、退屈して甘えてくる従魔達を撫でてやりながら自分の順番が回ってくるのを大人しく待っていたのだった。